第75話 師匠の行方

「いくぜ愚民どもぉ! バーンプ……!」


「「「アーーップ!!」」」



 あたしには理解のできない何かが進行していた。

 何度も違うポーズで筋肉をアピールする武帝。

 そしてその度に盛り上がる観客たち。


 これは一体なんなんだし……。


「ガッハッハ! なんだ<武帝>はおかしなバッカ野郎だなッ!」

「噂には聞いていたけど、実物を見ると凄いね……」


 あたしと同じように初めて武帝をみたはずの二人。

 楽しそうなラウダタンに対し、フォートは若干引き気味だ。

 引くのが普通だし。


「カメメメ! <武帝>は強さ至上主義のこの国の頂点! 強いカメよぉ!」

「……多くの土魔法使いの頂点です。憧れる人も多いですよ」


 土魔法使いと聞いて思い浮かぶのはじいちゃんだ。

 確かにじいちゃんも筋肉系土魔法使いだった。

 え、もしかしてじいちゃん<武帝>に憧れてたんだし……?


 た、たまたまだよね?



 武帝と英雄皇子が闘技場の真ん中で向かい合う。

 二人は国は違えど皇族同士、面識はあるのだろう何か会話をしているようだ。

 そしてしばらく会話をした後、お互いに距離を取った。



『さあいよいよ始まりますッ! 一瞬たりとも見逃せない! 世界最強を決める世紀の決戦だぁ!!」



 先程までの盛り上がりが嘘のように、会場全体が水をうったように静まり返る。

 ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえてきそうだ。

 にらみ合う両者はピクリとも動かない。



『瞬き禁止ですよッ! レディ――――……ファイッッ!!!』



 開始の合図と同時。

 英雄皇子の周りに紫電が弾けた。

 師匠のときに使ったらしい、スキルの力をいきなり解放したのだ。


 対して武帝はそれを腕組しながらみていた。

 どうやら準備が整うのを待っているらしい。


「<武帝>も<英雄皇子>も近接戦闘に特化してるカメ! 打ち合いになるカメよ!」


 オトヒメさんがそう言うやいなや、英雄皇子がまるで瞬間移動をしたかのようなスピードで武帝に迫った。

 傍から遠目に見ているからかろうじて目で追えるものの、目の前にいたら反応すらできないだろう。

 そのままの勢いで英雄皇子が武帝に殴りかかる。

 武帝はそれを腕でガードした。



 そして響き渡る轟音。



 人が人を殴った音とは思えない音だ。

 まるで竜と竜のぶつかり合い。

 間違いなくとんでもない威力が乗せられていた英雄皇子の拳。

 そしてそれを受け止めて、一歩も動かない武帝。


 どちらも化け物だし……。



『もの凄い音が響きました! 先手を取ったのはアルベルト選手だ! いきなりスキルを使用しての全力だぁ!』



 英雄皇子は初撃で止まらなかった。

 武帝のガードした手に自分の手を絡ませるようにして、その手をひねり上げようとする。


 対する武帝は筋肉の力でそれを防いだ。

 <身体強化・極>という絶大なスキルの恩恵があるはずの英雄皇子が、力負けしたのだ。

 上級ともなると土魔法にも身体強化があるんだし……?


 

 英雄皇子は攻撃が塞がれたのを見るやいなや、手を絡ませたまま飛び上がり、武帝の後頭部目掛けてひざ蹴りを繰り出す。


 頭を下げて、最小の動きでそれを避ける武帝。


 しかし空振ったかに見えた英雄皇子のひざ蹴りは、次の攻撃への布石だった。


 英雄皇子は蹴りの威力を最大限に活かし、体全体を回転させて掴んでいた腕を無理やりひねり上げたのだ。


 そのままではひねられた腕を折られてしまう。

 武帝は重心を落とし、地面に片膝つく形で無理やり腕を振り払った。

 これで関節が固められるのは防げる。



 だがそこまでが英雄皇子の誘いだった。

 

 片膝をつく武帝の真上には、大きく足を振り上げた英雄皇子の姿。


 まるで斧のようにしてその足を振り下ろし――。



 ――再び響く轟音。



『うおぉぉぉぉ! なんだぁぁぁぁ!! とんっでもない威力のかかと落としだぁ!!』



 攻撃の衝撃で闘技場の地面が大きく陥没。


 武帝は片腕でガードしていたが、真上からの攻撃の威力を受け流す事はできなかったようだ。

 全身が瓦礫に埋もれ、その姿を確認する事ができない。


 砕かれた地面は、石つぶてとなって観客席に飛んできたが、その全ては見えない結界の壁によって防がれていた。



「ぶ、武帝死んだし……?」

「カメメメ! これぐらいで死んだら<武帝>は務まらないカメ!」



 ゴゴゴゴ……。



 地鳴りと共に、僅かに会場全体が震えだす。


 英雄皇子がその場から離れた。



「ぶははははッ! 久し振りに効いたぞ!!」


「うひゃあ!」



 地面を大爆発させて姿を現した武帝。

 よほど大きな声なんだろう、観客席までその声が届いた。


 同時に大きな岩がもの凄い勢いであたしの目の前に飛んできた。

 結界に阻まれるも、目の前で岩が叩きつけられる光景に思わず声が出る。


「……さすが最前列。大迫力です」

「カメメメ! カァーメメメメッ!!」


 オトヒメさんはひたすらに嬉しそうだ。

 試合結果を全戦当てた事といい、実は闘技場マニアなんだし?



