第118話 不安
ザックが学校に戻ると同時に、リド様から手紙が来た。
大神殿からの手紙ということで、祖父も兄も警戒した。なので、先に二人に読んでもらった。私には二人に秘密にする理由はないし、逆に手紙にマル秘内容が書かれていたら、それはリド様が迂闊なのだ。
もちろんリド様はぬかりなかった。
「つまらない」
祖父の後から読んだ兄が、便箋をポイっとローテーブルに放った。
手紙は、一言で言えば〈魔親〉愛に溢れていた。
三日前、大神殿のドラゴンの卵がユラ、ユラと二回動いたことが、どれだけ神秘的でどれほど感動したのかがもう……エンドレスだ。
「お兄様、私たちだってずっと卵に一喜一憂していたでしょう?」
「エメルは魔力を吸うだけで、生まれる瞬間までピクリとも動かなかったじゃないか。この差は何?」
『動かなくてもクロエがずっと一緒にいると確認できたからね。安心して寝てた』
動く……注意を引いて、魔力を確実に供給してもらうということなのだろうか?
「なんにせよドラゴンの赤ちゃんは、殻の中で元気に生きてるってことだよね」
『うん。そのうちオレ、様子を見に行っていい?』
「気になるよね、もちろんいいよ」
「エメル様、クロエのそばを離れる時は、わしかジュードがここにいるときでお願いします」
『オッケー!』
「おじい様……」
おじい様は過保護だ。
そして手紙には、エリザベス殿下と円満婚約解消したと高らかに宣言していた。
〝重いしがらみから解放されて、心はどこまでも軽やかだ。卵に魔力を枯渇ギリギリまで渡すことで、魔力量が伸び、やってみたかった魔法もあれこれ試せて、レベルもグンと上がった。
君は無理はするなと言っていたけれど、多少無理しなければ、第一王子殿下に遅れをとったままだもの”
〈光魔法〉で同世代の二人。ライバル意識を持つのは致し方ない。
「神殿と王家のメンツの張り合いでもあるんだろうね。でもリド様は〈魔親〉、無理して体調を崩したら、卵に影響が出るってわからないのかな」
『卵が魔力不足になったら、オレが黙ってはいない』
エメルがクワッと牙を剥いた。
〝私がレベルMAXになったら『クロエよりも強い』って条件を満たすよね? 私との結婚、考えてくれない? クロエとならドラゴンの秘密を共有できるし、自立しあった愉快な家族になれると思う。大神官様も歓迎するだろうね”
「勘弁して……」
王女と『円満婚約解消』したあげくの果ての、選ばれた女になるなんて冗談じゃない。
エリザベス王女殿下は、自分を振った男が選んだ女を放置するほどお優しい人格ではない……前回のままならば。
「おまけにエリザベス殿下の現婚約者であるシエル侯爵令息も、クロエ様に求婚しましたしねえ」
祖父の後ろに立つホークがしれっとばらす。まあホークが主君たる祖父と兄に伝えていないわけはないけれど。でも蒸し返すのはやめてほしい。あの日のシエル様を……冗談などにしてはいけない。
「あの時は私、かなり厳重な結界を張ったよ。あの日の話は外に漏れてないって」
「話は漏れていませんが、シエル様があのタイミングでクロエ様を訪ねたことは知られているでしょう。そこからあれこれ推測してるでしょうね」
思わず頭を抱える。
「もう……リド様とは卵仲間だし、アーシェルがお世話になってるし、お付き合いは続けるけれど、冗談でも結婚なんて……ドラゴンの件以外はほっといてほしい……そもそも、最初に大神殿に行ったときは辺境のこと丸ごとバカにしてましたよね? 野蛮な辺境と関わると、同族と思われて嫌だ! みたいな? いっそその認識のままでいいのに」
兄が肘掛けに頬杖をつき、ニヤリと笑った。
「クロエが迷惑をしているなら、きちんと抗議すればいい。クロエ、俺が『兄として』抗議するのと『男として』抗議するの、どっちがいい?」
「兄としてに決まっとるだろうが! 馬鹿者がっ!」
私よりも祖父が先に選択してくれた。
「ハイハイ。じゃあ次期領主として、クロエは大事な戦力なので、領から出しません、あと年下には興味がないと言ってると、正式な書状を出しておくね」
『ジュード、サラッと妙な文言混ぜ込んでたぞ?』
その次のリド様の手紙には、〝私がローゼンバルクに婿入りしてもいいよ?”と書いてあった。軽い。そんなこと実現するわけがないのに。
私は卵仲間として、軽口を叩ける相手だと認定されたようだ。まあ、神殿は大きく、おそらく未来永劫続く組織だ。いつかベルンが教えてくれたように、仲がいいに越したことはない。
◇◇◇
そうして、元気で健やかなローランドと一緒に年をこし、厳しい冬も峠を越え、学年末のテストを受けるために王都に出立する日が近まった。
教授の待つ学校に戻る。そしてそのまま入学シーズンになる。
アーシェルは神学校だからもう関係ないけれど、エリザベス王女殿下がいよいよ入学してくる。
そして、一度目ではこの年に、私は断罪され、全ての人に見捨てられて、牢に入れられた。
一度目の人生において、王家の宝と言われたエリザベス殿下。華やかで、兄王子たちから可愛がられ、全てを手に入れているもの特有の傲慢さを当たり前のように身につけていた。
『草魔法ごときが婚約者だなんて、可哀想なドミニク兄様』
『ねえあなた、本気で王族の一員になるつもりなの? 悪いこと言わない、やめたほうがいい。役立たずなうえに、気もきかない、おまけに美しくもないのでは、針のむしろだもの』
『〈草〉ねえ……あ、私のお気に入りの中庭を草むしりしてくれる?それ以外であなたが役に立てそうなこと……ごめんなさい、思いつかないわ。あ、でもあるじゃない。陰気なあなたにぴったりの仕事。私の毒見なんてどう?』
腐っても国が仕立てた婚約、私の一存で止めることなどできないとわかっているくせに、いかにも親切心のようにそう宣い、〈草魔法〉であることを、兄であるドミニク殿下と同様に事あるごとにバカにした。王族ゆえに、周囲には大勢のご学友がいて……私は追い詰められるほどに行き場を失った。
今世では、そんな王女殿下のやりようも想像がつくし、自分の実力もわかっている。
しかし、今回も、前回同様王女殿下が絡んできたら、私はドミニク殿下にしたように力ずくで追い払える?
無理だ。
殿下が……絡んできたら、追い払うことなどできない。同性同士ゆえに。
女性を腕力で振り払える? それも王族を?
これまでは女性に対して無茶振りする王子……という構図だったから、私が魔法で抵抗しても、大事にならなかった。彼らのメンツもあるし。
しかし、エリザベス王女殿下は、自分が強い、というアピールはしていない。つまり、彼女の可愛いアドバイス? を聞けなかった場合は、王家に刃向かったことに加えて、私が弱い者イジメしたサイドになってしまうのだ。
彼女が入学してきたら、避けるだけ避けて、逃げるだけ逃げる。それは決定事項だ。
しかし、それでも罠に嵌り、援軍も頼めない状況に陥り、たった一人蜘蛛の巣にかかるように、囚われてしまったら……もはや私には逃れる術がない。
今日はエメルは久しぶりに大神殿に飛んだ。同胞に新年の挨拶をするために。
だから、私は隠すことなくマジックルームからゼロの草を取り出した。
昨年、神殿の神域でこっそり摘み取った……私を殺せる唯一の毒草だ。
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