第124話 その後の彼ら・8(旧パーティ視点)

 あのやり取りから数日たった。

 ロイドも幸い何事もなく回復した。


 今日は新しく依頼を受けて討伐に出たが、無難に仕事をこなせた。

 復帰してすぐだから討伐評価点が低めの仕事にしたが、思った以上にあっさりと片が付いた。

 

 ヴァルメーロ城門に馬車が着いたのはすでに日が落ちたころだった。

 広い通りにはいつも通り馬車と人が行きかっていてにぎやかだ。

 赤っぽく光る街灯と左右にならぶ店の明かりが通りを明るく照らしている。


「ちょっと俺達には余裕すぎたんじゃないか、ヴァレンの旦那」

「……かもな」


 周りを店を横目で見ながら余裕な口調でロイドが言う。

 通りにはレストランや酒場もある。一杯やっていきたい気分なんだろうな。


 大きな怪我を負ったりすると、傷は治っても恐怖心とかそういうので今まで通り戦えなくなる、と言う事は珍しくない。

 だがそれも無かったようで、まったく今まで通りに魔獣をなぎ倒してくれた。

 少し安心した。


「ロイド。あんたね……あんたのことを思ってちょっと簡単な依頼にしたのよ、分かってる?」

「勿論さ、イブ姐さん。だが俺の斧槍ハルバードに恐れなんてものはないんだぜ」


 ロイドが威勢よく言って、イブが苦笑いする。


「まあ……そうだけどね。まったく口が減らないわね」

「勿論だぜ。ところで、ヴァレンの旦那。次はどうするんだ?」


 ロイドが聞いてくる……次か。

 あの時の結論は出ていない。


 このままヴァルメーロで戦うのは危険だ。アルフェリズに戻るほうが間違いなく安全に稼げる。

 ただ、ロイドはおそらくそれを受け入れないだろう。

 もし口に出せば……それはおそらくパーティ分裂を意味する。


 もちろん俺だけのことを言うなら、イブやエレミアを連れてアルフェリズに帰ればいいだけだ。

 そこで新しい前衛を見つければいい。


 それにパーティが分かれることは珍しいことじゃない。

 冒険者はそれぞれ目指すものが違う。だから、違う方向に進むことになるのはよくある話だ。

 そのあとに何が起きても俺たちが気にすることはない。


 ただ、新しいパーティに入ると連携とかそういうのに問題が出る。

 強いA帯の臨時の組み合わせより、連携が取れたB帯のパーティのほうが強いということは珍しいことじゃない。

 戦いはランクでは決まらない。


 ロイドは別のパーティに入って連携がうまくいかずに死ぬかもしれない。

 それにそもそも新しい仲間探しがうまくいくかもわからない。

 

「なあ、旦那。次はもっと俺達に相応しい……」


 と言いかけてロイドが足を止めた。

 目の前に人垣ができている。大道芸かなにかの人だかりかと思ったが……人垣の隙間から、黒く光る雷球のようなものが浮かんでいるのが見えた


◆ 


「あれ……ゲート?」


 イブが表情を引き締めて槍を構えた。

 魔獣が現れるゲート……魔獣とは何百回も戦ったが、ゲートそのものを見たことは殆どない。

 だが覚えがある。これは確かにゲートだ。


 黒く輝くゲートの中から、口が裂けた醜悪な猫を思わせる顔とひょろりと伸びた手足を持つ小柄な魔獣がぞろぞろと現れた。

 背中には蝙蝠のような翼が生えている。グレムリンだ。


 悲鳴を上げてそこにいた市民が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 グレムリンが威嚇するように耳障りな声を上げて、長い爪が生えた手を振り回した。

 なんでこんなところで、と思うのは後でいい。 


「やるぞ!イブ!ロイド!」

「おうよ!」


 ロイドが斧槍ハルバードを一振りした。



 グレムリンは自体は大した相手じゃなかったから早々に片が付いた。

 空を飛ぶのと衝撃破を飛ばしてくるのは面倒ではあるが、爪や牙、衝撃波は大して強力なもんじゃないし、耐久力も最近戦っている魔族に比べれば圧倒的に低い。

 前衛からすると、魔族と違って切った相手がそのまま死んでくれるのは気が楽だ。


 暫くして衛兵たちも来て加勢してくれて、グレムリンはあっさりと全滅した。

 飛行能力があるから遠くまで飛ばれると厄介だったが、そうならなくてよかったな

 衛兵たちと魔法使いがゲートが開いた場所を何やら調べている。


「こんな城壁の間近で魔獣なんて出るものなのか?旦那」

「普通はあり得ない」


 魔獣のゲートは現れやすい場所、現れにくい場所がある。勿論王都となれば現れにくい場所だ。だからこそ、大きな都市が出来ている。

 そして、王都に限らず都市は防御系の儀式魔術ソーサリーで守られている。


 だからこそ大きな都市の周りに魔獣の門がいきなり開くなんてことはまずありえない。

 今まさに目にしなければ信じないだろう。

 今まで以上に危険は増しているのは肌で感じた。


「なあ……これからどうする?ヴァレンの旦那」


 不意にロイドが聞いてきた。


「俺はこのまま残りたいが……」


 言葉を濁したが、自分ひとりになることも覚悟してるって言いたいんだろうな。

 ロイドが俺を見て目を逸らした。どう応えるか、一瞬だけ迷ったが。

 

「最後まで付き合ってやるさ、ロイド。俺にも男の意地はある。

それに俺だって英雄になりたいって気持ちはないわけじゃないからな」


 本当のところは、英雄になるとかがどうでもいいが……責任ってもんがある。こいつを俺のパーティに誘ったのは俺自身だ。

 あの時はこんな風になるとは思ってなかったにしても、自分が誘った若い冒険者を危険だからと放り出して知らんぷりなんて言うことはできない。


 ロイドが小さく笑って拳を突き出してくる。俺も拳を当てた。

 ただ、俺はそれでいいが……イブとエレミアの方を見る。

 危険なことは間違いない。この二人に無理強いはできない。

 イブが戦いの後をちらりと眺めて首を振った。


「あたしに男の意地とかそういうのはないんだけどさ」


 そう言ってイブが間を置くように言葉を切った。


「……でもあんたたちを置いていくのも、ちょっと気が引けるのよね」

「男の意地とか言って無茶して二人とも死にそうだから……私たちが面倒見てあげる」


 イブとエレミアが顔を見合わせて笑った。


「ありがとう、イブ姐さんにエレミア姐さん」


 ロイドが神妙な顔で頭を下げる。 


「だが、無茶はしすぎるな、ロイド、いいな?俺は死にたくない。誰も死んでほしくない。お前だってだろ?」


 ライエルに追いつくにしても死んだらそれどころじゃない。


「ああ、もちろんだぜ、旦那」


 ロイドが頷いた。

 この先どうなるか分からないが……最後まで戦おう。

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