第125話「兄と弟③」

 『お前を心配して……』というセリフを聞いたフィリップは勘違いして激昂し、私は困ってしまった。


「ふぅ、いくら言っても信じてはくれまいが、私は本当にお前が心配で話をしに来ただけなんだよ」


 私は内心で頭を抱えつつ、取り敢えず表面上は穏やかにそう言った。


 勿論、本当に心配なのはコイツのことではなく、自分の将来なのだが……。


 でもまあ、正直なところ、こんなのでも一応弟だし、さっきのセリフがまるっきり全てが嘘という訳でもなかったり……いや、何でもないです。


 と、兎に角!ロリコン、ダメ、ゼッタイ。


 さっさとコイツを何とかしなければ!


 自分の為に!


「心配?何を言うかと思えば……マクシミリアン、お前はこれだけの罪を犯した私が心配なのか?蔑み、嘲り、一族の恥晒しである私という存在自体を忘れたいのが普通だろうに……本当に何が目的だ?」


 すると意外なことに、激昂していたフィリップは調子が狂ったのか、少しトーンダウンし、戸惑ったような顔で私にそう聞いてきた。


 うーん、私は別に蔑んだり嘲ったりする気はないが、性犯罪者と関わりたくないのは事実だな……。


 だから!更生しろ!


 ロリコン直せ!


 私の未来の為に!


「何を言っているのだ、お前は大事な弟だ……だからこそ、罪を犯してしまった今、きちんと話をしたいのだ。それでは理由にならないか?」


 私は若干の本心も混ぜつつ、穏やかな表情でフィリップに問い返した。


 ああ……こういうの疲れるなぁ。


「ああ、もう……イライラするな、頼むから早く消えてくれ、不愉快だ」


 そんな私の言葉を聞いたフィリップは、心底不快だとばかりに顔を歪め、そう吐き捨てた。


 やっぱりこうなったか……。


 あと、こういうのって、わかっていてもムカつくな。


 全く、ロリコンの分際で生意気な!……だが、我慢だ我慢!


「そうか……仕方ない、では勝手に話すからそのまま聞いてくれ」


 こめかみをピクピクさせながらも、何とか怒りに耐えた私は無理やり苦笑を浮かべてそう言った。


 さてと、ここからは本格的に役者になる時間だな。


「……フン」


 そして、フィリップが生意気に鼻を鳴らし、無視を決め込もうとしたところで、


「すまんフィリップ、今までお前の(幼女大好きという)気持ちに気付いてやれなくて……」


 私はおもむろに頭を下げた。


 さあ、ショーの始まりだ。


「は!?お前……一体何を!?」


 フィリップは、私の予想外の行動に困惑している。


 よし、戸惑っているな。


 どんどん行こう!


 次に私は真剣な表情を作り、


「だが……やはり、どんな理由があろうと、あんな(幼女を襲ったりする)ことをしてはダメだ!」


 真っ直ぐにフィリップの目を見ながら、今までとは違う強い口調で奴の性癖を糾弾した。


 頼むから目を覚ましてくれ、弟よ!


 弟が『幼女が大好きな皇太子』とか、お兄ちゃん耐えられない!


「くっ……う、うるさい!私は、私は自分の為に動いただけだ!お前に取って代わる為に!私こそがお前がいた立場に相応しいと思ったのだ!それは今も変わらん!」


 すると、奴は初めてストレートにロリコン趣味を否定されたことに動揺したのか、とんでもないことを言い出した。


 私にとって代わる?


 私の立場になりたかった?


 コイツ、何を言っているんだ!?


 私が自分の立場を利用して、幼いマリーを手籠にしていたとでも思っているのか!?


 失礼な!貴様と一緒にするな!


 私はロリコンではないぞ!


 むしろ、グラマラスな大人の女性が………………いや、何でもないです……。


 兎に角!シャケ、至ってノーマルです!


