第78話 太陽の輝く土地

 トカゲ族の国<ディザート・リザート>。

 国土の7割が砂漠であるこの国は、それでも世界3番目に裕福な国である。

 その主な資源は北部に位置する中央山脈から得られる宝石類、それとガラスだ。


 中央山脈という名前からも分かるように、この山脈は西大陸のほぼ中央を走り、大陸を南北に隔てている。

 人の足で超えることは叶わないが、山脈の向こう側はアルメキア王国だ。

 現在位置から真っ直ぐに北上すれば、ちょうどアイロンタウンにあたる。


 ディは東海岸にあるロマリオから、中央山脈を大きく迂回する形で、西大陸を反時計回りに旅してきたことになる。


 中央山脈付近は緑溢れる豊かな土地であるが、トカゲ族の国の首都があるのはそこからさらに南下した、砂漠の中のオアシスにある。

 砂漠と言っても砂丘が連なるような土地はごく一部だ。

 ほとんどは乾燥した赤土が広がっており、ところどころに背の低い植物が点在している。



 なぜ豊かな北部ではなく、わざわざ不便な砂漠に国を作ったのか。

 その答えはガラスにあった。


 トカゲ族の国ではポーション瓶に代表される、ガラス製品の輸出国だ。

 中でもポーション瓶といえばトカゲ族の国で作られたものだけが<正規品>として扱われる。

 そのガラスの原料となる砂が、この砂漠で取れるのだ。


 ガラスは魔素を通しずらい為、ポーション作りや保管にはかかせない。

 しかし壊れやすいという性質を持っており、本来持ち運びには向いていない。

 にも関わらずなぜ冒険者はガラス瓶のポーションを持ち運ぶのか。

 それはトカゲ族の国でつくられる<正規品>に秘密がある。


 この<正規品>のガラスには、トカゲ族の国の秘伝による強化が施されれており、非常に壊れにくくなっているのだ。

 魔素を通しづらく、壊れづらい。

 この二つの性質を備えた<正規品>を製造できる事こそが、トカゲ族の国の最大の優位性だった。


 故に、トカゲ族にとって砂漠に暮らすことは、たとえ不便であってもむしろ誇りとして受け入れられているのだ。



 陽炎が立ち上る灼熱の大地。

 道というのば名ばかりの、僅かに踏みしめられた土地の上を歩く3頭の大トカゲ。

 その背中には暑さ対策としてフードマントを羽織っているディ、ルッル、サスケの三人の姿があった。



----

 

「あぁつぅい~しぃ~……」

「ルッル殿。そんなに水を飲んでは体が持たぬぞ」

「飲まないと干からびてしまうんだし……」


 既に冒険都市を出発してから二ヶ月近くが経っている。

 トカゲ族の国に入ってからでも一月近く経過しているが、未だに王都にはたどり着いていない。

 とはいえ旅程があっていればそろそろの頃合いだ。


「シャキとしろよ弟子。そんなんじゃ野盗に笑われるぞ」

「そんなゴロつきの評価なんてどうでもいいし……」


 野盗にだってロマンはある。

 ゴロつきだって決めつけるのは良くないぞ。


「大体師匠のせいだし。師匠が賞金首でさえなければ幌付き馬車で悠々した旅路になっていたはずだし」


 冒険都市を出たときは馬車に乗ったが、あれは賞金首でも気にしない特殊な街だったからだ。

 その後、別の町から乗り継ぐ際には何度かトラブルになった。

 乗車拒否ならまだいいが、そしらぬ顔で憲兵の詰め所に乗り付けられた時は大変だった。

 憲兵たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げの大乱闘。捕まりかけたルッルを救出し、最終的には詰め所に繋がれていた乗り物――今乗っている大トカゲ――を奪い脱出。何十人もの憲兵が砂埃を巻き上げて街道で追いかけてくる様は圧巻だったな。

 

