第54話 全滅のガーネット

 迫りくるガーネット・フロッグ。

 その大きさはハイゴブリンなんかとは比べ物にならない。

 

 今こいつは、師匠が対峙しているヘビの魔物から逃げることに必死で、あたしの事なんか気にかけていない。

 すれ違い様に突きを叩きこんで、あの額の宝石を割ればいい。

 それだけだ。


 大丈夫、訓練と同じだし……!


 ちょっと顔の位置が高いので、あたしは傍にあった岩によじ登ってガーネット・フロッグが通りかかるのを待つ。


「来たし……!」


 ちょうど良い位置にガーネット・フロッグが着地した。

 目の前にはその大きな横顔がある。

 ぎょろりとした、思考が読めないその目が気持ち悪い。


「えやぁ!」


 あたしは手にもった木の棒を思い切り突きだした。


 思わず目を瞑ってしまったが、何度も繰り返した突きの動きはちゃんと身体が覚えていた。

 あたしの攻撃がガーネット・フロッグを捉えて――。


 ――むにゅり、というなんとも言えない感触が棒の先から伝わって来た。


「……やわらかいし?」


 そっと目をあける。

 するとそこには、ほっぺを棒で押されているガーネット・フロッグの顔があった。

 先ほど思考が読めないと思った目が、なんとなくイラッしているように思える。


「ご……ごめんだし?」


 あたしの謝罪の言葉には耳をかさず、ガーネット・フロッグがこちらに向いて大きく口を開いた。

 まずい、火の玉がくる!


 あたしはとにかく口の前から逃れなきゃと慌てて、ガーネット・フロッグの頭の上に飛び移った。

 岩の上から飛び降りるのがちょっと怖かったからだが、飛んでからこっちの方がもっと怖い事に今更気づく。


 先程まであたしがいた岩の上に火球が直撃するのと同時に、カエルの頭の上に腹ばいで着地した。


「ヌメヌメしてるし……!」


 頭の上に乗られたのが嫌だったのだろう、ガーネット・フロッグは上を向くような格好で、あたしを振り落とそうとする。

 必死にカエルの身体を掴むが、ぬるぬるで手が滑る。

 あたしは背中を滑り落ちて、顔から沼に突っ込んだ。


 すぐに顔をあげて振り返る。

 するとガーネット・フロッグはそこにいる巨大なヘビの魔物の存在を忘れてしまったのか、あたしを標的に定めたように見下ろしていた。


「む、向こうにいった方がいいし……?」


 親切にヘビとは逆方向を指さして教えてあげたというのに、ガーネット・フロッグはあたしに向かって飛び上がってきた。


「わ、わ……!」


 バシャバシャと水の中を四つん這いで移動して、なんとかギリギリ落ちてくるガーネット・フロッグをかわす。

 しかし盛大に上がった水しぶきに、あたしは吹き飛ばされた。


 流れのままに立ち上がり、ガーネット・フロッグに背中を向けたまま全力で距離を取る。

 ガーネット・フロッグが飛び上がり、追いかけてくる気配が背後から伝わって来る。


 あたしが走る先には、もう一匹のガーネット・フロッグと戦闘しているタットたちがいた。


「おまっ、連れてくんなよ!」


「沼地ダンジョンのフロア・ボスなんて一人で余裕なんだし!? あのダサい名前の技でやっつけろし!」


「ダサくねえッ!」


 ダサいし!