 と、そんな風に私は内心憤った後。


「フィリップ……そんなことの為に……」


 フィリップのあまりの残念さ加減に呆れながら呟いた。


 まさか、弟がここまで残念だったとは……悲し過ぎる。


 もうこれ、手の施しようがないのでは?


 するとロリコン王子のフィリップは、


「うるさい!うるさい!うるさい!私こそが……」


 と、現実逃避なのか、再び激昂したが。


 しかし。


「……いや、やめよう、どうせ私はもう……」


 奴は急にトーンダウンし、投げやりにそう言った。


 どうやらフィリップは、数年後に訪れる自分の末路を思い出したようで、全てがどうでもよくなったようだ。


 かなり情緒不安定だが……大人しくなった今がチャンスだな!


 そして、私はここぞとばかりにフィリップに優しく語り掛ける。


「なあ、フィリップ……確かにお前は(幼女を襲うという)大罪を犯してしまった。そして、その事実(性犯罪者としての前科)を変えることはもう出来ない、だが……」


 と、そこまで話した私は一拍置き、


「……?」


「その過去は変えられないが、未来は変えられるんだ。自らの過ちに気付き、やり直すことに遅い、ということはないんだよ」


 言い聞かせるように、ちょっと良いことを言ってみた。


 まあ、前世で見たビジネス系ユー○ューバーのセリフまるパクリだけど……。


「なっ!?……このっ!……くっ……」


 フィリップは何か思うところがあるのか、上手く言葉が出ないようだ。


 流石、インフルエンサーの言葉だな、効いてる効いてる。


 よし、あと少しだ!


 そして、私は更に言葉を続け、畳み掛ける。


「勿論、お前が多くの人々(幼女達)を傷付けた事実が消えることはない。どんなに謝罪をしようが、金を積もうが、償えるものではないし、決して許されるものでもない」


 と、私はここで敢えて厳しいセリフを吐いた。


「……では、何が言いたいのだ?今すぐ私に死んで詫びろ、とでも言うのか?それとも死ぬより酷い苦痛を受けろ、とでも言うのか?」


 するとフィリップは、まるで意味が分からないという顔になったが、構わず私は話を続けた。


「……だがな弟よ、償いにお前が死んだり、苦痛を与えられても、何も変わらないんだ……だから」


「だ、だから?」


 フィリップが困惑顔で先を促してきた。


 かなり話に聞き入っているな、良い感じだ。


「その分、人々の為に働け、フィリップ。己の全ての(性)欲を捨て、ただひたすら民の幸せの為に働くのだ。新天地でお前が民の先頭に立って、汗と土と雪に塗れて働き、その姿を見せるのだ。そして民を豊かに、笑顔にするのだ。それが、お前に出来る唯一の償いだ」


 私はダメ押しとばかりに、真っ直ぐにフィリップの目を見て強い口調でそう言った。


「兄上……そんなこと……私などには……」


 と、そこでフィリップは初めて不安そうな顔になった。


 おい!いつもの自信はどこに行った!


 諦めるなよ!


 もっと熱くなれよ!


 私が困るだろう!


 そして、仕方がないので誠に遺憾ではあるが、フィリップをおだててやることにした。


「お前なら必ず出来るさ……私の優秀な弟の、お前なら」


 私は優しい作り笑顔でそう言った。


「で、でも私にそんな自由は……」


 しかし、自信がないのかそこでフィリップは暗い顔になって呟いた。


 くっくっく、これを待っていた!

 

 次でトドメだ!


「安心しろフィリップ、私が父上と話をつけた。去勢も独房での監禁も撤回させた。勿論、監視は付くがお前はケイベック植民地の総督として、存分に働くことが出来る」


 どうだ、最高のタイミングでこのカードを切ってやったぞ!


 さあ、私に感謝して大人しく更生し、立派な皇太子になると誓え!


 さあ!


