2章終話 終わりに向けて

「確かこの辺だったんだよな」

「ホントに覚えているんですか? 砂漠の真ん中で迷子とかシャレになりませんよ?」


 あれから数日。

 僕は大トカゲにまたがり、キルトと一緒に野盗の隠れ家を探して砂漠を彷徨っていた。

 別にずっと砂漠の中にいるわけじゃない。

 日が暮れる前にはちゃんとイースの街に戻っている。


 以前賞金首として門前払いをくらった僕だが、ヴィヴィというトカゲ族の口利きで街中に入れるようになった。

 どうやら相当高位の貴族らしい。

 これだけの高額賞金首を街中へ入れるなどまかりならん、と頑なだった兵士たちが、ヴィヴィが取り出した紋章を見た途端に目を丸くしてひれ伏していた。

 その時ヴィヴィが言った「この紋章が目に入らぬかぁ!」は僕も読んだ事がある冒険譚のセリフだった。

 どうやらあの娘も冒険譚が好きらしい。

 先に言ってくれれば「控えおろう、控えおろう!」ってできたのに……。



 ジリジリと強い日差しが照りつける。

 こんな砂漠の真ん中で方向もよくわからないし、隠れ家への入り口は全然見つからなかった。


「見覚えがある風景とかないんですか?」

「そうだな……。あの石見たことあるかも」

「バカなんですか?」


 そんな事言ったって、辺り一面枯れた赤土の大地だ。

 目印にあるものがあるわけでもなし。

 大体の場所はあってるハズなんだけどなぁ。


「別に文句あるなら着いてこなくていいんだぞ」

「私もそのヴィオラさんとやらに用事があるんです」

「ふうん。どんな?」

「ひ、ヒモ野郎には関係ありませんッ!」

 

 真っ赤にした顔でそっぽを向くキルト。

 このいっつも怒ってる感じも久しぶりだな。

 

 ヴィオラは僕が気を失っている間に<蜃気楼の塔>から姿を消し、一人でさっさと帰ってしまったらしい。

 狙っていた<神酒>はヴィヴィに譲ったみたいだな。

 話を聞くにヴィオラとヴィヴィは同じ理由で<神酒>を求めていたようだ。

 どちらも父親が呪いにかけられていて、その解呪だ。


 片やこの国の王様。

 ヴィヴィも高位貴族のようだし、この国では呪いが流行っているのだろうか?

 

「ヒモ野郎こそ、何の用事があるのですか」

「もちろんリベンジだ!」


 あの理不尽トカゲにはやられっぱなしだったからな。

 だがしかし!

 力の制御を身に着けたら今なら勝てる!


「もうあの時のような力は残っていないのでは?」

「ふっ――――覚醒イベント後だぞ? 勝てるに決まってるだろ」

「そんなすぐに強くなれたら苦労はしないと思いますが――――おや」


 ゴロゴロと点在している大きな岩の後ろから、武器を手にした野盗がぞろぞろと出てくる。

 大トカゲの足を止め、僕とキルトは地面に降りた。


 あ、なんかこの辺見たことあるかも。


「へっへっへっ、こんな砂漠の真ん中でデートかよ。イチャイチャしやが――――ぐはぁ!」

「ああ、お頭ッ!」

「燃やされたいんですか?」

「燃やす前に言ってくれる!?」


 お頭と呼ばれた野盗にキルトが放った火球が直撃。

 頭から火柱を立ち上らせて、仲間の野盗にマントでバシバシ叩かれて消化している。


 ようやく鎮火した頃には、哀れその頭皮からは髪の毛が失われていた。

 真ん中だけ。

 っていうかコイツラ見覚えあるわ。

 あのお頭ってやつ、たしか――――。


「よお、コボルト」

「クヴォルトだ! くそが、火魔法なんて使うやつがなんでこんなとこにいやがる。討伐隊か!?」

「いや、ヴィオラに用があるんだよ。案内してくれないか?」

「ああん? 誰だそいつぁ。っていうかお前! 気安く話しかけてくんじゃねぇ!」


 ん?

 こいつ僕が知っている野盗じゃないのか?

 いや、間違いないと思うんだが……。


「この先にある岩の下にある地下への入り口。そこが根城であってるか?」

「チッ! アジトまでバレてんのかよ!」

「ヒモ野郎、野盗違いでは?」

「いやー、あってるんだけどなぁ。ヴィオラに口止めされてんの?」

「だから知らねえつってんだろ! おいオメェら! やっちまえ!」


 クヴォルトの号令で「ヒャッハー!」と声をあげて襲いかかってくる野盗共。

 みろ、僕が教えた掛け声使ってるじゃないか。

 やっぱり間違いない。

 襲いかかってくる顔にはどいつもこいつも見覚えがある。

 ほら、今なぐり倒したやつなんて、僕が指揮とってた時の部下だ。

 

