墓標

 *  *  *


 大破壊時代を終えて久しく、既に半世紀が経とうとしていた。

 世界は大きく形を変え、百年前の地図は陸と海の境界くらいしか現代と共通点はない。地球規模の災害、国を滅ぼす新型兵器、新たなる感染症、あらゆる試練は人類に容赦はなく、人間社会は人類史上最大規模の退廃期まっただ中にあった。

 そんな中、小さな島を中心とした極東地域では、限られた財を巡って、人々は平等と権利を叫び、新たな争いの火が燻っていたのだった。

 

 鬱然と緑深まる街の外れ。少し肌寒い今日は霧が濃く、まるで道しるべのように、教会の天辺には控えめな十字が遠くで輝いていた。

 バイクが一台、一瞬の咆哮と共に濃霧を裂き、教会を目指して峠を駆けた……。

 男がバイクを降りてエンジンを切ると、途端に粛然とする教会は風の音さえも止まっていた。

 黒いバイクを教会前に停めると、男は裏の方へ回り、芝生に覆われた小高い丘を登っていく。彼の手には、行き掛けに見繕った花が揃った。

 緑の丘には白い墓標が散り散りに佇んでいる。その頂上あたり、一回り小さな石碑が少し傾いて立っていた。刻まれる英字は小さく、しかしその者の名を確かにそこに覚えている。『Yohane Kamisato』

 男は墓の前に屈むと、そこに花を添え、両手を合わせて静かに目を閉じた。


「ちょっとちょっと、ここ教会だよね? なんで合掌するわけ?」

 男の背後からひょっこりと現れた若い女。しゃがむ男の横に立ち、面倒くさそうに後ろで手を組んでいる。

「いいんだよ、何でも。こういうのは気持ちだから。って言うか、いつからいたの?」

「ちょっと前から。おどかしてやろうと思って待ってた」

「珍しいね、リンネがここに来るなんて。何かあった? まさかおどかす為だけじゃないと思うけど」

 そう言って立ち上がる男は、彼女を横に見た。

「べっつに何にも無いけどさ。……色々、大分変わったなぁって思って」

「色々って、例えば?」

「世の中全部だって。……うん? いや、変わってないのかな。そっちはあんまり」

「そりゃね。結局、あの殺人アプリの被害は拡大するばっかで、公安省はそれを良いことにどんどん規模を拡大してる。もうすでに旧自衛隊よりでかいんじゃない?」

「でも。ウチらは変わったよね」

「そうかな」

「そうだよ。昔は、ただ楽しかっただけなのに。三人で」

「……帰ろう」

 そう言って男が踵を返すと、女も小走りでそれに続いた。

「それでも、生きるしかないんだよな。ホントに、もう嫌になる、なんで生きてるんだろ」

 ぼやく男。

「え? なになに?」

「いや、なーんにも」

「ねえねえ、久しぶりにバイクの後ろ乗せてよ、昔みたいにさ!」

「え? 乗せたことあったっけ?」

「いいじゃん、ほら。ヘルメットも余分にあるし!」

「まぁ、……いいけど」

 丘のふもとまで戻ると、再びバイクに跨がり、

今度は後ろにその女も乗せた。


「……ヨハネ。俺はまだ、よくわからん」


 高鳴るエンジンは二人を乗せ、赤いテールランプが光の尾を引いて走った。

 明日をも知れぬヒトの社会。深い闇と混沌が折り重なり、希望など見えるはずもない。

 そんな未来。救いなき世界。

 男はまた、真っ黒い明日へと向かって行く。










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自由暗殺人 ノロクロ @akiho-namikawa

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