「え?本当に!?……で、でも一体何故そこまで……兄上には何の得も……」


 と、そこで私の言葉を聞いたフィリップが、純粋な疑問をぶつけてきた。


 いやいや、とんでもない。


 私は自由という名の報酬を得るのだよ。


 無論、口には出さないが。


「そんなの決まっているじゃないか、それはフィリップ、お前が大事な弟だからだ」


 私はその問いに対して、躊躇なく同じセリフを繰り返した。


「っ!?」


 それを聞いたフィリップは、何も言うことが出来ないようだ。


「それ以外に理由はいらないだろう?」


 そして、調子に乗った私は、少しクサイ感じでそう言った。


 あ、やっぱりちょっと恥ずかしいかも……。


「あ、ああ……そんな……う、嘘だ、それだけの理由で私なんかの為に、貴方がそこまでする筈が……」


 動揺したフィリップは、かろうじてそう言うが、かなり心が揺れているようだ。


 むう、あと少しなのに、しぶといな。


「私の目を見ろ、フィリップ」


 そのセリフに従いフィリップが私の瞳を見た、その瞬間。


「ハッ!?」


 フィリップは勝手に何かを悟ったようだった。


「もういい……もう、いいんだよフィリップ」


 そして、優しく誘導。


 これでジ・エンドだ!


「私は……一体なんてことを………………ぼ、僕は……僕は!あああああ!」


 と、ここで遂にフィリップの心の中にあった壁が壊れたようだ。


 そして、様々な感情(主に傷付けた幼女達への罪悪感だろうか?)が怒涛の如く溢れ出したようだった。


 予想外だったのはそこでフィリップが感極まり、いきなり私に抱き着いて泣きだしてしまったことだ。


 まるで、あの頃のように。


「ご、ごめんなさい!リアン兄さん、僕は……僕はただ……うぅ」


 そんな弟を私は優しく抱きしめ、そして、思った。


 やめろ!


 今すぐ離れろ!


 暑苦しい!


 それに、このままでは腐女子共の餌食にされてしまうだろうが!


 私はたとえ妄想の中でも、そんなアーッ!なのは嫌だ……。


「無理に言わなくてもいいんだよ」


 そして私はそう言ったのだが、フィリップはしゃくりあげながらも本心を語り出してしまう。


 おい、取り敢えず離れろって!


「ぼ、僕はリアン兄さんのようになりたかっただけなんです!……うっ、ぐす、羨ましかった、何でも出来て、皆んなに尊敬されて、愛されて……セシルやマリーと一緒にいる兄さんが……それがいつの間にか憎しみになってしまって……」


 は?私が羨ましかった?


 何言ってんだコイツは?


 私なんて全然何も出来なかったし、そんなに愛されても尊敬されてもいなかったし……ああ!そうか、わかったぞ!


 まだ幼かったセシルやマリーが側にいたのが羨ましかったのだな!?


 フィリップお前、そんな昔からロリコンだったのか?


 生まれつきなのか?


 コイツ、マジでヤバいな。


「……そうか」


 それに対して、私は静かにそう呟くしかなかった。


 そして、フィリップは暫くそのまま私に縋って泣いた後。


「ぐすっ……に、リアン兄さん、僕はやり直すよ、そして兄さんが与えてくれたこのチャンスを絶対に無駄にしないよ!」


 決意を新たにそう言った。


 お、やっと決心してくれたか。


 お兄ちゃん疲れたぞ……。


「そうか、だが無理はするなよ」


 私は一応優しくそう言った。


「うん、でも……たとえ残された時間が僅でも、僕は頑張るよ!あと数年でも出来ることはある筈だから……必ず!」


 僅か?数年?


 ああ、ケイベックの総督でいられるのが、か。


 まあ、頑張れ。


 お兄ちゃん、平民になってもその辺の街角から応援してるからな。


「お前の決意はよくわかったよ。フィリップ、ケイベックはここから遠く離れ、雪に覆われた過酷な土地だが……お前ならきっと出来るよ、体に気をつけてな」


 そして、私がそう言うと、


「はい!リアン兄さん!」


 フィリップは昔のような素直な笑顔で、嬉しそうに答えたのだった。

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