 あたしはタットの横を抜けて、走り続ける。

 タットの仲間二人もその横に続く。

 別にタットを見捨てたわけじゃない。

 近くにいるとスキルの巻き添えを食うからだ。


「喰らえ、<びりびりアタック>!」


 タットが沼地に手を突っ込んでスキルを放つ。

 バヂバヂと音を立てて波立つ水面。

 タットを囲んでいたガーネット・フロッグたちは、びくりと身体を震わせてその場で固まった。


 舌をだらりと下げた様子からは倒したようにも見えるが――。


「ウゲッ――!」


 その舌が高速でタットを打ち抜いた。

 水面を跳ねるようにしてこちらに吹き飛ばされてくるタット。

 仲間二人が駆けよって、タットを沼からすくい上げる。

 だらりとしたその様子から、どうやら気絶しているらしかった。


「<沼地ハンター>役に立たないし……!」


 だがタットの電撃は一応効果があったのか、ガーネット・フロッグたちはその場からすぐに動こうとはしなかった。

 そして――。


「あ」


 一匹が背後から迫っていた<ギガ・アナコンダ>に丸呑みにされたのだった。



---


 くそ、また一匹食べられた!


 これで残るはあと一匹だ。

 三匹もいたんだから他にもいるかもしれないが、フロア・ボスは普通一体ずつしかいないはず。

 討伐されたら七日ぐらいは再出現しないので、ここで全て食べられてしまうと試験クリアができなくなってしまう。


「フロア・ボスがやられないように気を使うってのはどんな状況なんだよ……!」


 最後の一匹は慌てて逃げ出そうとしているが、そっちはまたしてもルッルのいる方向だ。

 しかもタットたちパーティーは撤退を開始していて、ルッルは前列に残されている。


 ルッルに期待したいところだか、あいつはまだ飛び上がって攻撃とか、そういった器用な事は出来ない。

 さっさとこのヘビ野郎を倒すしかないか……!


「<エア・ボム>! <エア・ボム>! <エア・ボム>!」 


 三連<エア・ボム>でギガ・アナコンダの顔を無理やりこちらに向かせる。

 うちの孤児院じゃつまみ食いは重罪だぞ。


 再び僕に迫る来る巨大なヘビの魔物。

 完全に後ろにいるカエルからは気が逸れたようだ。ひとまずはこれでいい。


「<エア・スラスト>!」


 ヘビの巨体に木刀が突き刺さる。

 ダメージを与えられていないという事はない。

 ないんだが、この巨体に対しては大した傷ではないだろうう。


 そもそも痛みとか感じるのかこいつ。


 <エア・ライド>で高速移動しながら、ギガ・アナコンダの攻撃をかわし続ける。

 今はまだ木が障害物になってくれているが、だんだんそれもなぎ倒されて数が減ってきた。

 うまく立ち回りながら、ちくちくと攻撃を食わえていく。


 火力を出すためにはもう少し時間がかかる。

 騎士サマを倒した<ヘビィ・エア・キャノン>は点の重さを追求した技だ。

 このヘビの魔物に当てても、木刀が深く突き刺さるだけで致命傷にはならないだろう。

 ならばこそ新技の出番だ!


 ルッルの訓練の傍らで、練習していた僕の新技は、空気自体に重さを加える<覇者の威>の範囲をもっと絞ったものだ。

 要するに<エア・スライム>を重くして、敵にぶつける。

 大きさは自由に変えられるから、直径3メートルぐらいの大玉にしておくか。


 攻撃をかわし続ける僕の頭上に浮かぶ、不可視の空気の塊。

 だんだんと重さの増すそれが、目の前のこいつを叩き潰せるぐらいにまでなれば僕の勝ちだ。


「ジャァァ!」


「くっ」


 ちょこまかと逃げる獲物に業を煮やしたのか、ギガ・アナコンダが腹立たしげな声をあげて体当たりをしてくきた。

 横っ飛びに避けるが、バラバラに吹き飛ばされた木片がつぶてになって飛んでくる。

 <エア・スライム>の形を維持しながら、<グラビティ・コントロール>をかけ続け、自分は<エア・ライド>で攻撃を避ける。


 なかなかの難易度だ。

 ホントは斧とか槍とかの形を作れるようにしたいが、今は戦闘中にそこまではできない。

 たが実現すればさらなる火力アップが見込めるだろう。


 発動するのに時間がかかるけどなっ!


