第63話 ヴァーレリアス家のお家事情・下
フェルナンが俺を不快気に睨んできた。
「身の程知らずの田舎者が……誰にものを言っている。この貴族たる私に口答えか」
「申し訳ないが俺はまだ貴族じゃないんでね、礼節はこれから勉強するよ」
魔獣との戦いでもそうだが、敵から目をそらすという行為は弱気の象徴だ。
こっちも睨み返す。
「練成術師はもはや前線に立つ能力ではないのさ。時代が違うんだよ、分かってないね」
マヌエルが小ばかにしたような調子で口をはさんできたが。
「そう言えば一つ訊くが……魔獣と戦う時に言うのか?俺は偉い貴族だ、ナントカ家のものだとか」
「なに?」
「半分くらい言ったところで食い殺されるからやめておく方が無難だぞ。ベテランの俺が保証するが」
そう言うとマヌエルが顔をひきつらせた。
「錬成術師如きが……お前はこの僕の上だと言うのかい?」
「ああ。ヴェパルに比べればお前なんて話にならないな。ろくに実戦経験もないお坊ちゃんにテレーザは守れない」
「この僕の実力を分かっていないとはね。ここに僕の得物が無いことを感謝したほうがいい」
自信満々な感じでマヌエルが言う。
フェルナンと違って
実戦経験が無いというのは戦いにおいては致命的になることは少なくない。
冒険者は訓練施設を出たらその成績に応じてDやCのランクを与えられるが、まずは先達のパーティで経験を積む。
訓練施設でどれだけ優秀な成績を収めても変わらない通例だが、それは合理性があるのだ。
「侮ってくれるじゃないか、時代遅れの錬成術師。後日、僕の実力を見せてやろうか?」
マヌエルが一歩踏み出して凄んでくる。
「それは良いな。冒険者ってのはそういうもんだ」
貴族の力関係がどうだのというのはさっぱりわからないが、剣で片が付くならそのほうが気楽だ。
「やめろ。マヌエル。下賤な野良犬の相手をしてどうする。こいつが何を吠えようと関係ないことだ」
そう言ってフェルナンがイザベルさんの方を向いた
「イザベル、分かっているだろうな。貴族としてすべきことをせよ」
「グアラルダ卿……」
イザベルさんがフェルナンを見上げて、テレーザが祈るような顔でイザベルさんを見た。
◆
少しの間があって。
「私は母として、テレーザの意思を尊重してやりたいと思っています」
イザベルさんが静かだがはっきりした口調で言った。
フェルナンの顔がまた不快気に歪む。
「なんだと?……お前は本気で言っているのか?どこのものとも知れん冒険者をヴァーレリアス家の名で騎士に推挙する、と」
「テレーザがそう望んでいます」
「当主代行たる私の言葉を聞き入れぬ、ということか?」
「はい」
緊張感を湛えて二人がにらみ合う。
「なるほど……イザベル、お前の名においてこいつを推挙する、というのだな?」
念を押すように言って、イザベルさんがうなづいた。
フェルナンがイザベルさんを睨む。
どうなるかと思ったが、不意にフェルナンが満面の笑顔を浮かべた。
「いいだろう、イザベル」
そう言って大げさにフェルナンが手を広げた。
「それが望みならば、可愛い姪のためだ。望むように私も取り計らってやろう。約束するよ」
フェルナンがマヌエルに何か耳打ちする。
マヌエルが俺を見て嫌な笑みを浮かべて、フェルナン達が出て行った。
◆
フェルナン達が立ち去って行って部屋に静けさが戻る。
テレーザは一応見送りと言うことで出て行ってしまった。
「お見苦しいところをお見せしましたね」
「こちらこそ……言いすぎてませんかね」
かなり好き放題言ってしまったが、大丈夫なんだろうか。
魔獣と戦うのは苦にはならないがこういうのは全く対応に困るな。
得体が知れないという点ではそれこそ魔族と相対しているような気分になる。
そして、あの去り際の笑みが嫌な感じだ。口ではいいことを言っていたが……何を仕掛けてくるのか。
日を改めて決着を付けてやる、というのならどうとでもなると思うが。
「ありがとう、あの子のために……」
「いえ。自分で決めたことです」
今まで姉さんとの約束を守るため、オードリーとメイのために戦ってきた。
今は自分の意思で誰かのために戦う。まあこれも悪くない
「あの子の魔法は、ヴァーレリアス家の血筋が良くも悪くも強く出てしまった。
強い力を操れるかわりに、魔力を収束するための詠唱が極端に長い……もっといい素質を与えて生んであげたかったけど」
静かにイザベルさんが言った。
「本当は戦いなんて出てほしくはない。でも……あの子には色々と背負わせてしまったわ。止めろと言ってもやめないでしょう」
そう言ってイザベルさんが俺を見上げた。
「あの子の力になってあげて……ライエルさん」
「ええ。それに、俺も娘さんにテレーザに助けられましたからね」
あの時あいつが来なければ。
俺は引退してアルフェリズの
俺もテレーザも確かにそれぞれ欠点を有しているが……多分二人ならそれを補い合える。
そう思う。
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