第143話 王族

 中央に王、その右脇にアベル第一王子殿下。その隣にドミニク第二王子殿下。

 王の左に王妃殿下、そしてその隣にエリザベス王女殿下。


 男性王族は、この呼び出しが不意打ちのものだったのか? シャツにパンツ姿と、臣下が絶対に見ることがないはずの砕けた装いだった。


 その反対によく似ている女性二人は、王族そのものである煌びやかなドレス姿だ。ここに集うことをあらかじめ知っていたのか? 普段からこうして美しく着飾っているのか?


 アベル殿下、そしてドミニク殿下揃って、私を目を見開いて注視している。なぜ私がここにいるのかわからないというように。

 私だって、これから起こること、さっぱり見当もつかない。


 ただ、陛下のお声がかりだ。私はわき目を振らず、陛下だけをまっすぐに見つめた。


 陛下は私たちを熱量のない視線で一瞥した。かつて、祖父と一緒に対面したときの朗らかな雰囲気は上っ面の演技だったようだ。そして末王女に視線を移した。


「……エリザベス、我々をこうして集めたということは、『選定』ということでいいのだな」


 エリザベス王女はニッコリ笑って一歩前に出て、陛下に向かって礼をした。


「左様にございます。私は、私こそが王太子に相応しいことを証明できる算段がつきましたので、継承権を持つ王族に一生に一度だけ与えられている『選定』の機会を、ここで使わせていただきます」


『選定』? 普段使っている意味ではないような気がする。これからなんらかの儀式が行われるということ?


「ウフフ、我が国の王太子の条件は王家の直系で『最も強い者』。まさか、その『選定』をエリザベスが最初に言い出すなんて、思わなかったわ! 三人とも私が産んだ子。どの子もかわいいけれど、やはり、エリザベスは一番若く、適性も〈色魔法〉。どうしても遅れを取るから私、少しだけ肩入れしてあげましたの。資金面や、そこのクロエ嬢を呼び出したり、とか? 陛下、このくらい構いませんわよね?」

 王妃が私を扇子で差しながら、クスクスと陛下に尋ねた。


「構わん。手段は選ばない。それにしても、来月には〈光魔法〉MAXとなり、モルガンを排除した功績でアベルで結論を出そうとしていたところだが……だからこそ、このタイミングということか。なるほど」


 目の前で繰り広げられる会話に、自分の意識がついていけない。

 一番強い者が王になる。それは、この国は長子継承でもないし、国として当然だろう。「強い」の種類にもよるけれど。

 だからこそ、順当に〈光魔法〉MAXのアベル殿下が王太子だと思い込んでいた。


 さらに言えば、前回の人生では四魔法適性持ちであるドミニク殿下を我が父はじめ、多くの貴族が推していた。それはやはり、ドミニク殿下の〈土魔法〉がアベル殿下の〈光魔法〉をやがて上回り、強くなると期待されていたからだ。


 一度目も、二度目も、王太子はアベル殿下が最有力、ドミニク殿下が次点で、この王女が国王になる野望を持っているだなんて、思ってもいなかった。


「では、私が兄妹の中で……いえ、この世界で一番強い証をお見せいたします。さあ、ジャック! 出してちょうだい!」


 右隣にいたジャックはスクっと立ち上がり、後ろ歩きして王族と距離をとった。そして先ほどと同じ、両手を天に向かって広げるフォームで魔法を展開した。


 真っ黒な虚空が上空に現れて、ずずずっと巨大な透明の箱が引き下ろされた。その中には、私のエメルが、巨体のままうずくまっていた。


 こちら側三人を除く、王家、護衛全てが目を見開いた!

 エリザベス王女は満面の笑みを浮かべる。


「グリーンドラゴン……」

 アベル殿下の呟きが耳に届く。


 しかし私はそんな周りの様子は後回しで、食い入るようにエメルの状態を確認する。鼻の頭が少しだけ上下している……とりあえず、生きている。暴れたためか、エメルのエメラルドのように光沢のある体は傷だらけで血が滲み、全く無事ではない。


 心臓が力任せに握り潰されるように痛む。エメル!!