「問題はルッルか。それまで逃げ回れればいいけど……」


 ちらりと視線を向けると、カエルの舌でぐるぐる巻きにされて捕まっているルッルの姿があった。

 絶体絶命じゃねえか!



----


 捕獲されてしまったし……。


 ギガ・アナコンダの襲撃を受けてこちらに飛び込んできたガーネット・フロッグ。

 倒さなきゃと思って突きを放ってみたものの、やはり何の効果もなかった。


 まるで物のついで、といった様子で伸びてきた舌にぐるぐる巻きにされて捕まってしまった。

 そのまま呑みこまれそうになったけど、持っていた木の棒が邪魔で口に入りきらなかったようだ。

 舌が戻せなかった為、カエルはとりあえずそのままで逃走することを選んだらしい。


 置いてけいけばいいのに……!


「必殺技だし。いまこそ必殺技の出番だし……!」


 あたしは目を閉じて集中する。

 師匠との温かい日々を思い出すのだ。


 あたしの必殺技の可能性を知って、ヤケ豆スープをあおる師匠。

 <ゴブリン洞窟>でゴブリンをけしかけてくる師匠。

 路地裏で倒れ込む婦女子の胸をわしづかみにする師匠――。


「ダメだし、なんか全然ダメだしっ……! あと凄いぬるぬるする……!」


 あの時のように黄金の光が目の裏に浮かんでくる気配はなかった。

 まずい、このままではどこか沼地の奥に連れ去られ、美味しくパクリと頂かれてしまう。

 焦ってジタバタしようとするものの、舌の巻きつく力が強くまったく拘束が解かれる気配はない。

 と、その時――。


「グゲロッ!」


 飛び上がろうとしたカエルの額付近で、爆発が起こった。

 弱点である宝石を攻撃されたからか、舌の拘束が解かれる。

 

 沼地に落ちたあたしは、ぬめぬめを取るようにゴロゴロと水の中を転がって距離を取る。

 顔をあげると、ガーネット・フロッグがこちらを見ていた。

 さっきの攻撃をあたしがやったと思っているのだろう、すごく怒っているようだ。


「今のはたぶん師匠だし……! あそこのヘビのところだし……!」


 指をさしても見向きもしない。

 なんでだろう、カエル文化には指でさすというものがないのだろうか。


 ……なさそうだし。


「ゲッゲロォ~!」


「あ、お腹は白いし」


 飛び上がってきたガーネット・フロッグのお腹を見てそうつぶやいた。

 以前なら恐怖で目を瞑っていたところだが、今はちゃんと目を開けていられる。

 これも師匠との訓練のたまものだ。


 だが困った事に見えていても回避が間に合いそうになかった。


 ごめんだし師匠、あたし――。


 あたしが諦めかけたその瞬間――。


「ちょっと邪魔なのよ?」


 急に出てきたドレスアーマーの女が、ガーネット・フロッグの横腹を思い切り殴りつけた。


 まるで大きな棍棒で叩きつけたような激しい打撃音が響き、ガーネット・フロッグはいくつもの木をへし折りながら吹き飛ばされていく。

 ずっと向こう側で止まったようだが、僅かに見える白い光はおそらく消滅の光だろう。

 今の一撃だけで、フロア・ボスを倒してしまったらしい。


 あたしの目の前には、拳を振り切った体勢のドレスアーマーの女と、婦女暴行の被害にあったフードマントの人が立っていた。

 ドレスアーマーがゆっくりとこちらに近づいてきて、沼に尻もちをついている姿勢で、唖然と見上げているあたしに手を差し伸べてきた。


「日を改めてきたのよ? あの方が冒険都市で待っているわ。共にいきましょう?」

 

 それは、あたしが断るだなんて微塵も思っていない、清々しい笑顔だった。


 どうしよう……!

 ガーネット・フロッグ全滅してしまったし……!

 

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