第144話 色魔法
アン……彼女は寡黙で黙々と研究していた(ように見えた)から、特別親しかったわけでもなかったけれど……同士だと思っていた。
一度目の人生、数少ない仲間だと思っていた人間に、ことごとく裏切られていたようだ。自分が滑稽で、乾いた笑いが出る。
ああ、思い返せばリド様から王女は〈色魔法〉だと聞いていたのに。〈色魔法〉なんて珍しい適性、なぜアンと王女を結びつけることができなかったのか?
リド様は、『我ら神殿に例の件のような神秘があるように、王家にも外部に知られていない秘密があります。それゆえに王家なのです。くれぐれも油断しないように』
とも、教えてくれていた。
あれは、神殿を将来背負うリド様が明かせるギリギリの忠告だったのだ。あの禍々しい首輪のような物を、王家が所有していることへの。
情報はあったのに、活かせなかった。
「この女の能力は使えると思って、前はこの姿で近づいたけれど、今回はまさかのドラゴンの登場。もはや〈草魔法〉の毒なんて、どうでもよくなったわ。おまけにこのドラゴンはローゼンバルクの弱点! 私のモノになった今、あの威張り腐った辺境の田舎者たちを大人しくさせたうえで、意のままに働かせることができる」
隣にいるレベルMAX魔術師であるジャックやヒゲ男を従えるように、私にも〈草魔法〉レベルMAXの毒を作らせてこき使おうと思っていたらしい。
この二人が命令に従うのは前回の私のように洗脳されているのだろうか? それとも今回の私のように弱みを握られているのか? 案外、高額の報酬を約束されているだけかもしれない。
そして今、「今回は」と聞こえた気が……。
王女はもう一度、パチンと指を鳴らし変装を解き、父親である王に、自慢げに笑った。
「陛下! このように私が王子王女の中で最強。私が王太子ですわよね」
陛下はふと、意見を求めるように、隣の王妃を見た。
「そうですわね。エリザベスは十分に陛下の期待に応えられると思いますわ。親孝行だから即位しても、何かと私のことを気にかけてくれるでしょうし。同姓ゆえに私の望むこともわかるでしょう。もちろん王子二人も立派に育ってくれたと思っていてよ?」
「当然、素晴らしい王妃殿下には今後とも、気持ちよく日々を過ごしていただけれるように真っ先に整えますわ」
……反吐が出る。
「お、お待ちください! これまでの話からすれば、王妃殿下はベスにずいぶんと肩入れしてきたのですね? それは公平ではないでしょう!?」
ドミニク殿下が異議を唱えた。
「それが何か? 私は不遇な〈色魔法〉ですもの。あらゆる方面に力添えをお願いするのは当然でしょう? ドミニクお兄様ってば、四大魔法だからってあぐらをかいて、威張り散らしているから、バカにしてきた妹の私なんかに追い抜かれるのです」
「ベス、私はただ、お前を可愛がっていただけ……」
「それがバカにしているというのです! 競争相手にもならないと思ったから、可愛がってくれたのでしょう? 本当に……腹が立つ!」
「ベス……」
吐き捨てるようにそう言った王女に、ドミニク殿下は驚きを隠せない。
今回のこの二人の関係性は近寄らなかったために知らないが、一度目の二人はとても気の合う兄妹に見えた。ドミニク殿下はさておき、エリザベス殿下の見た目には何一つ真実はないとわかった今、そんな主観、意味をなさないけれど。
そんな二人をじっと見つめるアベル殿下の視線に王女が気づいた。
「アベルお兄様はまあ、私と一緒の不遇な適性でありながら、苦労してレベルMAXに上りつめられたわけで、私もその努力には敬意を表しますが、上に立つにはあまりに人が良すぎるのではないかしら? 〈光魔法〉は潔癖すぎます。王は手を汚すことの覚悟もなければ」
「……ベス、お前にはそれができると?」
王女はニッコリ笑って頷いた。
「そもそも王は、自分が強くなくともいいのです。強い駒さえあれば、自分の思う政治を行えます」
「そのお前の駒は……全部お前が弱点を握って従わせているみたいだよね?」
