第17話 魔法使いの悩み
娘を小学校へ送り出し、部屋の掃除とゴミ出し、洗濯物を干して一連の作業が終わる。
朝のニュースを見ながら、今日は暑くなりそうなので洗濯物も早く乾きそうだと安心。
先日隣のおばさんにもらったコーヒーを飲みながら、至福の時間を過ごす。
このところ仕事は、ウイルスのせいで自宅での作業が増えており、子供と一緒に過ごす時間も増えた。それはそれで嬉しいが、将来への不安も少なくはない。
ただ、夫と別れて3年。ようやくこの生活も地に足がついてきたと思う。
学生時代に過ごしたこの街も、今は駅前の発展が素晴らしく、お気に入りの店も増えた。
今は娘の成長が唯一の楽しみだが、満足した生活を送れていると実感する。
今日は夕方まで会社の会議もなく、娘が帰ってくるまでの4時間は完全なフリーだ。
なので、この日のために我慢し続けた、あれをようやく使うことができる。
ソーマジック・サーガのイベントクリア特典である「リアル・ソーマジック・ギア」。
ログイン期限まで残り1日、やっとこのアイテムを使う日が来たのだ。
説明書を読み、その内容を不審に思うも深くは考えず、20分ほどで作業は終了。
いよいよ電源を入れスタート。この年齢(28歳)であっても、興奮はするのである。
白い光に包まれた瞬間、藤原理恵はソーマジック・サーガの舞台である惑星エヌに旅立っていた。
11階層へ向かう日の朝、いつもより早めに目覚めるとエリは久々に夢を見た。
そして思い出すのは、この惑星エヌに来た日。日本へ戻れないことを知り、あの王宮で取り乱したこと、頭が真っ白になり途方に暮れたこと。
「残してきた娘さんのことは大丈夫だと思いますよ」
そう語るスカーレット王女の言葉も耳に入らず、一人町の片隅で落ち込んでいた。
王女が同行させてくれた召喚獣のミーナがいなければ、立ち直れなかったかもしれない。
そして出会ったマッキーとワカナ。
3人でダンジョンに潜り、魔法を使ったときの興奮は今も覚えている。
純粋に感動したのだ。
魔法を使える自分に、ゲームの世界で日本とは違う自分がいることに。
しかし同時に娘への懺悔の念も浮かんだ。
複雑な感情に翻弄されながら、ようやくこの生活に慣れてきたあの日、私は死を覚悟した。
あの4階層での恐怖は今も自分の中に残っている。
この世界は死と隣り合わせで、自分たちにはまったく危機感がなかった。
でも幸運にも生き延びることができたし、サトルという希望との出会いもあった。
仲間としても異性としても、サトルを意識している自分がいることはわかっている。
でも今は日本に戻ること、娘を安心させることが最優先だ。
ミナはちゃんとお約束を覚えているかしら。
ママがいなかった場合は、最初に隣のおばさんにお世話になること。そしてばあばに電話すること。
とにかく、自分は早く日本に戻る。
そして…
11階層へ挑戦するこの日、エリは新たな決意とともに、サトルから手渡された赤龍の杖を強く握りしめた。
「僧侶の思い」へつづく
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