第130話 出立の朝・上

 出発の日。前の凱旋の時の様に駅前広場に師団員が集められた。ただ前とは全然雰囲気が違う、当たり前だが。

 前には意気揚々と演説していた宰相派の貴族たちも居心地が悪そうだ。

 前の様に仕切り役の貴族が演説し楽団が威勢のいい曲を演奏しているが、それもまた空虚な感じになっている。

 

 広場に集まった市民の数は多くないが、騒然とした雰囲気だ。

 刺々しい視線が突き刺さってくるのが分かった。評判が上がったというのに、下がるときは一瞬だな。

 団員達も俯いたり、無表情で演説を聞いている。


「……魔族の討伐に再び赴く彼らの武運があることを祈っている」


 仕切り役の貴族が演説を終えた。

 宰相派の貴族らしき一角からまばらに拍手が起きたが、広場からは抗議の怒号が上がった


「こんな時にこの師団を遠征に出すなんて」

「宰相殿は……都の民のことを考えてくださっていないのか」

「北部に魔族なんて出ていないと聞くぞ」

「……なら、なぜだ……まさか」

 

「市民諸君、安心したまえ。宰相殿のお言葉で彼らは都を離れるが、王の旗下たる我らが必ずや諸君らを守る!」

「宰相殿は王都を見捨てたわけでない!きっと必ずやなんらかの事情があるのだ!分かってほしい」


「北部に魔族の反応は無いというではないか!宰相殿は王都を民を見捨てたのではないか?どういうつもりなのだ?」

「なんだと!言いがかりは許さんぞ!」

「だが宰相殿の命で師団が王都を今まさに離れようとしているではないか!これが宰相殿のなによりの気持ちだろう」


 抗議の声にかぶせるように広場の左右に陣取った国王派と宰相派の貴族や騎士たちが大声で罵り合いを始めて、広場が騒然とした雰囲気に包まれた。

 仕切り役の貴族が必死で何か叫んでいるが、双方からあがる怒声と市民たちの声でかき消されてしまっている。


「ライエル、何とかしろ」


 団長が俺の方を向いて小声で言った。


「なんとかって、どうしろって言うんですか」

「今や市井のものの間では私よりお前の方が有名なくらいだ。一冒険者から英雄候補にのし上がったのだからな。

何か言って落ち着かせろ。このままでは師団の士気に関わる」


 そうなのか?

 しかし、相変わらず無茶言う人だが……ただ両派の険悪さがますますひどくなっている。

 このままじゃ魔族以前に国王派と宰相派の貴族で都の中で戦闘になりかねない。


「風司の109番【我が声よ万里に響け、遠き戦場にて一番槍を構える我が友にも届くように】」


 拡声の練成術をまさかこんな風に使う日が来るとは。

 大きく息を吸い込む。


「聞いてくれ!俺はライエル・オルランド!」


 拡大された声が広場の声に負けない声で響いた。

 広場が静まり返って、注目が俺に集まる……俺が思っていたより声が大きかった。


 広場の全員の目が俺に集まっていることが分かった。

 さすがにここで迂闊なことを言うのは不味い。深呼吸して気持ちを落ち着かせる。


「俺達は……この師団は誰の派閥でもない。さっさと遠征を終えて帰ってくるから待っていてくれ。

その間は必ず騎士や冒険者たちがみんなのために戦ってくれる」


 そう言うと、広場の一角からそれにこたえるように声が上がって、剣か槍らしきものが掲げられた。

 どうやら冒険者達らしい。


「それに貴族や騎士の皆さんよ、俺達の敵は魔族や魔獣だ。そして誰かを守るときに派閥がどうとかなんて関係ない!そうだよな!」


「……もちろんだとも。その通りだ。我らの敵は魔獣、魔族であるからな」

「……無論だ。お前達が戻るまでは我らがお前らの代わりに魔族どもと戦おう」


 それぞれの貴族たちの方から不承不承という感じだが声が上がる。

 少しの間があって広場の市民から拍手が上がった。漸く雰囲気が和らぐ。


 団長が俺の肩を叩いて駅の方に歩いて行って、テレーザが俺を見て小さく頷いた。

 人前で演説をぶつなんて柄じゃないんだが、どうにかうまくいったか。



 いろんな感情が混ざった感じの空気に見送られて師団員が北へ向かう街道汽車フェロヴィアに乗り込んだ。

 汽車が走り出す。普段ならお喋りしたりしてわりと賑やかになる車内だが今日は重苦しい感じだ。

 