 まあ、なかなか楽しい冒険だったといえる。



 結果、こうして大トカゲにまたがり移動できているだけでも十分楽している。

 これで文句言ってたら旅なんて出来ないぞ。

 しかし不肖の弟子はまたがるトカゲに抱きつくように、寝そべってだらけていた。


「ああ、ちょっとひんやりするし……。シュバルツゲイザー、お前だけがあたしの癒やしだし……」

「<守護者>よ」

「なんだしムーシ?」


 炎天下でもルッルの頭にへばり付いている虫精霊。

 どうやら精霊にとって暑さとかはあまり関係ないらしい。

 最近ではルッルを探す時には虫を目印にするぐらいには見慣れた。

 本人はまだ嫌がっているが。


「なぜトカゲ風情がそんな大層な名前で、我はムーシなのじゃ」

「シュバルツゲイザーは立派に働いているし。ムーシとは違うんだし」


 世界の調停者たる精霊に向かってなんたる言い草……! と虫は騒ぎ立てているが、ルッルは聞く耳を持っていない。

 トカゲと虫ではどちらが可愛いか。

 前者である。


 トカゲって目がくりっとしてて意外と可愛いんだよな。

 手足も太くて、バタバタ走る感じもいい。

 結論、見た目が大事。


「お。見えたであるぞ」

「久々に大きな街だな」


 なだらかな丘を登りきり、眼下に広がったのは砂漠の真ん中に突如表れたオアシスの街。

 目につくのは街の中央に位置する湖。

 その真ん中にそびえ立つ王宮と思わしき建物だ。

 遠目でもわかる綺羅びやかさ。屋根は金か?


 街中にめぐらされた水路の青と、新緑の植物たち。

 見渡す限り赤土が広がる砂漠において、くっきりと映えるその色は豊かさの象徴のようだった。

 立地は決してよくないが、王都というに相応しく栄えている様子だ。


「やったし! 水浴びできるし! シュバルツゲイザー、ゴー!」


 ルッルが勢いよく坂を下っていく。

 見えたには見えたが、まだまだ距離があるぞ。


「師匠、サスケ! 早く来るし~!」


 急に元気を取り戻した弟子の後を、僕らはゆっくりと追いかけていった。



----


「で、師匠は入れるんだし?」


 あたし達は城壁の前までやってきた。

 大トカゲは街の中に入れないため、外の停留所に預けている。


 砂漠の旅を終えた旅人たちが検問に列をなしていた。

 とはいえそこまで人が多いという印象もない。

 商人たちは別の列のようだし、それ以外で砂漠超えをしてくる旅人というのはそこまで多くはないのだろう。


 早く中に入って宿を取りたいけど、問題は師匠である。


「なんせ金貨一千枚の賞金首。さすがに手配が回っているであるぞ?」

「まあ城壁なんて簡単に超えられるけど。一応並んでみるか」


 小さな町の検問は適当なところもあった。

 まだ馬車の御者のほうが師匠に気づいたぐらいだ。

 しかしここはトカゲ族の国の王都。

 犯罪者の出入りも今までの町より厳しく取り締まっている可能性が高い。


 念のため師匠とは間隔をあけて並んだ。

 こうすれば万が一師匠が捕まる、もしくは逃げ出すことになっても、あたし達が自由に動けるからだ。


 しばらく並んで、師匠の番がくる。


「はたしてどうであるかなあ?」

「師匠ってば顔とか全然隠さないし」


 師匠は門番と和やかに会話しているようにみえる。

 そのうち談笑しながら二人で奥へと消えていく。


 上手くいったんだし――?


「ふむ。たまたま顔を知らない門番であったか、それとも――」


 サスケがそう呟いた時、門の奥から大勢の人が駆け出してくる音がした。

 師匠が凄いスピードで飛び出してきて、そして――。



「「「――――逃がすなぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」



 大勢のトカゲ族の兵士たちが各々に武器を手にして走り出てきた。


 師匠はこちらを振り返ることもなく、一目散に砂漠目掛けて走っていく。

 兵士たちは半数はそのまま師匠を追い、半数は乗り物となる大トカゲの停留所へ駆けていった。


 やはり師匠の顔はバレていたようだ。



「何もない砂漠。普通は逃げるのも無理であるし、万が一逃げ切っても死んでしまうが――」

「師匠なら大丈夫だし。そのうち帰ってくるからほっとくし」

「ルッル殿もディ殿の扱いがおざなりになってきたであるなぁ」


 この旅の間、こんなのしょっちゅうだし。

 大体師匠は空を飛べるんだから、本気で逃げようと思えば絶対捕まらない。

 居場所だって世界樹の木刀を持っているからムーシがいれば分かるし、心配なんて必要ない。


 それより大事なのはお風呂だ。

 

「門番いなくなっちゃったし。早く帰って来るしー!」


 パカリと開け放たれた門の前、まだ列に残っている少数の旅人たちはどうしたものかと顔を見合わせていた。


 あたしは師匠を追いかけて走っていった兵士たちに向かって、両手を上げて叫んだ。




 ここは火の大精霊を祀るトカゲ族の国の王都<イース>。

 

 雲ひとつない青空と、全てを焼き尽くさんとする太陽の輝く土地。


 思えば随分遠くまで来たものだ。タットはちゃんとやってるし?


 

 きっとこの街にキルトさんはいる。



 絶対取り返してみせる――――!


 


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