〜十五歳〜

第75話 ドレス

 この冬は、例年の倍以上の薬をストックしていたこともあって、我が領でジリギス風邪は流行しなかった。王都方面では例年通りのようで、王家が例年通り必要本数、十倍の値段で買った。どのように分配するかは私の知るところじゃない。


 うちの領ばかり不公平だと言われているようだけれど、私の身体は一つで作れる量には限りがある。人を何百人雇おうが、最終段階の処理を行えるのは私とエメルとベルンだけ。

 限られた本数を自領メインに使って何が悪いの? 王家だって他領だって、自分の得意技で、自分の領民を養っているのだ。当たり前だ。


 ただ、うちの場合、商品が命が関わるものゆえに、商売というのに非難の声が上がる。そのあたりは私は心配しないでいいと祖父も兄も言うけれど……。

 頭では納得しているのに、悪口を聞くと心が揺れる。こんなに弱くて独立などできるだろうか?



 そして早い春。私はほぼ家庭学習を認められているが、テストと節目の行事だけは出席することになっている。

 と言うことで、学年末のテスト、卒業式と、入学式、始業式、そして一度だけ受けるように言われている実技演習のためにローゼンバルクから再び王都へやってきた。


 今回はお腹がポッコリ膨らんできたマリアを同行させていない。私はベルンもそのつもりだったけれど、


「……お嬢様、ベルンを連れて行かれないのならば、私が無理をおしてまいりますが?」

「何言ってるの? 夫婦揃っていたほうが安心じゃないの!」

「お嬢様のそばに私も夫もいないなんて、そのほうが心配で眠れません! そもそも、私は産月までは、のんびり過ごすだけなのです。夫が活躍すべきは赤子が誕生してからなのです!」


「そ、そんなもんなの?」

 私が祖父、兄、ベルンの顔を順に見るけれど、みんな、「知らんがな?」という顔だ。この屋敷にマリア以外、赤ちゃんに詳しいものなどいない。


『まあ、マリアが無理しないように、屋敷中で気をつけてればいい。今のところ赤子は健やかだ。クロエがここに戻ってくるまで一ヶ月か? まだ産月に余裕がある』


「マリアが良く寝られるように、私を連れて行ってください」

 ベルンが苦笑いしている。

「まあ、二人にとって一番いいように……してちょうだい?」




 ◇◇◇




 雪でぬかるんでいるために、馬に負担がかからないようにいつもよりもゆったりペースで王都に向かう。今回は私とエメルとベルンとダイアナの四人旅だったので、何のトラブルも起こらない。

 休憩ごとにベルンが『紙鳥』を飛ばし、妻の無事を確認する。二日目にマリアから『鬱陶しい!眠れない!』と怒られて、日に一度になった。


「ベルン、いつのまに『紙鳥』覚えたの?」

「教えたら二日でマスターしたよ? 愛だねえ……」

 ダイアナがうっとりした。


 五日目に王都のローゼンバルク屋敷に到着するやいなや、ベルンは自分の代理をしていた副執事長から綿密な引き継ぎを行い、私とダイアナはそれぞれ荷物を片付ける。

 それが終わり、ダイアナとエメルと夕食を取っていると、そばに控えていたベルンが呼ばれて出ていった。ちなみにダイアナは、私のお願いで一緒の食卓についてくれている。


「クロエちゃん、テストのヤマ、教えてください!」

 ダイアナは相変わらずクロエちゃんとクロエ様が混在している。幼なじみだから構わない。ただ余所者がいるところでだけ注意してほしい。


「私も特別テスト勉強なんてしてないよ。ここ最近薬ばっかり作ってたもの。いっそ落第で退学にしてほしい」

「クロエちゃん、退学ならいいけど、留年だったらどうします?」

 あと一年、余分にあの学校に通えと?

「それは嫌」

 前世の試験内容を必死に絞り出さねば!


 二人であーだこーだ試験内容について論議していると、ベルンが大きな荷物をひと抱えして、ウンザリした顔で戻ってきた。


「ベルン、何だったの?」

「王家の使いでした。第一王子殿下より、クロエ様にドレスです。これを着て卒業パーティーに参加してほしい、とのことです」


「嘘でしょう……」


 卒業パーティーなんて出るつもりもなかった。学生生活で最も華やかな行事。卒業生は最高に、在校生はそこそこに着飾って、卒業を祝いながら談笑し、軽食を食べ、ダンスを踊る。大人になる前の一番大きな社交イベントだ。


 前世、ドレスを贈られることもなく、第二王子の婚約者として欠席することもできず、一人、茶色の制服でたたずんでいた。

 ドミニク王子はガブリエラをエスコートし、ガブリエラ以外の女子ともにこやかにダンスを一曲ともにする。


『クロエとはこれから踊る機会があるだろうから、今日はいいよね』

『殿下、クロエ様のこの格好では踊れませんわ。ふふふっ』


 屈辱的な思い出を遠くに追いやり、ベルンに尋ねる。

「断れる?」

「無理ですね」

 ベルンがため息を吐きながら首を振る。


 殿下、私との接触はなくしてほしいとあれほど言ったのに。


「クロエ様、ひとまず開けられては?」

 私が頷くと、ダイアナが細心の注意を払いながら開封する。孤児院でモノを大事にする精神を叩き込まれているダイアナの手先は丁寧で慎重だ。


 中から、若草色の落ち着いたドレスが出てきた。ふんだんにレースが重ねられ、刺繍にはポイントになるところにパールが縫い込まれている。


「さすが王家……一流品ですね。そしてクロエ様のことをわかってらっしゃる……」

 ダイアナがほぅっと息を吐いて感心した。

 決して華美ではないけれど……一眼で最上の品とわかるもの。


『いかにもクロエのためのドレスだな』

「エメルと同じ色……」

 アベル殿下……こんな特別扱い……まあ、アベル殿下の色でないだけマシだけど。


「卒業パーティーはいつかしら?」

「試験の後ですので……十日後ですね」


 なんとか……しなければ。アベル殿下をうまくかわして……過去の闇に囚われないように……。


「ダイアナ……そばにいてね」

 頼みの綱にお願いする。


「もちろんです! 私はその時のためにいるのですから!」

 ダイアナはニッコリ笑ってドンと胸を叩いた。




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