第42話 戦いの後

 筒の中の黒い水しぶきがばしゃりと砂浜に落ちた。魔法陣が消えていく。

 砂地の上に広がっていた黒い波も引いていった。


「倒したのか?」


 声をかけたがテレーザからの返事は帰ってこなかった。

 二人で息を殺して見守る。


 また立ち上がるんじゃないのかと思ったが……そんなことは無かった。

 水が引いた後には濁った海の様なライフコアが残される。

 砂時計が一度ひっくり返る程の時間の間を置いてようやく気が抜けた。


 流石に死んだらしい。

 ため息をついたところで、テレーザが突然ぐらりと姿勢を崩した。

 そのまま砂浜に倒れ込む。


「大丈夫か」

「魔力を使い切った」


 テレーザが地面に倒れ込んだまま言う。

 どういう状態かは経験があるから俺も何となくわかるな。俺も風をほぼ使いっぱなしだったからかなり疲労感はある。

 浄化の風も雷撃ほどではないにせよ、それなりに魔力を食うしな。


「おぶってやろうか?」

「……必要ない」


 テレーザが顔をそむける


「しばらく休めば大丈夫だ。それに」


 テレーザが何やら満足げに笑った。砂浜に転がるライフコアを見る。


「これほどの相手だ。討伐評価は相当高いに違いない。偶然とはいえいい相手と会えた」

「この状況でそれを言えるのは大したもんだ、あきれるね」


 こんな軽口を叩けるのも勝ったからではあるんだが。

 ただ、討伐評価についてはまさにその通りで、これほどの魔族の評価点はどれほどになるのか見当もつかない。


 そこそこ長いこと戦って、いろんな魔獣との戦闘経験もある。

 修羅場をくぐったことも何度もあるが、今まで戦ったすべての魔獣の中で圧倒的に最強の相手だった。

 バフォメットもかなりの者だったが、あれより下ってことは無いだろう。



 ローブから広がっていた黒い水は消えたが、周りを覆う薄暗い靄はわだかまったままで、まだ消える気配はない。

 元はあいつが作った靄なんだろうが、こっちは倒せば消えるってもんでもないらしいな。

 ただ、流石に靄に触れてもさっきみたいに傷口が腐ったりはしないが。


治癒薬ポーションあるか?」

「ああ」


 テレーザが腰のポーチから出してくれた瓶の封を切って治癒薬ポーションを飲む。

 刃物のような水で傷つけられた痛みが引いていってようやく一息つけた。


 周りを見回すが、靄はまだ濃いままだ。視界が悪いのはあまりいい気分じゃないな。

 周りに何か居る気配はないが、また何か飛び出してきそうで得体のしれない恐怖感がある。


 もう一体なにかが出てこないことを祈ろう。

 何か出てきたらテレーザを抱えて逃げるしかない。

 あのスケルトンの群れはどうなったんだろうか。生み出した奴が死んだから消えていればいいんだが。

 

 雨もいつの間にか小降りになってきていたがまだ降っている。

 この雨もあいつが呼んだ雨雲なんだろうか。


「大丈夫か?」


 着ていたマントを羽織らせてやる。


「ああ。もう少し休ませてくれ」

 

 テレーザがマントの襟を合わせながら、疲れた表情で言った。


 魔力を回復する治癒薬ポーションがあれば話が早いんだが、サーグレア近辺の戦いで使い切ってしまった。

 アルフェリズに帰ってから補充するつもりだったんだが。

 まさか路面汽車の線路近くでこんなのと戦うなんて想定外だったな。


 暫くその場にいたら、遠くから馬のひづめの音が聞こえてきた。

 アルフェリズからの援軍か、それともたまたま近くに誰かいたのか。


 まあ倒してしまったからいいが、運んでもらえるのはありがたい

 音の方を見ていると、靄の中に三人分の人影が現れた



 「すまない!こっちだ」


 声を掛けると、馬が止まった。馬から降りる気配がして足音が近づいてくる。

 すこしづつ薄らいできた靄を切り裂くように三人の冒険者が姿を現した。さっきの奴らじゃないな。


 マントと雨除けのフードを被った三人がこっちに歩いてくる。大剣とウォーハンマーを持つ二人の戦士と魔法使い風の男。  


「魔獣は何とか倒せたよ」


 そう言ったところで、三人が足を止めた。


「よかったら、治癒薬ポーションを……」


 言う途中でそいつがフードを脱ぐ。茶色の長めの髪がふわりとフードの下から流れる。

 テレーザが息をのんだ。


「信じられないですね……まさかここで貴方たちと会うとは」


 フードの下から現れたその顔は……まさかのローランだった。


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