「それが何か? 王太子の、次の王の条件は一番強いことと、意見が割れたとき継承者の中で生き残ること。手段など、どうでもいいですわよねえ」
……もう、耳を塞いでしまいたい。こんなにも、人を人とも思っていないなんて。この人が、このまま王太子になり王になるの? そんなの……もう、この国は終わりだ。
王女はチラリと陛下に視線を送った。
「陛下も、実の姉上だったリリィ王女を過去最悪のスタンピード討伐に追いやって、その輝く地位を手に入れられたのだもの」
「……伯母上の名誉の戦死を、そのように言うのは冒涜だぞ」
アベル殿下が冷ややかすぎる声で忠告した。
「内輪しかいないところでいい子ぶってもしょうがないでしょう? リリィ王女は努力を重ね〈雷魔法〉MAXだった。そんな優秀すぎた姉に、国を守るために出陣してくれと泣いて頼んだんですわよね、陛下。ご丁寧にも恋人で、師弟の間柄であった伯爵令息とともに。今はジルニー子爵と言ったかしら? 愛する彼を無事に帰すためにも全力で戦わざるをえない状況を作って。そして、王女は自分の魔力全て……死を引き換えに魔獣を王都に入れず殲滅し、多くの人間の命を救い……陛下が王になった。リリィ王女は立派に国の礎として祀られた」
こんな辛い話聞きたくないと思いつつも、生き延びた時のために我慢して記憶していると、思わぬ名前が飛び出した。
……ジルニー子爵、それはホークだ! 私の大好きな大好きな、ベルンとともに父代わりの!
ホークは愛する師匠を戦場で失ったと言っていた……そういう……ことなの? そっか……。
戦後ずっと貴族であるホークが王都を離れローゼンバルクに身を寄せていることや、貴族であることを気にも止めていない様子や、祖父と同レベルの王家への不信感。師を理不尽に奪われた私への同調や、ベルンや私たちの恋を応援しつつ、自分は一歩引いていること。
いろんなピースが瞬く間に埋まっていく。
ホークはいつも、私の前に出て、私を守ってくれた。かつて守れなかった最愛の人を思ってのことだったのかもしれない……。
自国の闇を見せつけられて、私の心の中の健全な希望の灯りが、一つ一つ消されていく。
「ふふふ、真面目で努力家なアベルお兄様は、リリィ王女とどこか重なりますわねえ。くれぐれも御身を大切になさいませ?」
アベル殿下は、表情をなくした。
「……今後、警戒を怠らぬようにしよう」
陛下がパンっと手をたたき、兄妹の会話を終わらせた。
「素晴らしい成果だ。では、かわいいエリザベス。最後の試練だ。これを乗り越えれば、君が王太子だよ」
「つまり現在私は暫定の王太子ということですわね。必ずやご期待に応えます」
ドレスのスカートをつまみ、優雅に頭を下げる王女に、陛下は目を細め、鮮やかに笑った。
「頼もしいことだ。ではローゼンバルク辺境伯に、お前への忠誠を誓わせておいで」
「簡単なこと」
王女はこちらに優雅に歩いてきた。私の目の前に来るが、話しかけることもない。私の存在など興味もない、とばかりに。
「ナイフ」
王女の声に、ヒゲ男が応え、懐からナイフというには長い刃渡の刃物を渡した。
「ベス! 何をするっ!」
そうアベル殿下が叫ぶと、恐ろしい表情で兄王子に振りかえり、兄王子を……睨みつけた。
「お黙りなさい。私は暫定の王太子です。私に指図できるのは、もはや陛下だけ」
この兄妹の修羅場に、息を詰め固まっていると、王女の手が私の首にまわった。
ザクリ、と音がした。
王女の手に、私の茶の髪の束があった。風を首にまともに感じ、ずいぶんバッサリと刈られたことがわかった。
「これを、辺境伯に送りつけてちょうだい。あらがっても無駄だ、と。ジャック、ドラゴンを片付けて」
王女はヒゲ男にナイフと私の髪を渡すと、私を一瞥もせずに引き返した。
ジャックはゆっくりと立ち上がり、先程と同じように、エメルを虚空に引き込んだ。
「エメル……」
エメルは一度も、目を開かなかった。
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