第76話 卒業パーティー
今回の学校行事はテスト、卒業式、始業式と実技演習。それにアベル殿下のせいで、卒業パーティーまで加わってしまった。本来卒業パーティーは卒業生以外の出席は任意だ。ただ、将来につながるコネクションを作るために、在校生も大抵参加する。
テストは私もダイアナも無事及第点を取り、卒業式、そしてその後のパーティーの日を迎えた。
私は殿下のドレス一択なので、ベルンとともにダイアナのドレスを見たてた。仕立て屋でのダイアナはいつもの元気はどこへやら、オドオドしっぱなしだった。
「クロエ様、私、クロエ様のお古でいいです。私なんて、ただの使用人なのに……」
『ダイアナ、お前の方がデカイのに、クロエのお古なんて入らんだろう?』
「う……」
「ダイアナ、あなたが貧相な格好をしていたら、クロエ様が恥をかくのです!腹をくくんなさい!」
「そ、そういう……もんなの?」
私のグリーンのドレスの対になるようなデザインでダイアナにはピンクのものを仕立てた。農作業をしない冬場は色が白く戻っているのでよく似合う。動きやすいように生地をたっぷりつかったものにした。
髪を結い、お化粧をしたダイアナは相当な美人で……
「これは……見染められて、結婚話とか来るんじゃない?」
「クロエ様……身寄りのない私に、そんな話来るわけないよ」
苦笑いするダイアナ。私は軽率に、余計なことを言ってしまった。
するとベルンがダイアナの両肩に手を置いた。
「ダイアナ、お前はクロエ様……つまりジュード様の側近という肩書を持つ。その肩書はその辺の
そうだ。ダイアナはもう自分で稼いでいる、職を持つ人間だ。しかも大物貴族の側近。優秀であることは明らか。その辺を評価する人間はいるかもしれない。どんないい男であっても簡単にはやらないけれど。
そうしているうちに、迎えが来た。
「クロエ様……」
正装し、真っ青な顔をした……ザックだ。
私はアベル殿下のドレスを着て、アベル殿下にエスコートされてパーティー会場に入るのだけは避けたかった。しかし他に学園関係者の男性に知り合いなどいない。シエル様は殿下と似たようなもの。帰り道、シエル様を慕う女性に刺され兼ねない。
悩みに悩んで……ザックの弱みにつけ込んだ。
ザックにエスコートされて入場することによって、私とザックの不和の噂を打ち消す。一曲ザックと踊ったのち、ザックをケイト様に引き渡してしばし歓談し、ケイト様とも和解したことをアピールという流れだ。
事前に双方の親にも手紙を出して、認識を共有している。決してザックとケイト様の仲を裂くつもりなどないと!
「何よその顔〜、クロエ様をエスコートする名誉、感謝しなさいよね? これであなたの父親も元の地位に戻るきっかけになるでしょう?」
ダイアナが無遠慮にザックの背中をバシッと叩く。ザックは数歩よろけた。
ザックの父親、フィドラー子爵は軍の少佐で、部隊長だったのだが、息子の不始末の責任を取ると言って、管理職を辞していた。子爵はじめ軍の人間は、少なくとも辺境伯は馬鹿にしてはならない存在だとわかっているのだ。
「いや、クロエ様が気配を表すと、こんなにも華やかなんだって……まずいぞ……」
「クロエちゃんは薬を作るから右の二の腕が太いけど、他はぜーんぶ完璧だっつの! 美人で強くてマナーもバッチリ!」
『二の腕が太いこと、晒す必要はなかったんじゃないか?』
全くだ。
「褒め言葉と受け取っておくわ。髪や化粧はプロを呼んで任せるに限るわね!」
かつて、王宮に向かう子どもであった私を、バカにせず私の指示どおり化粧してくれた髪結い師と化粧師を思い出して依頼した。今回もいい仕事をしてくれたようだ。ダイアナと二人分、お礼を弾まなければ。
「お時間です。ダイアナ、何かあればすぐ連絡を」
「はい」
「じゃあ、行ってきます!」
『オレがいる。安心しろ。王都のパーティーなど300年ぶりだな』
透明エメルも同行する。
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
ベルンはマリアの代わりに、そっと抱きしめ両頬にキスをして送り出してくれるようになった。
