王都ヴァルメーロ

第57話 王都での二日目

 テレーザに連れていかれたのは、駅から少し歩いたところにある表通りのカフェのような店だった。

 といっても全面が装飾入りのガラス張り、店内は臙脂のじゅうたんが敷き詰められていて、壁には美しいタペストリーが貼られている。

 天井からはこれまたガラス製のシャンデリアが吊り下げられていていかにも豪勢な感じだ。


 冒険者風の皮のジャケットを羽織った姿の俺は露骨に浮いている。

 刀は流石に入り口で預けさせられた。


「なんだこれ?」

「これが今流行の氷菓子シャルヴァートだ」


 目の前には氷の細かい破片を山のように盛りつけた、としか言いようがない謎のものが置かれている。


「で、どうやって食べるんだ?」

「よし、教えてやろう。ここでは私が先輩だからな」


 なにやら自慢げにテレーザが言って、テーブルの中央に並べられた銀の壺を指さす


「そこには花の蜜や蜂蜜、砂糖を混ぜたミルクや果汁が入っている。それをかけて食べるのだ。

あまり欲張って沢山かけるなよ。味が交ざって美味くなくなるぞ」


 そういってテレーザが優雅な仕草で壺の一つを取り上げて香りをかいで氷に掛ける。

 甘い苺の香りが漂った


「私はこれが好きだがな、あまり慣れていないなら蜂蜜かミルクも良いだろう。通はそのバラの蜜だな」


 何が良いんだか分からないので、とりあえず大人しく蜂蜜にしておいた。

 壺を傾けると、とろりとした金色の蜂蜜が氷に絡む。


 細いスプーンで一口掬って食べると、甘い口当たりの後に刺すような氷の冷たさが追いかけてきた。

 アルフェリズで冷たく冷やしたスープは飲んだことが有るがそれともまた違う、何とも不思議な食べ物だな


「これも食べてみるか?」


 テレーザがスプーンを差し出してきた。

 苺の蜜を掛けたのを一口横からもらう。こっちは蜂蜜とは違って酸味と砂糖の甘味が強い。氷が少し溶けて苺の味と冷たい氷が混ざり合っていた。


 個人的には蜂蜜より酸味が効いている分こっちのほうが好きだな。

 テレーザが何か言いたげにこっちを上目遣いで見る


「ああ……こっちのも一口食べるか?」

「……うむ、貰うぞ」


 そう言ってテレーザがひょいと俺のスプーンを取り上げて氷の山を崩して一口食べた。自分のスプーンを使えばいいと思うんだが。

 冷たさが染みたのか、ちょっと体を竦めて満足げに笑った。


「うむ、これもなかなかいい」

「そうだな。俺はそっちの方が好きだ。次はそっちにするよ」


 しかし、確かにこれは面白い菓子だ。

 いずれはオードリーとメイもつれてきてやりたいところだな。



 その日はテレーザは家に戻るってことになって、宿を紹介してくれた。

 冒険者の宿らしいが、アルフェリズより豪華だった。


 翌日。テレーザは今日は夕方より少し前までは用事があるらしい。

 終わったら迎えに来るから、宿で待っていろ、時間は守れよ、と言っていたが。


 しかし、都なんて来たことが殆どないから何があるのか、どこへ行けば楽しめるのかはさっぱりわからない。

 冒険者ギルドは王都にもあるはずだから、そこへ行ってみるのもいいかもしれないな。


 朝食付きなのは風の行方亭と変わらないが、料理は風の行方亭よりおいしい……マスターには申し訳ないんだが。

 焼きたてのパンに野菜スープ。

 干し魚バカラウやタマネギ、香草や芋をふんだんに混ぜ込んだ卵焼きトルティージャにはニンニクのソースが掛かっていた。

 具だくさんで食べ応えがあるな。


 冒険者の宿とは言っても、周りは武装している奴は少ない。

 周りはおそらく前衛の連中が多い感じでこれはアルフェリズと同じだ。

 ただ、護身用のちょっとした装備以外は宿に預けているらしく、宿を出ていくときにケースのようなものにいれた武器を受け取っていた。


 アルフェリズでは冒険者は自分の装備は手元に置くし、ケースになんて入れたりはしないが。

 どことなく上品さが漂っているのも何というか王都って感じだな。 


 食後にお茶を飲んで今日のことを考えていたところで。


「ねえ、あなた」


 突然声が掛かった。



 顔をあげると目の前に立っていたのは女の子だった。

 かなり若いが……多分テレーザよりは少し年上っぽい。


 顎くらいで切りそろえた茶色の髪に同じような茶色の目。

 大きめの目にちょっとふっくらした感じで柔らかい雰囲気の美少女だ。

 ただ、冷徹な感じの目つきと生真面目な表情がテレーザと似た雰囲気を感じさせる。


 ゆったりした薄手のマントと茶色のローブ姿もテレーザに似てるな。

 ただ、冒険者と言う感じじゃない。初めて会った時のテレーザと同じ、学者のような雰囲気を漂わせている。


「なんだい?」


 俺の問いには返事をせずその子が値踏みするように俺を見る。

 

 その子の後ろにはもう一人いた。

 こっちは男だ。多分、年齢は同じくらいだろう。


 短く切った黒に近い濃い茶髪。鋭い目つきに若い顔にはイマイチ似合ってないあごひげ。

 精悍な感じの顔だちだが、顔には眠そうな表情が浮かんでいた。

 

 立ち姿勢はまっすぐで隙が無い。

 武器は持っていないが雰囲気的には戦士か、練成術師のような雰囲気を感じるな。

 円をモチーフにした模様を入れたマントにタイトな革の鎧を着ているが、鎧の隙間から除く手足は鍛えた感じが伝わってきた。

 

 二人共をじっくり観察はしてみたものの、誰だかは分からなかった。

 王都に移籍した冒険者仲間はいるが、少なくともこの二人のことは記憶にない。


「私はカタリーナ。カタリーナ・ネルヴィス・テオドゥシオ。テオドゥシオ家のものよ」

 

 貴族の家の名前なんだろうな、と言うことは分かるが。

 どうだって顔で見られるが、俺には貴族の家のことを言われても分からないぞ。


「俺は……」

「知っているわ。ライエル。あなたの事は聞いている」


 この子はどうやら俺のことを知っているらしいが。


「……悪いが君に見覚えが無いんだが」

「そうでしょうね。それはどうでもいいのよ」


 その子が頷いた。名乗る意味、あったのか?


「持ってまわった言い草は好きじゃないの。単刀直入に言うわよ。あんたがあの子……そう、テレーザの護衛に相応しいか、見分させてもらうわ」

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