第138話 唱える君、守る俺
体のあちこちの痛みで意識が戻った。
目を開くと目の前にテレーザの顔があった。倒れたまま目を閉じている。
手でテレーザの頬に触れる。あったかいな。どうやら死んではいないらしい。お互いに。
テレーザが猫のように手に頬を摺り寄せてきた。
「……起きてるな?」
「起きてない……今起きた」
テレーザが目を開いて俺を見る。
顔にはあちこちに擦り傷があって、結い上げた髪も解けているが、どうやら大きな傷は負っていないらしい。
体のあちこちは痛むが、傷がふさがっていた。
恐らくこいつがポーションでも飲ませてくれたんだろう。
「無事で何よりだ」
「……守ってくれるって信じてた……だから怖くなんてなかった」
「風が間に合うかはイチかバチかだったよ」
最後の魔法の発動の瞬間に風を飛ばしたが。
間に合うかとか言う以前に、あの威力を防ぎきれるかってのがあったが、生きているってことは上手くいったわけだ。
狙ってできたことじゃない。いろんな幸運が重なってくれたんだろう。
草原には見渡す限り巨大なすり鉢のような穴ができていて、茶色の地肌がむき出しになっていた。周りの木もなぎ倒されている。
ヴェレファルが居た場所にはライフコアが浮いていた。
俺の風をものともしなかったあいつも、この魔法の直撃には耐えられなかったらしい。
最大火力。そう呼ぶにふさわしい。よく死ななかったな。
「これで英雄だ」
テレーザが言う
「そうだな。まったく」
「だから、もう誰にも文句は言われないわ……」
そう言ってテレーザが俺を見つめる。その目が何か言え、と言っていた。
なにを言わせたいのかくらいは分かるが。
「なんだ、俺が言うのか?」
「こういう時は男がいうものだ」
「いまさら言う必要あるか?」
そういうとテレーザが不満げに俺を見て首を振った。
「俺から言わないとダメなのか?」
「貴族はそうなの。男から言うものなの」
珍しく駄々をこねるようにテレーザが言って俺を見つめた。まあいいか。
「好きだぞ……これでいいか?」
テレーザが自分の体を抱きしめるようにして俯いた。
「……もう一回言って」
「俺にもう一度言えと?」
「……言ってくれないの?前の恋人には一回しか言ってないなんてことはないはずでしょ」
抗議するようにテレーザが言うが。
前の恋人の時を思い出すと……戦いの中でなんとなく付き合い始めて、はっきり言った覚えがあまりない。
戦いの中で信頼関係がはぐくまれるから、冒険者の付き合いというのはそう言う風になりがちだ。
ただ、それをこの場で言っても仕方ないか。
「好きだぞ……三度目は言わせないでくれ」
テレーザが嬉しそうに頷いて俺をまっすぐ見つめた。
「私も好きよ、ライエル……ずっと待ってた」
咎めるような口調でテレーザが言う。
「ほんとうに……ずっと待ってたのよ」
「俺にも責任ってもんがあったんだよ。一冒険者にあまり多くを求めるな」
こいつがどう思っていたのかは知らないが……こっちとしては身分の壁というのは結構意識せざるを得なかった。
冒険者同士の付き合いとはわけが違う。
「ところで……今、責任といったな?」
「ああ」
「責任を取る気になった、ということか」
「まあ、そうかな」
念を押すようにテレーザが言う。
「つまり……それは……私と、ともに生きるという意味か……この先ずっと……ということは、だ。それは我が家に入るということになるわけだが」
テレーザが上目遣いで頬を真っ赤に染めて俺を見る。
そう言う意味での責任か。
「ああ、そうだな……じゃあ結婚するか?」
そう言うとテレーザが突然怒ったような顔になった。俺の胸を小さなこぶしで叩く。
衝撃が足の傷跡に響いて脳天に痛みが突き抜けた。
普段ならなんてことないんだが、今は傷の痛みに響くからやめてほしい。
「ばか、気が早すぎる。
それにもう少しだな、なんというか……そういうことは、夜景の綺麗な店で私の手を取って、厳かに言え、馬鹿者。どうしてお前はそうなのだ。無粋だ」
「頼む、今は叩くのは止めてくれ。ポーション使っても痛いものは痛いんだぞ」
そう言うとテレーザが手を止めて、ちょっとしょげた顔になった。
「ああ……すまない。大丈夫か?」
「まあな。ポーションは傷は塞ぐが、痛みまで消してはくれないんだ」
心配そうに俺に触れていたテレーザが、またいつもの表情に戻った。
「だが、いいか。私と……結婚したら……だ。お前はヴァーレリアス家の当主になるのだぞ。
もう少しお前は自覚というものを……」
抗議するテレーザの声に交じって遠くの方から呼ぶ声が聞こえた。
団長たちだな。
ようやく安心した。生き残ったな
◆
次で最終話です。
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