第39話 決戦! 冒険神の采配

「おお、これは予想外だった……」


 僕が痺れ薬を散布しようと上空から北区の城壁に近づくと、その上では激しい戦闘が行われているところだった。戦闘をしているのは陸軍の兵士たちと、あの<リーパー>である。


 貴族に恨みがある神出鬼没の殺人犯がどうしてわざわざ兵士の真っただ中に現れたのかは知らないが、とにかく今ならこちらへ注意を向けてくる者など誰もいない。


 僕はホロホロ君からもらった痺れ薬の瓶のふたを開けて、中の粉を風に乗せて城壁の上で戦う全員に行き渡るように薄く延ばしていった。

 すると全員の動きがだんだんと鈍くなり、そして十数秒で<リーパー>を含み誰も動かなくなった。


「ホント強力な痺れ薬だな」


 <エア・コントロール>との相性は抜群だが、抜群すぎて全く冒険っぽくならない。

 僕としてはあまり使いたくない手だな。


 僕は死屍累々、誰もがピクピクとしか動けない城壁の上に悠々と降り立った。

 そこにいる全員が目線だけでこちらを見た。言葉は発せないようだが何を言いたいかは分かる。「お前は何者だ?」だろう。


「今日はもうすぐ雨になる。こんなところで寝てると風邪ひくぞ?」


 ゆっくりと倒れている兵士たちの間を歩きながら、僕は<リーパー>の前にかがんだ。

 <リーパー>は相変わらず殺意満々といった目で僕を睨みつけた。


「久しぶりだな。別にお前に用事はないんだが、ついでだからな。ここでお縄についておけ」


 その辺に落ちていた捕縛用の縄を広い、<リーパー>をぐるぐる巻きにしておく。

 これで痺れ薬の効果が切れても暴れることはできないだろう。

 周りにいる兵士の皆さんに牢屋まで案内してもらうといいさ。


 さて、これでここには用はない。

 眼下にある空軍兵舎を見たところ、見える範囲には誰もいないようだ。

 降りた瞬間からはアンリを見つけるのが先か、僕が見つかるのが先かのスピード勝負になる。

 冒険の始まりだ。


「今行くぞ、アンリ!」


 僕は城壁の端を蹴りだし、一気に空軍兵舎の中庭をめがけて落下していった。

 <エア・スライム>で着地の衝撃を和らげ、さらに前に転がるようにして衝撃を逃がす。

 顔を上げて、さあ、アンリはどこだと周りを見渡した瞬間――。


「――誰かと思えば、あの時のガキか」


 目に飛び込んできたのは、アンリを攫った白い全身甲冑に身を包んだ金髪の騎士だった。

 がしゃり、がしゃりと音を立てながら、廊下から中庭に歩いて来る。


 おいおい、一歩も動かないままいきなりボス戦かよ……。

 アイヴィス様……、最高じゃないか!


「ふっ。早く借りが返したくてな。飛んで来てやったよ」


「雑魚が。しかしちょうどいい、どういうつもりか知らないが、あの娘の居場所を吐いてもらうとしよう」


 あの娘って、アンリだよな?

 居場所ってどういう事だ?


 僕が騎士の言葉の意味を掴みかねていると、騎士が指先で何かを弾いてこちらに飛ばしてきた。

 くるくると回転するそれを、僕は危なげなくキャッチする。


「ふざけた女だ。どうせ貴族街を囲む城壁は超えられん。貴様の悲鳴で呼び寄せてやろう」


 カードにはやけに精巧な山猫の姿が描かれ、その下には「怪盗<リンクス・アイ>参上!」と書かれていた。


 ――嘘だろアンリ、お前敵陣真っ只中から自力で脱出したのかよ。

 どうやったか知らないけど、絶対楽しい冒険に決まってる。羨ましいぞ! 

 

 となると僕にはもうここにいる理由がないわけだが、目の前の騎士は見逃してくれそうにもない。


 まあそれに折角アイヴィス様が用意してくれた雪辱を晴らすチャンスだ。このまま逃げ帰るのも面白くないな!


