第80話 砂漠の国の秘宝

 砂漠の移動は体力を使う。

 それは荷車を引く大トカゲでも同じこと。


 だから出来るだけ体力の消耗を抑えるため、移動速度はゆっくりと、一定の速度で行われる。

 大トカゲは日差しと乾燥につよく、砂漠地帯の主要な足だ。


 とはいえ大トカゲはも生き物。休みなくずっと荷車を引き続けられるわけでもない。

 こまめに休憩をとらなければすぐにヘバってしまう事になる。


 そんな時はなだらかな丘にできる僅かな日陰を利用し、旅人や商人は休憩をとるのだ。


 そしてその安寧の一時こそが、野盗に狙われる最も危険なタイミングでもあった。



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「客人。カモが来やがったぜ」

「くくく……。今日も美味い飯が食えそうじゃないか」


 丘の頂上から見れば、眼下には日陰に止まる2台の荷車。

 トカゲ1頭で引くタイプの、もっとも標準的なものだ。

 僕の後ろには小汚い格好をした野盗が10名。

 突撃までカモにバレないように、僅かに小さくした声で指示を出す。


「おう野郎ども、いつも通りだ。人殺しはなし。水にも手をつけるな」

「あったりめぇよ、人様を傷つけるなんざ野盗の風上にもおけねえ」


 いやどうだろう?

 むしろそういうのが風上にうじゃうじゃいてこそ野盗な気もするが。

 まあ本当の野党になるわけにもいかない。


 僕は木刀を掲げ、突撃の号令を出す。


「よぉし、程よく奪うぜッ! 続けゴミ共! ヒャッハー!!」

「「「ヒャッハー!!」」」

 

 総勢11名。

 大トカゲに騎乗し斜面を猛スピードで駆け下りる野盗を、ロクな迎撃体制をとっていない数名の護衛で防げる道理はなかった。


 今日も大量だぜ。



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 一見なにもないようにみえる広大な砂漠。

 しかしそれは見つけづらいというだけで、実に様々なものが存在しているのだ。


 たとえば廃村。

 昔は水が出たであろう井戸。

 それが枯れてしまったばかりに、人々はどこかへ移動したのだろう。

 そうして誰もいなくなった村は、すぐに砂に埋れ、わずかに残る建物跡だけが、そこに人の営みがあった事を想起させる。


 または移動湖と言われる神出鬼没の小さなオアシス。

 数ヶ月から数年で消える為、知られていないオアシスも砂漠には多く存在する。


 他には雨の後に数日だけ現れる川。

 ヘビの住処となっている岩山。

 あとは――――野盗の隠れ家へ続く秘密の地下階段などである。



「おっ、今日は調味料があるじゃないか」

「どうやら食材関係を運ぶ商人だったみたいでな。どれだけ奪うかさじ加減が難しかったぜ」


 香辛料の入った瓶を掲げて嬉しそうにしている赤トカゲ族の女。

 他と同じく野盗であるにも関わらず、街中にいても違和感がないほどに小綺麗な格好をしている。

 野盗共いわく、何も知らぬものが見かければどこの貴族の令嬢かと思う……そうだ。


 僕にはトカゲ族の令嬢の見分け方などさっぱりだからな。


 ただ腰に差した明らかに使い込まれた2本の曲刀。

 これを見て彼女がただの箱入り娘だと思う者はいないだろう。


 そんな彼女こそが僕を客人として迎え入れた張本人である。



「さすが一千枚の賞金首ともなると違うね。全戦全勝じゃないのさ」

「まあな。でもお前が出ても変わらないんじゃないか?」

「アタイに顔をさらす危険を冒せってのかい? バカ言ってんじゃないよ」


 まあそうか。

 野盗をやっていただなんて過去は、都合が悪いだろう。


「クフォルト、商会の名前はおさえてあるね?」

「もちろんでさあ」

「ちゃんと奪った商品の名簿つけおきな」


 クフォルトと呼ばれた野盗の男は、承知でさぁ、と返して奥に消えた。

 あの男はこの野盗団の中で、唯一数字の計算と読み書きができる男だそうだ。


「国に従う野党団ね。変わってんな」

「綺麗事だけじゃ国は回らないのさ。時には裏の手が必要な事だってある」

「ふーん。聖女を誘拐したりとか?」

「なんだいそれ。そんな事して国に何の得があるんだい?」


 どっかの騎士サマに聞いてほしいね。

 

 ま、貴族の考えることなんて平民には分からない。

 何より興味もないしな。

 僕は木刀を抜いて、剣先を目の前の女頭領に向けた。


 スッと彼女の目が細まる。


「さて、今日も付き合ってもらおうか」

「毎日毎日懲りないね。女にいたぶられるのが趣味なのかい?」

「ハッ。その軽口がいつまで続くかな?」

「そういうのは負け続けてるやつが言うセリフじゃないよ」


 僕がこの野党団に身をおいている理由。

 それはこの眼の前の女頭領にあった。


 王都イースに入れずに憲兵に追いかけられた僕は、追手を巻いた先でこの野党団に襲われた。

 そこいらの野盗など何人いても物の数じゃない。

 ちぎっては投げを繰り返していたところ、音もなく現れたのがこの女だった。


 手に持つ二振りの曲刀は、見ただけで分かる業物。

 しかも決してお飾りではなく、使い込まれた歴戦の武器だった。

 女自身も、なぜ目で見るまで気づけなかったのか不思議になるほどの覇気をまとっていた。


 僕に油断はなかった。



 全力で挑み、そして――――あっさりと負けた。



 女はスキルも何も使っていなかった。

 使っていたのは武技だ。

 純粋な武技の腕だけで、英雄皇子にすら膝をつかせた僕の戦法が完全に抑え込まれた。

 

 そして地面に這いつくばる僕の頭に足を乗せて、女はこういったのだ。



 ――なかなかの腕だね。あんた、ちょっと雇われやしないかい?



