第52話 とある誘い。そして冒険は続く

 駅を出て風の行方亭に行くことになった。川沿いの道を歩く。

 広々とした川はいつも通りだ。昼下がりの太陽が温かくて気持ちいい。いい季節だ。


「ところで今回はいつまで居るんだ?」

「風の行方亭のマスターと、ギルドに挨拶に行って……いくつか手続きもあるが、二日ほどだな」


「あわただしいな。さすが主席殿ってことか?」


 主席となれば色々と忙しいだろうし、宮廷魔導士団とやらに加入となれば手続きもいろいろあるだろう。

 突然、テレーザが足を止めた。


「どうした?」


「何を他人事のように言っている。お前も来るのだ」 

「はい?」


「お前は退魔族宮廷魔法師団直属の騎士となってもらう。私の護衛だ」

「なんだと?」


「手紙に書かなかったか?」

「いや、書いてないぞ」


「そうか。それはすまないな。

だがすでに申請は済ませた。正式な叙勲はまだ先だから今日明日と言う話ではないが旅支度はしておけ」

 

 全然悪いと思ってなさそうな口調でテレーザが言う。

 騎士だって?完全に想像の外の話だぞ。


「あまりにも唐突過ぎるだろ」

「その刀を受け取ったのだ、ならば少なくとも当面は私と共に戦うべきだろう……うん、始めからこういうべきだったな」


 テレーザがしてやったりって顔で頷いているが……どこまでも勝手な奴だな。


「堅苦しそうだ、貴族なんて」


 騎士と言えば貴族階級に属する。

 平凡な商人に家に生まれて、恩恵があることが分かって冒険者になった俺にとっては貴族社会なんて全く別世界の話だ。

 想像もつかないぞ。


「……なってもらわねば困るのだ。私とのことをだな……」


 テレーザが何かつぶやいて口ごもった。


「なんだって?」

「なんでもない……安心しろ、すぐに慣れる。オードリーとメイも王都に住まいを用意しよう」

「だがな……」


「良い前衛がいるから魔法使いは詠唱に集中できるのだ。お前がいないと問題があるのは明らかだろうに」

「他にも腕の立つ奴は居るだろ?」


 これは割と本音ではある。 

 王都の騎士団は強い恩恵タレントを持つ精鋭ぞろいだ。


 冒険者ギルドで手に負えない魔獣が現れた時は正騎士が出てきて討伐する。

 一度見たことが有るが、確かに腕の立つ連中だった。


「そういうことでは……」


 テレーザが首を振った。

 一歩テレーザが踏み出してきて、顔が間近に迫る。


「いいか、よく聞け……一度しか言わないぞ」

「ああ」


 普段とは違う上目遣いでテレーザが大きく息を吸った。髪のほんのり甘い香りが川の水の香りと少しまざって香る。

 間近に迫った唇がためらうように震えて、意を決したように結ばれる。


「私のしん……」


 言葉の途中で不意に鐘の音が聞こえた。

 角を曲がってきたトラムがゴトゴトと横を通って行く。レールと車輪のきしむ音が横をすり抜けていった。

 二人でそれを見送る。


「よく聞こえなかった……悪いが、もう一度頼む」


 テレーザが何か言いかけて、頬を真っ赤に染めて俯いた。


「一度しか言わないと言ったはずだ。二度は無い。行くぞ」


 テレーザがぷいっと向き直った。そのまま風の行方亭の方に歩いていく。

 

 ……なかなかいいものが見れた。

 路面汽車トラムが来たのは完全に偶然だが。


 実を言うと大体は聞き取れた。

 だからもう一度言ってくれというのは細やかな嫌がらせではある。

 まあでも散々振り回され、今後もそうなりそうなんだからこのくらいは構わないだろう。


「風司の93番【思いを運ぶ言の葉、その欠片をしばし此処に留め置け】」


『私の信じる護衛エスコートは世界で貴方だけだから……ずっと傍に居てね』


 これにて完結。

 読んで下さった方に百万の感謝を。感想とか頂けると嬉しいです。

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