第88話「少女の皮を被った化け物④」
「「やっぱり、セール品よりブランド物がいいわよね!」」
凄くいい笑顔でマリーとアネットのコンビが言い放った。
「は?……は?はああああああああ?この、この私が、セール品?セール品だと!?」
それを聞いたフィリップは、わなわなと身体を震わせ、その顔はみるみる赤く染まった。
だが、勢いに乗った女子二人はそんなことは微塵も気にせず、更に煽るように言葉を浴びせ続ける。
まず、すっとぼけたマリーがキョトンとしながら、一体何が悪いの?という顔で、
「はい、他に誰がいるというのですか?セール品……あ、失礼、兄上」
非常にわざとらしく言い間違えた。
続くアネットは、
「そうよ!女を舐めるんじゃないわよ!このバーゲン品王子!」
普通に暴言を浴びせた。
当然それを聞いたフィリップは激怒し、絶叫した。
「き、貴様らぁ!」
が、二人は止まらない。
それどころか、更にアクセルを踏み込んでいく。
「まあ怖い!ねえアネット、兄上は一体何をお怒りになっているのかしら?私、本当のことを言っただけですのに……。女なら絶対、ブランド品がいいですわよね?ね?」
可愛らしく小首を傾げたマリーはまた、わざとらしくフィリップを怖がり、直後にニヤリと嫌らしく笑いながらアネットに話を振った。
「当然よ!少し顔と頭が良いだけで、中身が欠陥だらけの粗悪なアウトレット品なんて、こっちから願い下げよ!」
そして、やはり話を振られた側のアネットも、負けじと暴言を叫んだ。
これには、さしものフィリップもついに無言になった。
「……」
が、女達は溜め込んだ分は全て吐き出してやる、とばかりに追撃の手を緩めない。
「わかりましたか?粗大ゴミ……失礼、兄上。女は普通、しごく簡単に手に入ってしまう無料の粗悪品より、中々手に入らない高価で貴重なブランド物を欲しがる物なのですよ?」
「そうよ!分かった?産廃王子!」
ここでついに、フィリップは商品ですら無くなってしまった。
「ぐっ……もういい、わかった」
彼は思わず敗北を認めたとも取れる発言をしたが、マリー達は構わず、そして容赦なく口撃を継続した。
「何が分かったというのです?やっと自分が無価値で有害な欠陥品だと理解したのですかぁ?」
「え?ええ!?今更気付いたの!?実はこの人、凄く頭が悪かったのね……プークスクス」
そして、暴言の内容は際限なくエスカレートしていく。
正直、流石にここまでいくと幾ら当人が悪いとは言え、フィリップが憐れに思えるレベルだ。
と、ここでついにフィリップがキレた。
「言わせておけば!貴様ら!後悔させてるやる!おい!お前達、入ってこい!」
フィリップが部屋の外に向かって叫ぶとドアが開き、見るからに品の良さそうな、いかにも高位貴族のボンボンという感じの少年4人が入ってきた。
「予定変更だ。急遽、今からこいつらに躾をしてやることにしたから手伝え。マリーは私が、アネットはお前達の好きににしていいぞ!」
そして、その中の一人が彼女達の姿を見て言った。
「おお!これはこれは!お久しぶりでございます、マリー殿下。……それとアネット」
それに対してマリーは、挨拶を返……さず、代わりに素直な疑問を返した。
「……貴方達は誰ですか?私、こんなモブ男さん達、知らないのですが……」
これだけに限れば、マリーには本当に悪意が無いのだが、それを言われた当人達は非常にプライドが高い為、大いに憤慨してしまった。
「なっ!?誰がモブ男だ!私達は、元マクシミアン殿下の取り巻きだぞ!」
マリーはここで、今代表して喋っているナルシスト系優男のモブ男を、便宜的に心の中でモブ男A、以下モブ男B、C、Dと名付けた。
そして、心外だ!とばかりにモブ男Aは叫んだ。
だが、そんなことはマリーにとってどうでもよく、
「いや、そんなことを言われても困りますよ。普通、八十話以上前のことなんて、作者だって覚えていませんわ……」