 数にして十数人。

 もともと大した強さもないし、覚醒イベント後の今なら裕をもって制圧できる。

 ケガをさせないように手加減出来る程度には楽勝だ。

 むしろキルトに燃やされてる奴の方が心配だな。


「うげっ!」

「ほれ、ちゃきちゃき吐け。ヴィオラはどこだ?」

「だから知らねえよ! 誰だよ!」

 

 周りにはうめき声を上げてうずくまる野盗共。 

 僕はクヴォルトの頭に足を乗せて、丁寧に質問してるというのに強情なやつだ。


「ヴィオラ・トゥアタラ。この国の王女だ。知らないわけないだろ」

「はぁ? 何言ってやがる。そんな名前の王女はいねぇよ! 大体この国にゃぁ王女は一人っきりだ!」

「だから、その王女の名前が――――」


 様子がおかしいな。

 ヴィオラのことを隠しているにしても、僕のことまで本当に知らないように振る舞う。

 

 クヴォルトは、バカにしたような目で僕を見上げた。

 踏まれたままでよくそんな目ができるなこいつ。

 

 なぜだか自慢気にクヴォルトが口を開く。



「いいか、砂漠の紅きの秘宝! 絶世の美女と言われるこの国の王女の名前はなぁ――――」



 その告げられた名に、僕とキルトは顔を見合わせた。

 


 じゃあ、ヴィオラはいったい――――――――?



----



「見つけました! お侍さん、ルッルちゃん! さあ行きましょう!」

「待て待て待て! いきなり何であるか!?」


 師匠たちが砂漠で人探しをしている間、あたしとサスケは街中で旅の支度をしていた。

 ずいぶん慌ただしいと思うが、キルトさんの事情を聞くに、ゆっくりしている暇はない。

 次は水の大精霊がいるという、海族の国へ向かうのだ。


 まずは砂漠を南下して、海側へ出る必要がある。

 シュバルツゲイザーに乗っておよそ2週間の旅路だ。

 市場で保存食などを見繕っていたところに、唐突に現れたヴィヴィがあたし達の腕を取ってずんずんと歩いていく。


「新たな冒険です!」

「待てと言うに! どこに行く気であるかッ!?」

「そして始まる物語。ワクワクですね!」

「質問に答えんかッ!」

 

 会話をしながらも足は止めない。


「ヴィヴィ、あたし達は師匠の人探しが終わったら今日にでもこの街を出るんだし」

「それは好都合! お師匠様はどちらに?」

「たぶん砂漠をうろついてるし」

「では迎えにいきましょう!」


 なんだか急いでいる様子のヴィヴィに急かされて、あたし達は荷物を取りに宿に連れて行かれた。

 師匠の位置はムーシが教えてくれるから分かるけど、ヴィオラさんが見つかっていないならまだ旅立てない。

 とはいえヴィヴィは聞く耳を持ってくれない。

 仕方がないからとりあえず砂漠にいる師匠を迎えにいく事にした。

 まだ旅立てないなら戻ってくればいいだけだ。

 面倒だけど。


 街門を出て、シュバルツゲイザーを引き取る。

 そしてしばらく歩かせたところで、後方から土埃をあげて大勢の兵士たちが迫ってきた。


「なんだし……?」

「捕りものであろうか? 邪魔にならぬように道の脇に――――」

「<砂嵐サンドストーム>!」

「は? お主なにを……!」


 ヴィヴィが放った砂の嵐が後方の兵士たちを飲み込んだ。

 風の音に混じり、中から「ぎゃー」とか「姫さまー」とか悲鳴が聞こえてくる。

 その光景にあっけに取られているあたし達をよそに、ヴィヴィはシュバルツゲイザーの速度を上げた。


「さあ魔の手が逃れるのです! シュバルツゲイザーさん、ゴー!」

「なんか『姫さま』って聞こえたし……?」

「あたくし美少女ですので!」


 いやいや、そういう問題ではないだろう。

 

「お父様が目覚めましたので、旅に出るとお伝えしたんです。そしたら『ならぬ!』とか言うんですよ、ひどい!」

「いや、病み上がりでいきなり娘にそんな事言われたらそりゃそうであろう」

「でもあたくし、知らない事がたくさんあるって分かったんです。このままでは立派な王にはなれません!」

「王? 王になるって……じゃあ、やっぱり――――。止めるしッ! 引き返すんだしッ!」


 このままじゃ王女誘拐の大犯罪者になってしまう。

 そんなものに巻き込まれてはたまらない。

 兵士の皆さんにリリースしなくては!


 だがシュバルツゲイザーはあたしの言うことを聞かなかった。

 なぜだし!?


