旧コンビナート湾岸地帯 ‐2


 そして……、その瞬間であった。

 予期せぬ乱入者が戦場を壊す。それは彗星のごとく登場し、衝撃と波動を纏って舞い降りた。

 上空より珀斗の目前に現れたその者は足元に小規模のクレーターを形成し、衝撃で吹き飛ばしたアスファルト片によって近くの攻撃ヘリを一瞬に破壊したのだった。

「吾輩、降臨である」

 現れたのは、ロングブーツに燕尾服、紳士的な出で立ちをしたペストマスクの男。背中に生やすのは六枚の巨大な黒翼。彼こそがルドセイ・ルイ・ルシファーである。

「ルシファー! なぜ貴方がここに!」

「珀斗よ。何故吾輩が我が隣人のピンチを見過ごすというのだ、汝の危機とあらば吾輩降臨もまた必然。で、あろう?。珀斗よ、ここで滅びるなど吾輩は許さないのである」

「いえ、しかし貴方はアプリ運営の……」

「バッハッハッハ。よいのだ、もうよいのだよ珀斗。もはや隠密に動く必要などない! バッハッハ、吾輩がしくじったのである! バッハッハッハ。さぁ、吾輩が来たからにはもう安心せよ。さっさと右那を連れて逃げるがよい」

「待って下さいルシファー! 貴方は一体なにを? 我々が反旗を翻したとみられようものなら、最も恐ろしい敵が動き出す事態に……」

「珀斗よ、今は長話をしている時ではないのだ。汝も新たなる世界秩序を望むのであれば、吾輩を信じ、右那を連れ早々に立ち去るがいい」 

 ルドセイの言うよう、そんな短いやりとりさえ公安が待っているはずもない。地上部隊が射撃を開始した。

「無粋な輩め」

 しかし、その瞬間にルドセイが片手の指をパチンと鳴らすと、砲弾の如く衝撃波が彼らを襲い、たちまち車両ごと一小隊が飛んでいった。

「ついでに道を開いてやったのである。行くがいい。吾輩の指定するポイントに身を隠すとよいのである」

 そう言ってルドセイは、空中より封書を投げて寄越し珀斗は手早くそれに目を通した。

「ここは……」

「記録から抹消された前時代の核シェルターである。今後我々の拠点になることであろう」

「なるほど……。承知しました。貴方も後で必ず合流してください。……それでは、右那様」

「ありがとう、ペストマスクの人。誰だか知らないけど助かる。君も死なないように」

「吾輩が死ぬ? 面白い冗談だ。さぁお嬢さん、お行きなさい」

「恩に着るよ」

 ルドセイによって開かれた包囲網の穴を二人は再び駆けていった。もちろん、公安がそれを逃がす筈はないが、ルドセイとして、追わせるはずもない。

 ルドセイは空中にて体の向きを変え。公安の一団と向かい合った。

「さて汝等。吾輩こそ音空の使徒ルドセイ・ルイ・ルシファーである。大量殺戮は得意分野であるのでな、命が惜しい者は去るがよい、一秒だけ待ってやろう。一。よろしい。望み通り全滅である」

 と、そんなルドセイの言葉が聞き入れられるはずもなく、ルドセイとしても話し合うつもりは毛頭ない。たちまち向けられた銃口は一斉に火を吹く。

 そして、即時飛翔するルドセイは空中にて拳を引っ込めた。

「汝等などこれで十分である」

 ルドセイは自分の体の前にて、握った拳を素早く突き出して素早く引き戻す。すると、その衝撃よって生じた大気の波動が拡散し、車両や攻撃ヘリは紙のように吹き飛ばされ、廃工場や地面に激突して大破。部隊の大半が沈黙した。もちろん、今の攻撃で飛ばされた人間は視界の彼方に消えていった。

「ルシファーパンチは音速を超える。そして汝等は死ぬ。今の攻撃で生存した者は前に出よ、更なる絶望を与えよう」

 空中から見渡すルドセイ。すると、その問いかけに対しては銃弾を持って答えられる。地上より対戦車砲が正確に照準され、二発の弾丸がルドセイに向かった。

「ルシファーフィンガーッ」 

 指パッチンによって起こる波動が弾の軌道を逸らした。

「汝でるか、公安製の紛い物とは」

 地上を見下ろすと、そこには対戦車砲と大剣を構える斎場。向かい合ったその時、斎場は尻尾で地面を叩き付けて跳躍。ルドセイの高度まで飛び上がり、二本の大剣を大きく振りかぶった。

「空は吾輩の領域であるぞ?」

 その斬撃を巧みにかわし、続いて右肘による音速の打撃を放つ。斎場は地面に墜落して全身を大の字にしてアスファルトにめり込んだ。

 しかし、果たして斎場にダメージはあったのか。まるで何事もなかったかのように地面から這い出ると、大剣を握り直す。

「バッハハハハハ。頑丈さだけは素晴らしい。しかし、汝はそれだけだ」

 高笑いの響き渡る大空を見上げ、斎場は再び対戦車砲を構えるが、そこにルドセイの姿はどこにも見当たらなかった。

「吾輩はここである!」

 刹那、気配の方に振り返ると、とんでもない巨鳥が、後方より一直線に突っ込んできた。

 黒い体に四本の足。黒鳥に姿を変えたルドセイは目にも止まらぬ怒濤の加速で斎場に接近すると、四本の足は斎場の腕を全て掴みそのまま天空に向かって急上昇した。

 斎場を捕まえ、雲を突き破り、月に穴を開ける勢いで重力を振り切った。そして遥か上空にて反転。今度は航空写真でしか見ないような景色に向けて急降下。地上の細かい情景はみるみる内に接近し、港湾の旧コンビナート地帯が眼前に迫る。

 地上まで百メートルをきったところで斎場を放つ。斎場の体は彗星となった。地表との接触により、周辺のあらゆる構造物を破壊し、地面を巨大な半球状に掘り起こす。そしてその中央に、斎場は仰向け。黙ったまま空を仰いだ。

 斎場は動きを停止した。

「こんなものであるか」

 再び人の姿に戻ったルドセイは、空中より見下ろして斎場の完全沈黙を確認した。

 だが、その間にも更なる敵の襲来が遠方より聞こえてくる。

 見渡せば戦闘ヘリの大編隊が合戦に望むがごとく地平線に連なっていた。

「まだもうひと仕事ありそうであるな。時間を稼ぐのである。ちゃんと逃げ切るのだぞ、珀斗、右那。汝等は美しき新世界の希望なのだ」


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