第90話 乱戦
「えいっ、やあっ!」
「クハハハ! 未熟、未熟!」
おかしい。
速度も威力も完全にこちらの方が上なのに、まったく攻撃があたらない。
<守護者>の力を解放したあたしは知覚能力が格段にあがっている。
師匠がどんな風に動いているのかもしっかり見えているのに、動き出した時にはもう躱されてしまっているようにすら思える。
「力の出力だけは目を見張るものがあるのでアール。当たれば大抵のものは一撃で木っ端微塵でアール! 当たればでアールがッ!」
「アール、アールうるさいんだしッ!」
「クハハハハッ!」
ダメだ。
このままいくらやっても当たる気がまったくしない。
「ムーシッ! なんかないんだしッ!?」
(なんかと言われてものぉ。とりあえず思い切り殴ってみてはどうじゃ?)
「そんなマッスル・アンサー求めてないしッ!」
当たらないから困ってるのだ。
師匠、もとい悪魔男爵はステッキをくるくる回して軽快なステップを踏んでこちらを見ている。
明らかにこちらをバカにしていた。
「どうしたでアールか? 人類滅んでしまうでアールよ?」
「人類なんてどうでもいいしッ! 師匠を返すしッ!」
「では取り返してみるでアール。吾輩、期待」
ぬぅぅ。
あの余裕が腹立たしい。
なんとか近づいて腕輪を取りたいけど、攻撃すら当たらない状態でそれは無理だ。
まずは動けないようにしないといけない。
何かないかと周りを見渡す。
エルフ女と斬り結んでいる双剣のトカゲ族。
なぜか膝をついて泣き叫んでいるサスケ。
<ミツマタオロチ>の残り一本の首の注意をひきつけているキルトさん。
残り二つの首のうち、最初にやられた頭はほとんど再生しているように見える。
動き出すのも時間の問題か。
「……そうだし!」
「おっ、何か思いついたでアールか?」
あたしが目をつけたのは先程、悪魔男爵が斬り飛ばした方の竜の頭だ。
こっちはまだ再生が終わっておらず、ぐたりと地面に横たわっている。
「喰らうしッ! <
「おおっ」
竜の頭を端から突き砕いていく。
<守護者>の力で木っ端微塵になった石竜の頭は、石の散弾となって悪魔男爵へと襲いかかる。
石がどんな風に割れるかなんてあたしにも分からない。
これなら動きを読むとか関係ないし!
「亜竜の身体を砕いて攻撃するとはイカれているでアールな!」
「師匠にだけは言わたくないしッ!」
どんどん胴体に近づいていく。
石つぶては悪魔男爵へ当たらないけど、壁際まで追いやった上に、先程まで使っていなかったステッキを防御に使っているところを見ると、まったく効果がないわけではなさそうだ。
だがこのままでは先程の状況に逆戻り。
あたしは勝負に出ることにした。
「弾けろ黄金ッ! <なんちゃってエア・ライド>!」
竜の首を全て石つぶてに変えた直後、あたしは根の裏側で地面を思い切り叩いた。
そこへ螺旋の力を流し込む。
小規模の<棍武回転撃>が地面に爆発を起こし、あたしの身体を前へと押し出す。
師匠の<エア・ライド>のパクりである。
あたしは先に放った石つぶてを追い越し、悪魔男爵へと迫った。
「やるでアールッ!」
「ええぇい! <
再び黄金の螺旋を棍の先に集め、突きを放つ。
速度は十分。
これは避けられない!
「<
悪魔男爵の周りを覆う黒いオーラが、あたしの黄金のように渦巻き、棍を弾いた。
僅かにそれた軌道。
暗黒男爵は身体をぐるりと回転させて攻撃を避けた。
そういう後出しずるいしッ!
外れた突きは塔の壁に突き刺さる。
蜘蛛の巣状のヒビが壁のずっと上の方まで走り、そこを黄金の光が走った。
そして一際光り輝いたあと、壁がガラガラと音を立てて崩れて落ちる。
崩れた壁の向こうに、すっかり夜になった砂漠の空が見えた。
「うわわわ……高いしっ!」
「ダンジョン壁を壊すとは。威力だけなら比肩するものがないのでアールな! だが当たらなければ無意味! やり直しでアール!」
「きゃ――――ぁぁぁ!」
首根っこを掴まれて、ぽーんと広場の中央に放り投げられる。
ちょうどいい位置に飛んできたからだろう、<ミツマタオロチ>が口を開けて迫ってくる。
「<コンプレッション>!」
下から飛んできた風の弾が、ミツマタオロチの首を大きく反らした。
そのお陰であたしは何事もなく地面に着地する。
「キルトさんありがとうだし!」
「どういたしまして」
「――ぬわぁぁぁ!」
続けて横合いからサスケが放り投げられたかのように飛び込んでくる。
少し遅れてヴィヴィもバックステップで下がってきた。
「ドラゴンさんの様子がおかしいです! 苦しそう!」
「ありゃ止めてやらなきゃマズイねえ」
「美人さん! なにかご存知?」
エルフ女を相手にしていた、トケゲ族の双剣使いも下がってきた。
これで<ミツマタオロチ>とエルフ女、様子がおかしい竜人となったトカゲ族と、後ろの悪魔男爵で四方囲まれたことになる。
「無理やり上書きして、それを押し留めているようなもんだからね」
「なるほど。わかりません!」
「止めなきゃ人に戻れなくなるって話さ」
「ドラゴンさんですよ?」
「<真実の眼>で見たらそうなのかもねえ」
人に戻れなくなる。
それはキルトさんが記憶を取り戻すとそうなると、あのメイド女が言っていたの同じだ。
一体英雄皇子の<力>ってどういうスキルなんだし?