投げやりに答えた。
「くっ、馬鹿にしやがって!」
最早、怒り心頭の彼らは王女に対する礼儀など無い。
だが、彼らの憤りを無視して、マリーは続けて疑問を呈した。
「そういえば、あの婚約破棄騒動の夜に貴方達は纏めて逮捕された筈ですが、何故ここに?」
するとモブ男Aは、苦虫を噛み潰したような顔で嫌々答えた。
「ああ、それか……それは我々が逮捕され、危うく国外追放になるギリギリのところで、フィリップ様に助けて頂いたからだ」
そこでマリーは、なるほど!と顔を輝かせて、また一段と酷いことを言い出した。
「あ、なるほど!類友というやつですわね!」
が、モブ男達もフィリップも、すぐには意味を理解出来ない。
「「「?」」」
それを見たマリーはクスリと笑い、あざとく答えた。
「ゴミがゴミを拾った訳ですから!」
そして、直後にニタァっと黒く笑って見せた。
「「「何だと!?」」」
と、当然男性陣は激怒した。
「ふざけやがって!このガキ!本当は王族でも何でも無いくせに!」
と。
しかし、そこでモブ男達の怒りは別の方向に向かった。
「だが、今はそんなことはいい!そもそも私達がここにいるのは、アネットに復讐する為だからな!アネット!お前だけは許さないぞ!」
そう、マリーの横で固まっているアネットへ。
そして、本来の目的を思い出したモブ男達は口々にアネットを罵り始める。
「そうだ、このビッチめ!」
「下賤で最低な女であるお前の所為で、どれだけ高貴な俺たちが酷い目にあったかことか!」
だが、マリーはそれを冷たく一瞥し、横にいるアネットに反撃を促すが……。
「何を寝ぼけたことを!ねえ、アネット?貴方も何か言ってやりなさいな……アネット?」
マリーはそこで彼女の様子がおかしいことに気づいた。
「あ、あの、私……ご、ごめんなさい」
アネットは顔面蒼白だった。
罪悪感で。
何故なら、彼女はモブ男達をセシルを貶める、という目的の為に利用した負い目があったから。
狂っていたひと月前ならいざ知らず、今のアネットは正常な思考を取り戻し、日々反省しながら生きている。
だから、辛いのだ。
自分がセシルを始め多くの人を傷付け、迷惑を掛けてしまったことが……。
つまり、彼女にとってモブ男達は被害者で、自分は加害者なのだ。
それでアネットは、言われるがまま耐えるしかなく、何をされても仕方ないと思っているのだ。
そして、それを見たモブ男達は勢いづく。
「その女も認めているように、全てはこの女が悪いのだ!」
「そうだ、私たちは被害者だ!」
「しかも逮捕までされ、人生を台無しにされかかった……責任を取れ!」
容赦なく彼らはアネットに罵声を浴びせ、責め立てる。
「あ、あ……私……が、悪いの……」
しかし、アネットは俯いて、何も言い返すことが出来ない。
「貴方達は……」
それを見たマリーは、ポツリと呟いた。
その横で、更に男達の口撃は激しさを増す。
「あり得ないのが、この女は私達を色香で惑わし、地獄へ道連れにした後、なんと自分だけ上手く取引し、のうのうと良い暮らしをしていることだ!信じられない……この悪女め!」
「全く許せない!おいアネット!お前には必ず罪を償ってもらうからな!」
「絶対に逃がさないぞ!覚悟しろ淫売め!」
対して、アネットはひたすら無言で耐えているが、うっすらと涙を浮かべていた。
「…………」
そこで、唐突にマリーが割り込んだ。
「つまり、貴方達はどうしたいのかしら?」
マリーの問いに、少し余裕が戻っていたリーダー格のモブ男Aが歪んだ笑みを浮かべたまま、敬語で答える。
「そんなの決まっていますよ。この女に責任を取らせます。具体的には私達に奉仕させるのですよ。ひと月前までと同じように。つまり、これからこの女は私達を楽しませることで罪を償うのです」
そこに他のモブも続く。