「軍所属なのだからあたくしの命令が優先です!」

「シュバルツゲイザー、お前そういうの気にするやつだったし!?」

「いかん、兵士が追ってくるのである! ヴィヴィ、家に帰れ!」

「ここがあたくしの帰る場所!」

「違う! 立派な城があるだろうが!」

「あそこはいつか帰る場所!」

「いま帰れぇぇぇぇ!!」


 後方の砂嵐が止んだ時、追いかけてくる兵士の数はさらに増えていた。



 あああ……、きっともう謝ってもだめだし……。

 


----



「結局ヴィオラさんは何者だったんでしょうか?」

「分からん。けど、野盗共に記憶もないってのはどういうことだ……?」


 単に嘘をつかれていたならまだ分かる。

 大体やはり王女が野盗をやっているってのは無理があったのだ。

 王族に仕える野盗ってなんだよそれって感じである。

 まあ、信じてたんだけど……。


 しかし記憶もないとなると、果たしてどういう事か。

 そういったスキルがあるのかもしれないが、ヴィオラが<蜃気楼の塔>でみせた騎士サマと同じスキルは、ぼんやりとだけど覚えている。

 2つのスキルを持つことは出来ないはずだが……。


「まあ、これ以上探してもきっと無駄だろうし。海族の国へ――――と、なんだ?」

「あれは……、ルッルさんとサスケと、ヴィヴィ王女?」


 正面から砂煙を上げてやってくるのは、大トカゲに跨った3人。

 そしてその後ろからさらに大量の砂埃をあげて追いかけてくる、大勢の兵士たち。

 

「魔族の人! 旅立ちです!」

「ほう。――悪漢ですか、姫?」

「師匠、知ってたんだし!?」

「いや、さっき教えてもらった」


 僕は大トカゲを並走させながら、<エア・ボム>を設置して後方の兵士の数をどんどん減らしていく。


「まあ凄い! ところで美人さんはどちらです?」

「美人さん?」

「双剣使いの、すごく強い美人さんです!」

「ああ、ヴィオラか。トカゲ族が美人かどうかって分かんないんだよなぁ」


 ヴィヴィも、野盗にも自慢げに語られる程の美人だって話なんだが、わからん。


「トカゲ族? いえいえ、人族です! 黒い髪の凄い綺麗な人族!」

「ん? 誰だそれ?」

「やだあ! 魔族の人と一緒にいましたよ! あ、もしかしてスキルで姿を変えてました? <真実の目>はごまかせませんよ!」


 まさか、見た目もスキルでごまかしていたのか?

 黒髪ということは、ジパング人だろうか。


「ディ殿、先ほどからどかんどかんと兵士たちを吹き飛ばしているであるが……」


「あれは家出したヴィヴィを追いかけてきてるんだし」


「家出じゃないですよ、旅立ちです!」


「旅立ちか……、ではギルティ」


「ああっ、師匠やめるしっ!」


「ルッルさん、手遅れですよ。二度とこの国に来なければいいだけです」


「キルトさん、目が! 目が死んでるんだし!」


「あたくしが女王になれば無罪放免!」

 

「それはいつ頃の予定であるか?」


「あたくしが立派になる頃!」


「永久に来んわッ!」


「ヒャッハー! 冒険は爆発だぜ!」


「ああああああ……」



---- 



 3頭の大トカゲが砂埃を巻き上げ、青空の下を駆け抜けていく。

 

 追いすがる兵士たちを風の爆発でけちらしながら、実に騒がしい旅立ちだ。


 そしてそれを丘の上から見守る影がひとつ。



 長い黒髪を風に棚引かせ立つ、人族の女。


 纏う鎧は動きやすさを重視した軽鎧。シンプルながら歴戦を思わせる傷跡が目立つそれは、精霊の加護がついた逸品だ。


 腰に携えるは二本の美しい剣。風のように軽く、持ち主に速度上昇の加護を授ける風の魔剣<シルファリオン>。そして大地を割る、決して砕けぬ世界最硬の土の魔剣<タイタニアン>。


 時間停止機能のついた容量無制限の魔法袋の中には、<エリクサー>や<神酒>がいくつも入っている。


 かつての冒険の際に集められたそれらは、世界中のどの冒険者の装備よりも強力だ。


 

 女は、自分と同じような黒髪を持つ青年に優しい眼差しを向けていた。


 かつて、共に旅し、世界を巡った弟子の片割れ。

 

 自分のエゴで、その生命を、記憶を、運命を捻じ曲げてしまった少年。


 全てをなかった事にして、ただ幸せに生きていてくれればいいと、そう思っていた。それもまた、身勝手な思いでしかないと知りながら。


 今、少年は青年となり、笑い、あんなにも楽しそうに冒険をしている。


 その姿をみれば、自然と笑みが浮かんできたのだ。


 

 青年の駆る大トカゲが見えなくなった頃、女は踵を返し、しかしもう一度青年の駆けていった方向を振り返った。



「この世界、貴方の物語に託すわね――――ディ」




 そしていつの間にか現れた竜の背に乗り、空へと飛び立っていった。


 

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下級スキルを使い倒して英雄に? ~英雄に憧れる僕は自重をしない~ おっちゃん @yozora4416

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