「なるほど、ローゼンバルクのグリーンドラゴンをその手に墜としたか……ほう? 宝物庫の〈調伏の首輪〉を持ち出したようだな?」


 〈調伏の首輪〉、それがあのエメルの腕にはまり、苦痛を与えているものの名前。そんなものが王家に存在したなんて知らなかった。前回のお妃教育でも聞いたことがない。

 それにしても調伏ですって? 調伏とは悪しきものを制することを指す。私のエメルが悪だと言うの? 悔しい悔しい悔しい!!


「ほ、宝物庫には、たとえ我々でも近づけないはずだ! 厳重に結界が施されている!」

 ドミニク殿下が声を上げた。


「お兄様、バッカじゃないの? 役に立つものがあるのなら、使わないでどうするのよ。結界なんて、壊せばいいだけよ」


 ドミニク殿下が言葉に詰まった。するとアベル殿下が静かに妹に尋ねる。


「ベス、お前は結界がかかっている意味を尊重しようと思わないのか?」


「アベルお兄様、私は中に何があるかきちんと把握していました。その上で、必要だったから取り出したのです」


「……なぜ、宝物庫の中身を知っていた? あの中は王と王太子のみが立ち入れるはず」


「それは建前でしょう? 先ほどお兄様も言ったように結界を施す魔法師も定期的に入室しますし、清掃人も入る。調べようとさえすれば、案外知ることができるものです」


「君の言う使用人たちは、厳しく守秘義務をかせられているはずだ。どうやって聞き出した?」


「大事の前の小事ですわ。まあ、それを咎められるのであれば、甘んじて受けますわよ? でも、陛下、御覧くださいませ! ドラゴンが我が手にありますのよ!?」


「……どうやって、おびき寄せた?」

 陛下が顎をさすりながら問う。


「少し考えれば簡単ですわ。ローゼンバルクに引き取られた〈草魔法〉。そのあと突如、ローゼンバルクに現れたグリーンドラゴン。その後、王都にドラゴンが現れたときも〈草魔法〉のこの女がそばにいた。つまり、この女にドラゴンは従属されているのです」


 エリザベス王女の言うことはほぼ正しい。こうして事象を並べられれば、その関連性に気がついたものは、他にもいただろう。

 しかし、それ以上突き詰めたりはしない。私を、ドラゴンを、ローゼンバルクを敵に回すことを恐れて。

 ただーー王女は恐れなかったのだ。

 なぜそこまで豪胆になれる? 私よりも年下だというのに?


 しかし、私とエメルの関係を「従属」と言った。〈魔親〉であると知らない? それとも〈魔親〉と言う言葉、ドラゴンの生態について、半端な知識しかないのだろうか?


 その点大神殿は詳しかった。ドラゴンを崇め、待望する姿に嘘はなく、それだけでそれ以外の不愉快な出来事を水に流せる気持ちになった。

 王家には、それがない。ドラゴンを自らの強さを誇示するための、生物兵器くらいにしか思っていない。ひょっとしたら、ドラゴンに人以上の知能も知識もあることすら分かっていないのではないだろうか? 今この時も、エメルはきっと全てを聞き逃すまいと息を殺して我慢していることを。


「あとは、この女が王都にいるうちにチャンスを作り、この女を餌に、ドラゴンを引っ張り出して捕まえただけ。常にこの女のそばにいるか? ローゼンバルクの屋敷に潜んでいるとわかっていましたので」


「なぜ、わかっていたと断言できる?」

「観察眼ですわ。この女、気を抜いているときとても独り言が多いのです。おそらく見えざるドラゴンへ指示を出していたのでしょうね。取るに足らない女子学生が、柱の陰にいるとも気づかずに……ほら、陛下、このように」


 そう言うと、王女はパチンと指を鳴らした。すると王女の体は蜃気楼のようにゆらりと揺れて、再び姿を再構築した。


「うそ……バカな……」

 私は思わず声が出たけれど、両脇の二人からも衛兵からも咎められなかった。感嘆の声が上がるのは、当たり前だと思われたのだろう。


 でも、私の声は、ただの感嘆だけではない。それがかつて知っていた人物であったことと、それを今まで見抜けなかった、自分の愚かさに対してだ。


 目の前に立つ王女は、もはや輝かしい金髪碧眼ではなくて、黒髪の肩までの巻毛で前髪も分厚く伸ばして目を隠し、さらに黒縁のメガネ姿。目を凝らせばご丁寧にも隠蔽? のような認識阻害の魔法もかけられている。


 彼女は、アン・マックイーンだ。一度目の人生での、サザーランド教授の研究室仲間の。



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