 再び距離を取って対峙する英雄皇子と武帝。

 英雄皇子は腰の剣を抜いた。


「剣って大丈夫なのかな?」

「武帝の肌は斬ってもきれぬのである」

「鉄より硬えってか? そんなバッカな話あるかよ!」



 英雄皇子が構えを取ると同時。

 武帝が拳を大きく振り上げた。


「喰らえアル坊ッ! <昇天拳たかいたかい>!」


 現れたのは巨大な拳。

 それが英雄皇子の足元から飛び出してきた。


 上級スキル<天地創造>による大地操作だ。

 武帝は全ての土や岩を、自分の好きなように動かす事が出来る。


 英雄皇子は高速移動で次々生えてくる腕を躱しながら、武帝へと距離を詰めていく。


「おらぁ! <爆裂岩礫いないいないばあ>!」


 人間の頭ほどもある岩礫の嵐が英雄皇子を襲う。

 逃げ場などないほどの広範囲のそれを、最小の動きで舞うように避けている。

 

 さすがの武技だ。

 しかしその後ろの観客席は阿鼻叫喚だった。



『おおっと皆様ご安心を! 観客席を守るのは、我が国が誇る結界術士一族! さらに今日の激戦を予想して、隠居した先代たちまで引っ張り出してきて頂きました! たとえ竜の一撃でも防げる安心仕様となっておりますっ!』



 事実、攻撃は全て結界に阻まれていた。

 しかし恐いものは恐いだろう。


「近接戦闘ってなんだし……?」

「他の上級スキルの効果範囲は見渡せる範囲全て。これは近接戦闘のうちといえるであろうな」


 スケールが違いすぎてよく分からないし……。


 

 全ての岩礫を避けて、英雄皇子が武帝を間合いに捉えた。

 竹割りに振り下ろされる剣の前に、なんと武帝は防御姿勢を取らなかった。


「<巌鉄硬化おとこはがまん>!!」


 世界最強といわれる<英雄皇子>の剣を、頭で受けた武帝。

 普通なら真っ二つだ。

 だが結果は驚くべきものだった。


「ぶははは! <崩天・子いたいのいたいの守熊とんでゆけ>!!」


 粉々に砕けちった英雄皇子の剣。

 その鉄片が舞う中、両手を同時に突き出す武帝の必殺技が、動きの止まった英雄皇子に直撃した。


 先ほど武帝が作り出した石の拳の柱。

 それらを破壊しながら、英雄皇子は闘技場の壁まで吹き飛ばされていった。



『キマったぁぁぁぁ!! 武帝が放った一撃必殺の絶技が、アルベルト選手にクリティカルヒットォーー!! これは痛烈だぁぁー!!』


「け、剣が粉々になったし……!」

「うっそだろおい。ありゃ鋼鉄の剣だったぞ!」

「カメメメ! <世界最硬>! 剣のほうが耐えきれなかったカメねぇ!」


 ビリビリと会場を震わせる大歓声。

 崩れた岩のオブジェが作り出した砂煙がだんだんと晴れていく。


 果たして英雄皇子は無事か。

 観客が見守るその先には――――。



『なんとぉぉぉ! 立っている! 武帝の必殺技を受けてなお<英雄皇子>は倒れないーーッ!!』


 

 まるで何事もなかったかのように、ゆっくりと歩みを進める英雄皇子の姿があった。

 しかしさすがに無傷とはいかなかったようだ。

 その額からは、赤い血が一筋流れていた。


 あれだけの攻撃を受けて、血が一筋……?


「ムーシ。<守護者>は本当に必要だし?」

「もちろんじゃ。真に解放された<守護者>の力はこんなものではない」

「世界を救うどころか滅ぼせそうだし……」



 再び距離が空き、激戦に一息つく時間が流れる。

 

 英雄皇子はゆっくりと闘技場の中央まで戻ってきた。

 向き合う武帝と英雄皇子。

 両者は腰を落とし、静かに構えをとる。


 始まる激戦の予感に誰もが固唾をのみ、静かに見守っていた。


 そして――――。



「――――――――ッ!?」



 白。


 それから静寂。


 あたしが知覚できた事といえばそれぐらいだ。


 きっとその場の誰もが同じようなものだったはずだ。


 ただ、果たして誰が語ったのかは定かではないが、後に世界中でベストセラーとなる本の中で、この時の事がこう表現されている。



《その時、信心深き若き僧侶は、神の怒りがこの世界を壊してしまったと思ったのだという。

 全てが白で塗り潰され、遥か高みにいる超越者たちの戦いに狂乱していた観客たちの声もまた、無へと帰されたのだと。

 この世界の最後を目に焼き付けようと、僧侶は意を決し目を開いた。しかしてその瞳に飛び込んできたのは、この世のものとは思えぬ美しい光であったのだ。

 そうしてしばらくの間その若き僧侶は、自分が天の国へと召された事への感謝を、神へと捧げたのだった》 



 あたしの目の前に、光の花びらが散っていた。


 それは何百、何千と闘技場の中を漂い、呆然とする観客たちに舞い降りてくる。


 わけがわからず両の手のひらで包み込むと、しばらくして溶けて消えた。


 誰もが状況をのみこめない中で、最も早く事態に気づいたのはあたし達だった。



 なぜなら、あたし達が一番それを見慣れていたからだ。



 まずフォートさんが口を開いた。


「うそ……だよね?」



 次はラウダタンさんだ。


「いくらなんでも、冗談だろう……?」



 そしてあたしは恐る恐るムーシに聞いた。


「……師匠、どこにいるんだったし?」



 ムーシは事も無げに答える。



「じゃから一般人ならずっとここにおったぞ。この闘技場の真上にな」



 あたし達が固まりながら見つめる先にあるのは。



 揃って闘技場の壁にまで吹き飛ばされ、顔を庇うように防御態勢を取っている武王と英雄皇子。


 その二人が先程まで立っていた場所。闘技場の中央。


 そこに突き刺さっている――――。











 ――――激しく帯電する一本の木刀だった。


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