「立派な建物の割に、山猫一匹捕らえておけないなんて赤っ恥もいいところだな」


「口だけは達者だなガキが。何も出来ないままに倒された事を忘れたか?」


「英雄ってのは一瞬で成長するんだぜ。ましてや一カ月以上だ。前と同じ様にいくとは思うなよ?」


 あの時と違い、今は<エア・ボム>に<エア・ライド>、<エア・スラスト>もある。


 それに僕だって王都に来るまでの間、旅路をただ楽しんでいたわけじゃない。

 まだ隠し玉だって用意している。


 そしてアンリが残したこのカード。<リンクス>は僕らの暗号文。<5>を意味する言葉だ。

 おそらくアンリは僕が助けに来たときに、こいつとかち合う可能性を考えてこのカードを残したんだろう。


 <5>はアンリが分析したこいつのスキルの何かに関わる数字に違いない。有効範囲か、連続使用の制限時間か。とにかく何かしらの制限があるスキルなのだろう。


 認識できない速度で動くスキルなど、強力すぎて制限がない方がおかしいのだ。

 

 ポツリ。


 分厚い鉛色の雲を突き抜け、ついに雨が降り始めた。


 中庭の真ん中で距離をとって騎士と対峙する。

 僕は腰にある世界樹の木刀を二本とも抜いた。


 前回はここで意識を刈り取られた。


 仕掛けてくるなら――。


 ズガンッ!!


「――っが!」


「はっ! 掛ったな騎士サマ!」


 僕の前方に設置していた不可視の<エア・ボム>が、前触れなく爆発した。

 そしてまだ数メートルの距離を保っていたはずの騎士が、いつの間にか吹き飛ばされている。


 動きは全く見えなかった。


 しかし<エア・ボム>が効果を発揮したという事は、それに触れたという事。

 この騎士のスキルは少なくとも空間を飛び越えたりするものではないらしい。


「貴様……! 冒険者風情が……!」


 動きだしを意識できないというのは厄介極まりない。

 だが空間を飛び越えられないというのなら、つまりそれは高速で動く事と変わらない。


 現状、僕が同時に設置できる<エア・ボム>の数は3つだ。

 上手く配置すれば騎士の動きを封じ込めながら戦える!


「かかってきな騎士サマ。ああ、見えない爆発物には気をつけてくれよ?」


 雨雲には雷鳴が轟き、王都の空はいよいよ大荒れの様相を呈してきた。



----


 まずいですね。

 天気がかなり荒れてきました。


 まだ大丈夫でしょうが、雨風が強まると桟橋に繋いだ船が流されてしまう可能性があります。

 それにあまりに川が増水すると出港が出来ません。早めに脱出する事も視野に入れて、集合場所で待っていた方がよさそうですね。


 いま私達は港湾倉庫エリアを巡回中です。

 途中で抜ければバレるでしょうが、今日で軍は脱退です。二度と関わらないんだから関係ないですね。


「うう、ローブが雨でびちゃびちゃですわ」


 ドリルロールが弱音を吐いています。

 屋外用のマントを羽織っていますが、さすがに本降りになると水は弾ききれません。

 下に着込んでいる魔法兵の制服のローブは水を吸ってしまっています。


 正直、火魔法使いにはあまり良い環境とは言えませんね。まあ戦闘があればの話ですが。


「隊長、そこの倉庫で少しローブを乾かしてはいかがでしょう? 私が火を起こしますよ」


「そうですわね……。少しだけ休憩しましょう」


 休憩中に隙をみて抜け出しましょう。

 私の火魔法で適当な廃材を燃やし、たき火を作ります。

 各々上着を脱いで、服を乾かし始めました。

 もちろん、女性と男性では場所を分けています。


「こんな雨の日に出歩く人もいませんし、ここで一休みしたら帰還しますわ――って何ですの!?」


 ドリルロールが帰還の命令を出そうとした瞬間、閉じていた倉庫の扉が吹き飛ばされ、何かが倉庫の中に飛び込んできました。


「痛ってえじゃねえか! バッカ筋肉野郎がっ!」


「――なっ、なんで貴方がここに居るんですか!?」


 飛び込んできたのはアイロンタウンで出会った、ラウダタンでした。


 2週間ほど前に別れたはずが、どうして王都にいるのか、しかも吹き飛ばされてくるなんて意味不明です。


「おっ、青春娘じゃねぇか! ようやく会えたな!」


「誰が青春娘ですか! その髭燃やしますよっ!」


 私は青春なんてしてないです!


