五体修羅 ‐1
「さぁ。ニートの本気、見せようか」
未だに驚きの最中にあった。偶然と言われても疑いはしない。この短い刃物で、使徒・狛ヶ根珀斗の放った氷柱の一閃をなぎ払ったのだ。絶対に避けれない、否、目で追うことすらも叶わないと思った攻撃に、体が的確に反応した。まるで時間の流れを食い止めたように、迫り来る一連の氷の槍を認識し、弾けと思うや否や既に体は動いており右手に持つ刃で迎え撃った。
「やめろ、君では珀斗に勝てない。大人しく退くんだ」
白い袴の女の後ろで金髪少女が大声を上げた。
怫然とした表情をこちらに向け、ひどく拒絶を訴えている。
「ああ、お前もそう言うのか、右那。全く俺は馬鹿みてえだな。これじゃまるでクソニートの一人劇場だっての」
「わかるだろ、君が戦う意味はないんだ。いや、何でそれがわからない!」
「わかってねえのはお前も同じだって」
「なにがだよ」
「俺だよ。俺がお前の事どれだけ……、いや、やっぱやめとくわ。どの道バカみてえだ」
そう。自分がノロクロだなんて、この場で明かすのは間違っている。彼女の拒絶すらも今は受け入れるべきなのだ。それが、自分勝手な都合でライトホープを突き放した罰だと思う。ここを死ぬ気で乗り越えなければ、二人の美しい再会などあり得ない。
「もういいだろう、男。右那様は消滅を望んでいる、それを阻むと言うのなら、貴様の体はバラバラだ」
犬の面をした袴の女、狛ヶ根珀斗は太刀の切っ先をこちらに向けて牽制した。
「この屋敷でのデリーター狩りも幕引きにするつもりだ。せっかく助かった命を貴様はここで捨てるのか?」
「捨てるんじゃねえよ。使うんだ。つーかお前こそ、そんなに人ぶっ殺して何がしたいんだっての、頭おかしいんか」
「口を慎め下郎。これは私自身の力を極限まで高める正当な行いだ。この方のお側に控えれば自ずとデリーターが集まり、奴等を殺せば相当に業が深まるのでな。だが、そろそろ本来の目的を果たさなければ皆が不幸になる。わかったら速やかに退け」
「右那を殺すってことかよ」
「そうだ。長い間お待たせし申し訳のない限りだが、これでようやく意に沿える。そして貴様が最後の障害だ」
「ああそうかい。そりゃ殊勝なこったなぁ、使徒様よ」
そうしていると、もう我慢ならないとばかりに右那が珀斗の前まで歩み出てきた。
「君、いい加減にしてくれ。ボクの邪魔をするな」
右那の見幕が一層強まる。もはや嫌悪を隠す気も無く、蒼い瞳が鋭く睨み付けた。
「そういう事だ、下郎。残念だったな」
本当にこれでは一人劇場だ。この場に誰一人として賛同する者はいない。
だが、もうそんなことでは止まれないのだ。はいそうですか、お邪魔しました、さようならって、そうやって帰ったら全てが取り返しのつかない事をわかってる。
「右那、お前も与破音と同じだ」
「は? 誰だよそりゃ」
「そうやって、断りもなしに勝手に死んで、俺に馬鹿みてえに重いもん背負わせんだ。仕方なく渋々生きてるこっちの身からしちゃあな、もうやってらんねえんだよ! 俺だってなぁ、こんなクソ人生もうゴメンなんだっての!」
「どういう言い分だよそれ!」
「お前、もう黙ってそこに立ってろ。いま行く!」
そして、この手の中からもう二度と失うまいと、駆けだした。
右手に握りしめるナイフは、先ほど殺されたデリーターから拝借した。汎用性に長けるサバイバルナイフ。名は〈グリムヘイツサバイバー〉。耐久重視の重い一振りである。
「どうしても斬られたいようだな! 下郎が!」
使徒、珀斗の振りかざす太刀に正面からぶつかった。
その神刀〈サイヒョウミタマノシンガ〉。彼女の力を増幅し、刃の軌跡上に絶対零度領域を発現する。地面に一直線、鋭い氷柱が連なった。
この振り下ろされる太刀筋を完全に見切り、更に接近を試みる。
「やはり貴様、神能を解放したな」
「そうだとも、ビビったか!」
「なにを馬鹿な」
「俺はもっとビビってるぞ」
「なんだと?」
「〈五体修羅〉!」
手に入れた力は、純粋な身体能力の強化〈五体修羅〉のみ。種も仕掛けもない、ただのパワーとスピードだ。だがこれでいい。使徒の前では、どんな小細工も無意味なのだ。
「くたばれ!」
続いて太刀の二撃目が放たれた。近接し、この刃を直接ナイフで受け止めた。今の自分ならば身体能力だけは使徒にも迫る。
「貴様〈五体修羅〉は高位の神能だ。この短時間でどうやって業を積んだ」
「ちょっと黙れ、いま必殺技だすんだ」
珀斗の太刀を止め、左脇に挟んでいたもう一振りの刃を口で抜き取った。
〈関ノ祓魔包丁〉初期装備ながら切れ味に秀でる暗殺器。剣戟には不向きだが、留めの一突きには強力だ。
咥えた包丁で首を振るように珀斗を攻撃した。珀斗は後ろへ飛び退いて回避、引きざまに一撃を振るうが、これも身を翻して見送った。
攻撃の手を緩めることはない。相手はデリーターの頂点たる使徒、乗りと勢いで畳みかけなければ全身バラバラ待った無しだ。相手の意表を突き、ほんの僅かな動揺も見逃さない。
珀斗は、続いて八の字を描くよう複雑な軌道で氷柱を走らせる。口に刃を咥えるせいで、やべえっ! とも言えないが、間一髪で回避、なぎ払い、またしても珀斗へ迫った。
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