「泣けば許されると思ってるんじゃねえぞアネット!淫乱なお前ならむしろ嬉しいだろう?なあ?」
「喜べ、俺たちとフィリップ様でいくらでも満足させてやる!」
「「「アッハッハ!!!」」」
男達の下品な笑い声が響く中、アネットは両手を握りしめ、震えながら涙を溢し、俯いている。
「くっ……うぅ……」
と、その時だった。
「黙りなさい!」
そこで、マリーの凛とした声が響いた。
「「「!?」」」
「全く、女一人を寄ってたかって……恥を知りなさい!あとアネット、貴方も弱気過ぎるのではなくて?」
「……え?」
そして、マリーは叫んだ。
「聞きなさい!モブ男達!」
「「「だからモブ男じゃない!」」」
「確かにアネットは悪いことをしました。人の道を踏み外し、セシル姉様を傷付け、多くの人に迷惑を掛けた。でもね、今のアネットは素直に罪を認めて償おうとしているの。それに、当事者であるセシル姉様とは、謝罪は終わり、話はついているのよ。だから、この件はもう終わったことなの。それに比べて貴方達は……」
そこでマリーは強い怒りをのぞかせた。
「「「……」」」
「自分達をまるで被害者のように偽り、全てをアネットの所為にして逃げ、あまつさえ、そのアネットを貶め、責め立てるなど言語道断!許すまじ、です!」
「し、しかし、誘惑してきたのはアネットの方で……」
そこでモブ男Aは何とか言い訳しようとするが……。
マリーは、そこで突然アネットの身体に手を回し、強引に抱き寄せた。
「きゃ!?」
そして、彼女の胸を揉みながら言った。
「確かにアネットの可愛らしく男ウケのする顔と、このエロい身体は魅力的でしょう!」
「「「……(エロいって……)」」」
何故かアネットを含めた全員が心の中で突っ込んだ。
「それに誘惑したのはアネットかもしれない……けど!一番悪いのはそれに乗った貴方達でしょうが!恥を知りなさい!」
「「「なっ!?」」」
「しかも当時、貴方達はリアンお義兄様の取り巻きだった筈。アネットがお義兄様の女で、しかも妻になろうとしていたことを知った上で、身体の関係を持った癖に自分は悪くない!、アネットが全て悪い!とかふざけるのもいい加減にしなさい!はっきり言って、悪いのは全部貴方達じゃない!最低!死ね!」
マリーは珍しく感情を露わに捲し立てた。
「「「……」」」
それに対してモブ男達はぐうの音も出ない。
「あと、最後に一言付け加えておくと、『私のお友達』を泣かしてただで済むと思わない事ね」
と、マリーは十三歳少女とはとても思えない、凄みのある恐ろしい顔で静かに言った。
「マリー……」
アネットはそこで涙拭いた。
と、そこで今まで静観していたフィリップがいい加減、痺れを切らして突然叫んだ。
「もう黙れ!茶番は終わりだ!この使えないバカ共!何を言い負かされているのだ!」
自分のことは棚に上げて、フィリップはモブ男達を叱責した。
「「「も、申し訳ありません……」」」
彼らは気不味そうにフィリップに謝罪するが、彼の怒りは収まらない。
「もういい!マリーもアネットも、私を愚弄したことを後悔させてやる!覚悟しろ!お前達、コイツらをやってしまえ!」
「「「は、はい!」」」
だが、それを聞いたマリーは余裕の表情で言った。
「まあ!『やる』なんてお下品な!それに兄上、在庫処分品の分際で偉そうですわよ!」
「そうよ!人としての器とかアレとか、色々ちっちゃいくせに何よ!」
そして、マリーの言葉ですっかり元気を取り戻したアネットは、早速酷い言葉を浴びせ始めた。
「ち、違うそうじゃない!あ、いや、違わないが……違うんだ!……ぐぐぐ、ぬああああああ!」
それらの心無い暴言に、フィリップは遂にキレて発狂してしまったのだった。
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