 鬼金棒を引きづり瓦礫の山から這い出てきたラウダタンは、軽口もそこそこに扉の外を睨みつけました。


「今ちょっと忙しくてよ、とち狂った同族をお縄につけてやるところよっ!」


「同族?」


「ニンゲン……ガ、オノレ……」


 壊れた扉の向こうから、フードを被った小柄な人物が顔を覗かせました。

 怪しく光るその瞳は明らかに正気を保っていません。

 手にはラウダタンと同じような、しかし倍も大きさのある大きな金棒を持っています。


 これはまさか――!


「あいつは<クラッシャー>とかいう殺人犯よ! 何があったか知らねえが、人殺しなんてバッカな事やらかしやがって、ドワーフの恥だぞバッカ野郎め!」


「くく、<クラッシャー>ですの!? 総員、隊列を……!」


 ドリルロールが命令を出しますが、誰も動き出そうとはしません。

 なぜなら全員、先ほどラウダタンが飛び込んできた時に巻き添えになって気絶しているからです。


 ヒモ野郎の言い訳じゃありませんが、この人たちホントもう少しちゃんと訓練するべきです……!


「ラウダタン! 私の火魔法はこの雨の中じゃ威力が出ません!」


「そうかよ! 殺さない程度になってちょうどいいんじゃねえか!?」


「コロシテやる……! ニンゲ――グガッ!!」


 <クラッシャー>が一歩こちらに踏み出そうとして、後ろから飛んできた何かに吹き飛ばされ、奥の樽に突っ込んでいきました。

 それと同時に残っていた木の扉も、木っ端みじんに吹き飛んでいます。


「ここ、今度は何ですの!?」


「フォートだ! あいつ動いている相手だとほっとんど当たらねえんだ!」


 どうやらフォートも一緒に来ているようですね。

 3本同時に放たれたであろう矢は、1本は<クラッシャー>の脇腹に当たったようですが、後の2本は扉を吹き飛ばしただけです。


 床には重鉄矢が転がっていました。

 岩をも砕く威力です。ただの人がくらって無事ですむわけがないのですが――。


「なんであの威力を受けて立ち上がれるんですか……?」


「知らねえよっ! なんか見た感じおかしいだろうが。あいつただの人じゃねえ!」


「グガアァァァァ!」


 倒れこんだ<クラッシャー>が四つん這いになり、大声で叫びました。


 その声はまるで獣のようで――って、何やら体が大きくなっています!


 被っていたフードを内側から破り、みるみる内に<クラッシャー>は見上げる程の巨体の獣に姿を変えました。


「ド、ドワーフに変身能力があるとは知りませんでした……! ラウダタン、私に遠慮せずに変身してください!」


「でっきるわけねえだろうバッカ青春! こいつぁ<ベヒーモス>じゃねえのか!? B級討伐魔物だぞおいっ!」


「ガアアアアアアアアァァッッ!!」


 ベヒーモスが耳をつんざく大声で叫びます。

 ビリビリと空気が震え、とてつもない圧迫感が辺りを包みました。


 ドリルロールは尻もちをついて後ずさっていきます。

 気絶していないだけ上等なのかもしれませんね。


 火魔法の威力が出ないこの状況で、こんな魔物の相手なんか出来るわけがありません。

 しかし、このままここを離れれば分隊の皆はきっと殺されてしまうでしょう。


 勝ち目のない戦いに挑まざるを得ないこの状況、どこぞの悪神の意図を感じられずにはいられませんね――!


 

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