「ところで師匠とはどういう関係だし?」
「ん? 師匠ってもしかしてあそこのバカの事かい?」
指差した先はステッキを回して軽快なステップを踏んでいる悪魔男爵だ。
「そうだし。ちょっと変になってるけど」
「へえ、弟子がいたのか。しかもあんた<守護者>だろう?」
「<守護者>を知っているんだし?」
「まあちょっとね。それにしてもアイツに弟子かい」
そう言ったトカゲ族の双剣使いの人は優しい目をしていた。
なんだろう。まるで母親のような――――。
「あの、申し訳ありませんが話は後にして頂いてもよろしいですか? 2つ目の首が復活してしまいましたので」
「あああ、キルトさんごめんだしッ!」
さっきから<ミツマタオロチ>の攻撃を逸らし続けてくれているのはキルトさんだ。
とにかく四方のどれか一つでも解決しなくては。
「あのエルフの女はもう戦意はないよ。とりあえずそこのデカブツと、目の前の竜人をなんとかするんだね」
「師匠は?」
「あのバカはアタイが引き受けよう。安心しな、元に戻しておいてやるから」
「お願いするし! ――ええと」
「ヴィオラだ。アドバイスするなら、あの竜人はアンタが相手したほうがいい。小さな<守護者>さん」
ヴィオラさんはウインクをして師匠の元へ駆け出していった。
なんか、大人の女って感じでカッコいいし……。
「では私もアグニャの相手をしましょう。エルフィナの様子を見る限り、どうやら止めないといけないようです」
「じゃあ、あたくし達はこちらの大きな方ですね! お侍さん、頑張りましょう!」
「しかし拙者は刀が……」
「任せてくださいッ! 秘策ありですッ!」
「一気に片付けるしッ!」
やめてほしいと言っているのに、師匠が冒険の神への祈りをやめないからこんな事になるのだ。
もう二度とダンジョンになんて入らないしッ!
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「まったく。何が『闇の力に呑まれない』だい。すっかり魔族じゃないか」
「クハハハ! 悪魔でアール! あ・く・ま!」
「勝手に名乗っているだけだろう」
ヴィオラは双剣を構え、ジリジリと間合いを計っている。
人であった頃はまったく歯が立たなかったが、真の力に目覚めた今なら果たしてどうだろうか。
「達人同士の戦いは精神の揺さぶり合い、であったでアールかな?」
「ふん、達人になったつもりかい?」
ヴィオラの手元がブレる。
まだ間合いの外であるはずだが――――。
腰を落として斬撃の延長線から逃れる。
すると頭のすぐ上を何かが通過し、後ろの壁に轟音を立ててぶち当たった。
これは砂漠でみせた飛ぶ斬撃か。
「魔素を押し固めて飛ばしているのでアールな」
「ほう。ずいぶん目が良くなったじゃないか」
「クハハ! 吾輩にも可能でアール! <
闇のオーラを押しかためて、斬撃にして飛ばす。
闇の刃がいくつもヴィオラを襲うが、その全ては避けられてしまう。
力の流れの読み合いだ。
先に乱れた方が負ける事になるだろうが、吾輩の精神が乱れることなど――――。
「悪いけど時間はかけてらんないんでね」
「――――なにッ!?」
気づいた時には地面にうつ伏せに抑え込まれていた。
手を後ろに回されひねり上げられ、身動きがまったくとれない。
バカな。
速いとかそういう次元じゃない。
これではまるで騎士サマの――――。
「ま、結果的には手っ取り早いかもしれないね。タイミングを待つから、しばらくそのまま寝ておきな」
「ぐぅ……!」
無理やり関節を外そうにも、暗黒リングを破壊される方が先だろう。
本来ここまで精神の融合が勧めばもはや分離はできない。
だが、僅か半日という短い時間でこの段階まで進んだことが裏目にでた。
まだ定着していないのだ。
いまリングを破壊されれば、吾輩は消えてしまうだろう。
吾輩は負けたのだ。
地面に這いつくばりながら他の戦いに目を向けると、侍小僧と三つ目トカゲは何やら地面からかき集めている。
その向こうでは不肖の弟子と記憶喪失の毒舌娘が、竜人と相対していた。
だがその竜人は様子がおかしい。
地面にうずくまり、苦しそうにしている。
エルフの女が力の解放を止めろと叫んでいるが、果たして聞こえているのか。
「あいつらは一体なんなのだ?」
「何と言ったらいいのか、アタイにはわからないよ」
妙な言い回しに違和感を覚え、聞き返そうとしたその時。
まるで龍の咆哮かと聞き違えるような叫び声が広間に響いた。
その叫び声をあげている、先程まで突っ伏していた竜人は――。
「なるほど。竜であるのか人であるのか、分からないでアールな」
背中から竜の翼を生やし、両手両足にするどい爪をのばし、四つ足で目の前の獲物に襲いかからんとしていた。
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