第119話 舞踏会場の死闘・上
広間のそこかしこで悲鳴が上がった。
俺の肩にもナイフが突き刺さっている。ナイフがかすれるように消えて血が噴き出した。
周りから師団の治癒術師の
「傷が治らない!」
また悲痛な声が上がった。
俺の肩に刺さった傷からも血が流れ落ちる。痛みはそれほどじゃないんだが、穴が開いた水袋から水が流れるように、抑えても血が止まる気配がない。
単なる傷じゃない。まるで血を吸い出すかのような傷だ。
「ライエルさん!団長殿!」
治癒術師が駆け寄ってきてくれて
傷の上にまるで蓋がかぶさっているように文様が浮かんで、治癒の光をはじいた。
さっき団長が言っていた傷が治らない能力ってのはこれか。
どうしてこう魔族という奴は性質の悪い能力ばかり持ってやがるんだ。
『其の血は水時計のようなもの……落ち切ったときが命の終わりの時だ』
ザブノクが勿体ぶったように言って、誰かがおびえたように悲鳴を上げた。
「助けて!血が止まらない!」
「エレナ!誰か
あちこちで悲鳴が上がった。
冒険者や騎士は傷には慣れっこではあるが、それでも血が噴き出しているのは気分がいいわけない。
それに貴族や戦闘になんて縁がない女子供もいる。
血はパニックを生む。
『だが教えよう、人間よ。その傷は
芝居がかった仕草でザブノクが手を広げた。
『さあ遠慮なく解除してやるといい。だが、我が呪いは強いぞ。仲間の命が大事なら全力でやることだ。
無論、仲間を見捨てて私を倒そうとするも良し。すべては君たちの決断次第だ」
団長が横で歯ぎしりした。
魔法使いが魔法解除に専念すれば、この血が止まらなくなる攻撃は確かにどうにかなる。
が、その間は魔法使いは攻撃には回れない。
魔法使いが攻撃に回ろうとしたら血は流れ続ける。
『解除してほしければ……そうだな、隣にいるものを刺せ。
自分の死は恐ろしいだろう?死にたくなければ、隣にいるものを殺すのだ。それができたらその勇気あるものは助けてやろう』
ライオンの顔に薄ら笑いが浮かんでいるのがなんとなくわかった。
……あの能力なら初太刀でフルーレ達三人を殺すこともできただろう。
あのナイフにしても急所に当てることもできたのかもしれない。
それをあえて傷だけにしているんだ。
回復の手間を撮らせるためとかじゃなく。仲間を助けるか、戦うか、どうするか迷う俺達を見て遊んでやがるのか。
テレーザが迷うように周りを見回した。
「
テレーザを制するようにローランが言って印を組みなおした。
「貴方は攻撃に専念を!」
テレーザが頷いて詠唱を続ける。
「【我が名において揺蕩うマナに命ず。汝に与えられし命は不当なれば、我がその苦役より解き放たん。疾くその働きを止め、あるべき所へ戻れ】」
ローランの詠唱が終わって、ローランの周りにいた奴の傷が淡く光る。
治癒術師がまた
解除ができるのは嘘じゃないらしいな。
ただ、全員纏めてなんてマネはできないっぽい。まだ広間のあちこちから狼狽した感じの悲鳴と叫び声が聞こえる。
ローランが苛立たし気に床を蹴ってもう一度、詠唱を始めた。
「私のことはかまうな、クレイ。他の者の解除を優先せよ」
団長にもナイフが何本か刺さっていて血が流れ出ている。
「大丈夫ですか?」
「この程度のかすり傷、これで問題ない」
団長が傷口に触れる。軋むような音がして氷が傷口を塞いだ。
団長が唇をかんで眉をしかめる。
「耐えろよ、ライエル」
団長が言って俺の肩にも触れる。ちょっと待ってくれと言うより早く、傷口に氷が食い込んだ
傷口を焼くような痛みが脳天を貫いた。背筋を凍らせるような冷たい感覚が遅れてやってくる。
「傷口を凍らせた。これでしばらくは持つ」
団長が平然と言う。無茶しないでください、と言いたいところだが。
団長の体にはいくつもの氷がめり込んでいた……俺が泣き言をいうわけにはいかない。
氷がじわじわと血で染まっていくが、さっきよりマシか。
『ათასი დანის პირას』
ナイフが隊列を組む兵士のようにまた浮かんだ。
ザブノクが王と宰相の方を向いて脅すように槍を振り上げる。王と宰相はどうにか無事らしいが。護衛の兵士たちが盾を構えて一歩下がった。
『王よ、君は生かしておいてやろう。哀れな人間どもの儚い抵抗を王として見届けたまえ』
「貴様!許さんぞ!」
王が剣を抜こうとして兵士たちに留められた。
『だが、どうだ?逃げてみるがいい。お前の臣下が守ってくれるか……忠誠を試したらどうだ?』
あの二人や周りいる貴族は正直言って戦いの邪魔だ。
こっちとしても何処かに行ってほしいんだが……ザブノクが部屋の真ん中に陣取っている上に、あの攻撃範囲だと扉にたどり着く前にナイフで刺し殺されるだろう。
それに、王をかばったら。
これ幸いとこっちにナイフを向けてくるだろうということは、なんとなく察しが付く。
「私一人が逃げるなど、できるか!」
『ほうほう、それは勇敢なことだ。正に王の鏡だな』
ザブノクが言って、こっちを振り返った。
『どうした?かかってこないのかね、勇敢な戦士諸君。私を切ってみたまえ、さっきのように』
ザブノクが手招きをした。
少し距離を開けた師団の前衛組が視線を交わし合う
こっちの攻撃はほとんど効果が無いが、切られると治癒不能の傷を負わされるんじゃリスクが高すぎる。
『安心するがいい、一太刀で殺すような無粋な真似はしない。君たちがもがきながら戦う様は実に愉快だからな。
私を倒してもその呪いは解けるぞ……さあ急ぎたまえ。ათასი დანის პირას』
またナイフ浮かんで次々と飛んでくる
風の壁と氷の壁が殆どを止めるが、またさっきのように鳥の様に天井近くまで飛び上がったナイフが風と氷の壁をすり抜けて降り注いでくる。
何人かに刺さって悲鳴と血しぶきが上がった。
あれは軌道を自由に操れるのか。この数でしかも自由に飛び回るのを完全に防ぐのは厳しい。
「くそっ」
誰かが悪態をついた。
受けてばかりだと押されるばかりで不味いがこの状態では前衛も切り込めない。
厄介なことに、今は王や宰相、貴族たちがいるから俺の雷撃や攻撃魔法も使いにくい。
普段戦っている場所、森や平原ならこんなこと気にする必要はないんだが。
「団長殿!前衛の皆さん!援護します。【此処は幽世2階層、奥の宮には
ラファエラが詠唱すると、団長のサーベルや前衛の剣の周りに見慣れない文様が浮かんだ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます