第139話 推測

「ではリド様の件以外の理由を考えましょう。クロエ様を人質に我が領を強請る……となれば、一番に思いつくのはローゼンバルク生産の薬の値段の引き下げ、でしょうね」


 我々の薬は依然、それまでの十倍の価格のままだ。もちろん王都には他にも薬師がいて、うちの売価に納得できないものは、他をあたればいい。しかし、値上げしたあとも、売上は大幅に落ち込むことはなかった。


『薬価の引き下げよりも、捕まえたクロエに無理矢理薬を作らせた方が簡単じゃないか?』


「私一人で薬を作っても、量的にたかが知れてるよ」


 一般的な薬での、薬草を摘んだり、砕いたり乾燥させたり……という作業は、すでに領民に仕事として割り振っている(彼らはそれを自分の適性魔法や手作業で行う)。

 〈草魔法〉を使う工程だけ、私やエメル、ベルンといった〈草魔法〉持ちが行うのだ。そうすることで量産できている。


「それに、クロエ様に『無理矢理』という時点でお館様が武力を持って立つでしょう。あくまでも形式的には、クロエ様はエリザベス殿下と親しくなり、気持ちよく軟禁されている、という体でないと」


『アホか?』

 エメルに呆れたように言われて、ベルンが苦笑した。


「ではもう一つの動機の可能性、エメル様がおっしゃるように、クロエ様直々にさせたい仕事があった。となればやはり量産狙いでなく、クロエ様にしか作れない、高度な〈草魔法〉の薬でしょうか?」


「現状王家周りに、重病人がいるのかしら?」

 いるとしても、それは国家機密であり、外部に漏れそうにはないけれど。

「一応、調べさせましょう」

 ベルンの言葉に頷く。


『それか……逆に元気でピンピンしすぎてて、どうしても目障りな奴がいる、とか?』

「毒だよね……」


 毒草を使った毒薬作り。権力を欲する人間が、私を欲しがる一番の理由だろう。一度目の人生では教授も……。


「今、毒殺したい相手が具体的にいるのではなく、エリザベス殿下の手駒の兵器として、私を手元に置いておきたい、ということも考えられるかな?」


『それだと、王女には何か、戦う相手がいるように思えるな』

 可憐な少女?であり、大抵のことは実現することができる権力を持つ王家の娘に、劇薬をもって排除したい相手がいるとは、普通であれば考えにくいけれど。


「エリザベス殿下の敵ですか? まだ国政には関与していないはずですが……申し訳ありません。王女についてはノーマークでして、やはり情報がありません。こちらも調べ直します」


「ありがとう」


 私の頭にも、王と王妃から溺愛された末娘、前婚約者はリド様で、現婚約者はシエル様。前回の人生では王女という権力者である立場を存分に使って、周りを煽るだけ煽って私を虐め抜いた人間、くらいの知識しかない。

 でも警戒するにはそれだけで十分で、それゆえに兄と一悶着起こしてまで、ゼロの薬を作ったのだ。あの時の嫌な予感、的中した。


 ああ、リド様と言えば……

「ベルン、病人の私の代わりにリド様に手紙を書いてくれる? 今回のことの、私たちにとっての真実を」


「神殿ですか? それは……バレたら王家に痛くもない腹を探られるのでは?」

 ベルンが眉間に皺を寄せる。


「私の愛する人たちはベルンを含め皆、強いけど……強いダイアナすら狙われた。私の弱点の中で、一番弱いのはアーシェルだから」


 アーシェルを人質にされれば、私はなんでも言うことを聞くだろう。


『アーシェルはもはや〈魔親〉として、大神殿になくてはならない存在だよ?』

「だからこそ、神殿で完璧にお守りください、とお願いするの」


 ベルンが思案ののち、

「……トリーに学校で渡させましょう。第三者が入らないほうがいい」

「うん。ベルンの手紙には、私が最後にサインを入れるわ」


 そのあと、発言は続かなかった。


「とりあえずの意見は出揃いましたね。ちょっと疲れました。一服しましょうか?」


 ベルンがニッコリ笑って、侍女を呼ぶことなく魔法を使いながら自らお茶を淹れ出した。

 その鮮やかな手際を現実逃避気味に眺めていると、膝上のエメルが私を見上げた。


『クロエ』

「何?」

『アベルが何か、王女を弁明してきたらどうする?』


 アベル王子殿下……


 殿下を最後に見たのは……水鏡越しのあの時だ。

 父モルガンを、第一王子自ら裁く場面だった。相手は侯爵、本人も周囲も納得させるためには、それ相当の権力者でなければ、あのようにすんなり事は運ばなかっただろう。

 でも、次期王太子ほぼ決定の、アベル殿下でなくても、他にまだ人間はいた。

 殿下が自ら前に出たのは……私のためだった、きっと。

 殿下は私を高く買ってくれている。私も私とアーシェルのために両親を流罪にしてくれた殿下に恩を感じている。


 それでも、


「リールド王国の辺境伯の娘であるという立場失格だろうけど……私の信じるべきはダイアナよ」

 ダイアナはじめローゼンバルクの臣下は、私の血であり肉だ。祖父と兄と彼らの温かな心によって、私は今、生かされている。


「アベル殿下が最愛の妹の肩を持つのは、人として当然よ。でも、もしそうなれば私は二度と、殿下とお会いすることはない」


 ダイアナを殺そうとした犯人を庇うのなら、これまで積み上げてきたアベル殿下への情は……情など、消してしまおう。


 まだ少年だったアベル殿下がこの王都ローゼンバルク邸にお忍びでやってきて、〈光魔法〉を教えてくれと頭を下げた情景が、昨日のことのように思い出された。

 〈光槍〉を繰り出す神秘的な殿下、卒業パーティーで、学生最後の立場を楽しみ、笑顔で踊る殿下。


 一度目も二度目も、いろいろな別れを経験してきた。しかし、心を通わせてきた、私のために〈草魔法〉まで覚えてくれたアベル殿下と、決定的に敵になるのだ、と考えることは、思った以上に辛かった。


『愚かな男かどうか? 見ものだね』

 エメルはたまに、見た目を裏切る辛辣なことを言う。



 ◇◇◇





 翌日も、部屋に篭っていると、再び王家からお見舞いの花と、王妃からのお茶会の誘いを受けた。

 私に取り次ぐまでもなく、ベルンが「まだ容態が悪い」と応対してくれた。


 花束の中心にはマリーゴールド。花言葉は「絶望」「悲嘆」。王妃が絶望しているのか? 私がこれから絶望することになるのか? 本当に趣味が悪い。


 ダイアナの気分が良いときには紙鳥が届く。純粋にガブリエラへの開けっぴろげな怒りで振り切れた文章で、クスリと笑ってしまう。


『……まだ、ガブリエラの末期を知らないんだね』


「ローゼンバルクに戻ってからでないと、教えない」


『……ダイアナはクロエよりも、よっぽど割り切れると思うけどね。きちんと教えてジュードの側近としての役割を考えさせるべきだよ』


 エメルの意見を聞けば……私だけが、成長せず甘ったれに感じる。

「せめて……熱が下がってからでいいでしょう?」

 小さい声でそう言い返し、布団をぎゅっと握りしめた。

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