第70話 顔合わせの場の乱入者・下

 テレーザの抗議は黙殺されて、庭に移動させられた。

 殺風景な広々とした芝生の広場の周りには何本かの木が植えられていて、それを取り巻くように広間にいた魔法使いたちが俺達を見物している。


 フェルナンの姿も見えた。

 さっきまでの表情とは打って変って、その顔には満足げな笑みが浮かんでいる。

 思い通りに行ったって顔だな。

 

 芝生の向こうにはマヌエルと男が何か話し合っている。作戦会議でもしているんだろう。

 一対三か。


「どうした、自信がないのか?」


 一対三の状況を作った張本人であるアグアリオ団長が何事もなかったかのように聞いてくる。

 自信があるかという話は別としても。


「面倒だな、と」


 テレーザの護衛をやることについては自分の意思で決めたことだ。迷いはない。

 ただ、いちいちそれにくっついてくることが面倒過ぎる。


「面倒だと?……まったく」


 アグアリオ団長が言って薄笑いを浮かべた。


「A帯冒険者もずいぶん軟弱になったものだな」

「と言うと?」


「冒険者の格言を覚えていないのか?敵がいれば切り倒せ、栄光を望むならば?」


 そう言ってアグアリオ団長が続きを促す用に俺を見る。


「剣で勝ち取れ……言葉は不要」

「その通りだ。どこでも同じだ。面倒事があるなら力で黙らせろ。それは、宮廷だろうがどこだろうが変わらん」


 そう言ってアグアリオ団長がマヌエル達の方を見た。


「お前とテレーザの関係も、あの連中とどういう因縁があるかもどうでもいいが」


 アグアリオ団長が今度はテレーザを見る。

 テレーザが睨んでいるのを見て苦笑した。


「今後もこのように嘴を挟まれるのは私にとってもお前にとっても迷惑だ……意味は分かるな?」


 アグアリオ団長がそう言って俺の肩を叩く


「力を見せてみろ……どの道、あんなのに負けるようなものは私の師団には不要だ」


 そう言って、アグアリオ団長が下がっていった。



 改めてマヌエルたちと向かい合った。

 刀を抜いて握りを確かめる。


「後悔しているんじゃないかな、こんな風になるなんて思っていなかっただろう?」


 マヌエルが声を掛けてきた。

 その後ろには二人が付き従っている。

 全員が揃いの白く淡い光を放つ金属の部分鎧と大型の盾、それに片手剣を持っていた。全員が前衛か。


 剣も盾も細かい文様と魔法陣のようなものが刻まれていて、いかにも高価そうだ。

 それぞれ何らかの効力が込められた魔法の装備だろう。

 

「まあ……予想外ではあるな」


 あの叙勲式の妨害が空振りに終わって懲りたかと思ったが、またしぶとくこんな風に仕掛けてくるとは思わなかった。

 その点は予想外だ。


「降参するなら恥をかくだけで済むぞ、どうする?」

「前も言ったとおりだ。そのつもりはない」


 マヌエルが舌打ちした。


「そう言えば聞いていなかったな、冒険者君。君のランクはいくつだね?」

「A1だが」


 そう言うとマヌエルがバカにしたような笑みを浮かべた。


「その年でようやくその程度か、すぐ追い抜いてしまうぞ、この私なら」

「ランキングに強さは関係はありませんからな」

「チマチマと時間をかけてあげてこようとも、才能の前にはそんなものは物の数ではありません」


 マヌエル達が言う。

 確かにランキングは実績が加味されるから強さとイコールではないし、なかなか降格はしにくい。だから、一般論としては間違っていない部分もあるんだが。


 自分で言うのもなんだが、A帯まで上がれる冒険者はそう多くは無いぞ。

 まあ、冒険者じゃないものから見ればその辺は分かりにくいのかもしれないが。


「私はまだ認定は受けていないが……そう、すでにB1クラスの能力はあるだろうな」

「その通りです、マヌエル様」

「しかもこの装備はヴァルメーロ最高の工房で作られた剣と鎧ですからな」


 マヌエルが言って、二人が相槌を打つ。


「下賤なものの血で団長殿の庭を汚すのはよろしくありませんな」

「ふむ、そうだな。だが手加減はできんぞ」

「しかし、3対1で受けるとはな。貴族の前で見栄を張りたかったのか」


 ラファエルが言って、取り巻きが笑う。

 とりあえず聞き流しつつ相手を観察した。


 一応それなりに訓練は積んではいるんだろうが、装備の立派さに体がついて言っていないのは見て取れる。

 まあこういっては何だが、よくいる養成所を出たての若き前衛だ。


 マヌエルが俺の顔をわざとらしくのぞき込んできた。


「ところで君はアルフェリズでテレーザと行動を共にしていたようだが」

「ああ、それがどうかしたか?」


「……まさかとは思うが、夜まで共にしてはいないだろうな?」


 何を言いたいのかは分かった。


「あいにくとそんな暇じゃなかったよ」

「なら結構。あれはいずれ私のものになる女だからな、下賤な冒険者にけがされていてはかなわん」


 そう言って、マヌエル達がテレーザを見た。

 庭の隅で一人でたたずんでいる。表情までは見えないが。


「あの取りすました顔が閨でどうなるのか……どう思う?」

「ベッドでもあの仮面のような顔のままでは興ざめですな」

「いやいや、ああいう澄ました女の方が案外快楽におぼれるものですぞ」

「それは楽しみだな」


 三人で口々に言い合っている。

 ……ローランは正直鼻持ちならない奴だったが、それでもあの強さは本物だった。

 あの強さは天与のものじゃなく、あいつの訓練の賜物だ。その点は大したものだと思う。鼻持ちならない奴だったが。

 だが、こいつはそんなのじゃないな。


「さて、もう一度聞くぞ。気は変わったかね?」

「悪いな……もう最初の話を忘れた」


 マヌエルの顔がこわばった


「なんだと?」

「冒険者は剣を振るもんだ。口の上手さを生かしたいなら冒険者は向いてないぞ」


「ほう……なかなか勇ましいな三対一だというのに」

「正面から叩き潰してやる。そうすれば納得するだろ?」


 端から見れば、俺は時代遅れの練成術師で、平民出身のくせに貴族の娘に引き上げられた成り上がりものだ。恐らく今後こんなことはいくらでもある。

 団長の言いたいことはそういうことだろう

 ここは正面から徹底的に叩き潰してやる。すこしでも今後の面倒事を減らす


「ではいいか?」


 アグアリオ団長が声を掛けてくる。


「いつでも」

「こっちもです」


「お互い殺さない程度にやれ……いいな。では、はじめ」


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