 これが今、僕がここにいる経緯だ。


 さすがに僕も野盗の片棒を担ぐ気はなかった。

 だが、ここは野盗団であって野盗ではない。

 実に矛盾した集団なのだ。


 その理由は目の前にいるこの女が持つ名にも関係してくる。


 砂漠の国の紅き宝石。

 子に恵まれなかった現国王ディザーリア・トゥアタラ三世のただ一人の愛娘。

 その姿を見たものは王族だけに限られ、この世の誰よりも美しいと称されるトカゲ族の国の秘宝。


 ヴィスラ・トゥアタラ。


 それが目の前にいる女の名前である。


 

 つまり次期女王となる運命を背負った、この国の第一王女だった。



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「どうやらこの国の王は病で伏せっているようであるな」

「ふーん。王様いなくても国って大丈夫なんだし」


 平民にとって、王様なんて雲の上にいすぎて存在すらあやふやだ。

 <武帝>と<英雄皇子>も王様といえばそうだが、見た場所が闘技場だからか、あまりそういう権力のようなものは感じなかった。

 だからあたしの認識としては王様なんていてもいなくても変わらない。

 サスケの言葉に生返事をするほどには興味がなかった。


「拙者も色々な国を回ったが、獣人族の国を除くと、あまり王族というものに興味がないのであるなあ」

「ジパングでは違ったんだし?」


 サスケは、うむ。と頷いた。


「ほぼ毎日のように市井に遊びに来ていたであるからな。それはそれは大人気である」

「遊びに? 王族って暇なんだし?」

「まあ大体は部下のものがやるであろうしな。大事なのはそこに居ることであろう」


 いるだけでいいとは、随分楽でよさそうだ。

 あたしもいつかそういう生活ができるだろうか。

 でもやる事ないと暇そうだし。


 

 師匠がなぜか野盗をやっていると聞いた後。

 探しにいくかどうかをサスケと話し合い、結果ほっておくことにした。

 野盗に捕まって無理やり働かされているという可能性もあったが、なぜか嬉々として野盗稼業にせいを出している姿しか浮かばなかった。


 まあ師匠がそこらの野盗ごときにやられるはずもなし。

 人質になりそうな自分たちもここにいる。


 人様に迷惑をかけている、というかガチの犯罪行為なのが気にかかるところではあるが、一応ケガとかはさせていないし、奪う物品も半分だけとかいう意味不明の線引きがあるみたいだし。

 

 きっと何か理由があるのだろう。

 であればほっておけばいいのだ。



「そんな王様の情報よりも、ほしいのはキルトさんの情報だし。結局今日も――」


「――助けてくださいましっ、旅の人!」

「ぬあぁぁぁ!」


 横合いからサスケが華麗なタックルを叩き込まれて倒れこんだ。

 その腰にすがりついているのは、フードマントの人物。

 声からしておそらくは女の人だろう。


「なにをするかっ!」

「あたくし教わりましたの! 髪が真ん中にしかないハゲの人はお侍さんで、お侍さんは困った人を助けてくれるのでしょう!?」

「ハゲではないはたわけっ!」

「きゃあ!」



 ざわっ。


 

 周りで見ていた観衆からそんな音がした。

 何やら驚いているようだが、理由が分からない。


 サスケが急に立ち上がったことで、すがりついていた女のフードがめくれていた。

 あらわになったその素顔は、赤い鱗のトカゲ族だった。

 女が慌ててフードを被り直したと同時、通りに憲兵が2名なだれ込んでくる。


「そこの者! 大人しく投降しろ!」

「ああお侍さんッ、悪漢! 悪漢です!」

「いやどうみても憲兵であろう。お主なにをしたのだ?」


 再びサスケの腰にすがりつく女。

 憲兵たちはジリジリと距離を詰めてくる。

 サスケは振りほどこうと必死に手を押し付けているが、意外と力が強いのか、女を引き剥がせないでいた。


「お侍さんは強きをくじき、弱きを助けてくれるのでしょう!?」

「時と場合によるのである! ええい、放さんか!」

「今がその時! 目覚めよ! 目覚めよ!」

「やめんかあぁぁぁぁッ!」


 これはあれだし。

 師匠と同じタイプの人だし。

 

 サスケがぐいぐいと頭を押している間に、憲兵がついにフードマントの女の肩に手をかけた。

 次の瞬間――。


「さあ、詰め所まで――ぐふッ!」

「貴様抵抗を――がはッ!」


 ドサリ。


 まさに目にも留まらぬ早業。

 2人の憲兵を一撃で下したのは、振り向き様に放たれたフードマントの女の拳である。


 あたしを含め、観客は誰もこの結末を予想していなかった。

 先程までの泣き叫んでいた姿は演技だったのか。

 抱きつかれていたサスケはどうなるのか。


 妙な緊張感と静寂が辺りを包み込んでいた。

 

 そして――。



「お侍さん、あたくし怖かったーーー!!」

「怖いのは拙者の方である!! 抱きつくなぁーーー!!」


 何事もなかったかのようにサスケの腰にすがり直したのだった。




 そういえばサスケとの出会いもこんな感じだった。


 因果応報だし。


 


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