 窓の外をじっと見ている奴も多い。

 当たり前だが、家族や友人を王都に残している奴が殆どだ。心配しない筈は無いか。

 オードリーとメイが王都に残っているから俺も人ごとじゃない。

 

 陰鬱な客車を離れて団長様に宛がわれた一等客室の個室に集まった。

 このことを知っている俺とテレーザ、団長、ルーヴェン副団長だけだ。


「どうしますか?」 


 そう言うと、皆が沈黙した。


「宰相がどうなっているか分かりませんが、あの方に会わなくては話にならないと思いますが」


 ここで色々と推論を並べていても所詮は憶測にすぎない。

 どういう形であれ、宰相に会わないと話にならないだろう。


 それにこのまま行けば、北のアルコネアまでは二日ほどかかる。

 途中は補給のために停車する何か所かの駅だけだ。行って帰ってくるだけで5日間。その間は他で何が起きても俺達には何もできなくなってしまう。

 ヴァルメールで何が起きるか想像もつかない。


「まあ、それは確かにそうだな」

「ルーヴェン副団長。今、宰相殿がいるとしたら、どこだと思いますか?」


 宰相が完全に魔族に操られていたり、手を組んでいたらあてにならないかもしれないが、何の手掛かりもないんじゃどうしようもない。

 ルーヴェン副団長がためらう様に何かつぶやいて顔を上げた。


「……リーンヴァラの夏の離宮だろう。あの方はあそこを気に入っておられる……今もきっと。あのお方は断じて魔族になど操られる方ではありません」


 ルーヴェン副団長が俺だけじゃなく皆に言うような口調で言う。

 団長が頷いた。


「たしか、此処から遠くないな」

「はい」


 団長が聞いてルーヴェン副団長が頷く。


「車掌に言って汽車の速度を緩めさせろ。あとクレイを呼べ」


 そう言うと、ルーヴェン副団長が一礼して部屋を出て行った。


「ここで全員に事情を説明している時間はない。そもそもまだ状況が確定したわけではないからな。我々だけで行く」


 そう言っているうちにドアがノックされてローランが入ってきた。


「クレイ。ライエル、テレーザと私と来てもらう。

この近くに村くらいあるだろう。そこで馬を調達して我々4人は夏の離宮に向かう」


 ローランが首を傾げた。まあいきなり部屋に連れてこられてこんなこと言われれば何が何だかわからないだろうが。

 口を開きかけたローランを、団長が今は聞くなと言わんばかりに一睨みして黙らせた。


 まだ恐らく俺達が魔族の存在に気付いていることは気取られてはいない。

 それにどういう意図があれ、この命令で魔族が俺達を王都から引き離したのなら、俺達のこの行動は予想外だろう。

 ただ。


「もし何事も無ければ?」

「その時はその時考えよう。今は手掛かりがこれしかないし、宰相殿にお会いできればそれはそれで悪くはない。叱責は頂くかもしれんがな」


 団長が言ってルーヴェン副団長を見た。


「ルーヴェン、師団の指揮はお前に任せる。北部についたら哨戒に勤めろ。私たちがいない事についてはどうにか誤魔化せ。

本当に魔族が出ているなら無理はするな。最近ようやく数がそろってきた退魔剣とラファエラの魔法は強力だが、ザブノクやフォロカルのような連中が出てきたら流石に対抗できん」

「分かりました。宰相殿を……我が主をお願いします」


 ルーヴェン副団長が深々と頭を下げて言った。この人にとっては宰相は仕えるべき主なんだろうな。

 本当は自分が行きたいんだろう、ということも分かった。

 だが、団長と副団長が二人そろっていなくなるわけにはいかない。


「次のカーブで飛び降りる。ライエル、風で受け止めろ。出来るな?」

「了解です」


 出来るか?と聞かない辺りがこの人らしい。

 廊下に出てドアを開けるとレールと車輪がかみ合う音と風切り音して、吹き付ける風が顔を叩いた。

 カーブにかかって少しスピードが緩む。草地の緑がゆっくり見えた


「行きます!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る