◇◇◇
学校の講堂にザックにエスコートされて入場する。ザックは私と反対の腕をダイアナと組んでいる。
思いがけない……今日参加するとも思えなかった三人の登場に場内がざわつく。
「おい……あれだけの修羅場だったのに……丸く収まったのか?」
「ザック、辺境領に行ったって言ってたの……ウソじゃなかったのか……」
自分に向けたヒソヒソ話にザックが俯く。前世、ヒソヒソ話に苦しめられた私も、実は緊張している。でも、気合で顔には出さない。まだ始まったばかりなのだから。
「ザック、さっさと一曲踊って、仕事を終わらせましょう!」
「わかった」
ダイアナの手を離し、ザックと二人でダンスフロアに足を踏み入れ、流れの切れ目で踊る輪に入る。エメルは私の頭上に飛び上がり、キョロキョロと周囲を珍しそうに見渡す。
「ザック、私、ファーストダンスだから下手でしょう。リードお願い」
「ちょ、ちょっと待って。クロエ様、ファーストダンスなの? このパーティー以外では踊ってないの?」
「ないわよ? そんな余裕なかったし興味もなかったもの」
「……俺……何人から殺されるんだ……」
「何、バカなこと言ってるの? ザックはケイト様と踊ったことがあるのでしょう?」
「ま、まあ、もっと小規模のパーティーでね」
「よかった。私のことはケイト様と思ってちょうだい」
ザックが困ったように眉毛を八の字に下げた。
「さすがにそんな失礼なことしません。……光栄です。尊敬するクロエ様のファーストダンスを踊らせてもらって」
「あら。気を遣わせちゃってごめんなさい」
私たちはヒソヒソしゃべりながら、基本に忠実に踊り終えた。
ダイアナの姿を探すと、無事ケイト様と合流していた。
二人でそちらに向かい、私はダイアナとバトンタッチ。ザックとダイアナは再びダンスフロアへ。
私以外の女とも踊っていたほうが、ザックとケイト様への邪推が減るだろう。
ケイト様がモジモジと何も言い出せずにいる。では私から。
「この度はザックをお借りして申し訳ありませんでした。お世辞ではなく大変助かりました」
「いえ、いえ、こちらこそ。こうして大勢の前で私と話してくださって、仲が良いとアピールしてくださって、ありがとうございます」
「ではこれで、おあいこということで」
「あの……それで……クロエ様もダイアナ様も、本当にザックのことは何とも……」
ケイト様が目を潤ませて私を見つめる。私よりも大きいのに可憐だ。
「安心してください。なんとも思っておりません」
昔のように、『自分よりも弱い男には興味がない』と言おうかと思ったけれどやめた。あの時ああ言ったのは、徹底的に王家に嫌われるため。ザックやケイト様相手に必要ない。
これ以上敵を増やすつもりはない。
「そうですよね。よかった……あの、何か商会としても今後ともお礼をしていきたいと思っております。クロエ様の注文があれば、最優先で手配すると、父が言っておりました」
急にケイト様の声が大きくなった。なるほど、少しは商売人になったようだ。
「それは助かります。お父上によろしく」
私も少し声を張った。
これで、ケイト様との和解も印象づけられただろう。
気にかかっていた仕事がまた一つ終わったとき、ザックとダイアナが戻ってきた。
「クロエちゃん! 見てくれた? 私のダンスレッスンの成果!」
「ごめん、全く見てなかったわ」
「四回踏まれて、二回蹴られたぞ……」
「ハイハイ、ザック様、お世話になりました。では本命とどうぞ?」
ダイアナがザックの手を強引にケイト様の手に乗せた。
ザックは緊張を緩め、私たちに見せたことのない柔らかな笑みを浮かべて、ケイトをダンスにいざなった。二人は気の合ったステップを踏みながら華麗にダンスの輪に加わった。
「クロエちゃん、肩の荷が下りたね」
「そうね。一旦隅に下がって、何か摘もうか?」
『クロエ、ダイアナ、気を抜くには早すぎる』
エメルの視線は私の頭の向こうにあった。
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