第6話 男の娘って30代でもありですか?

 「あ、まこPさんお久しぶりです。」

 声をかけてきたのは昨年真人を西4階に連れていった張本人五木さんである。

 身長は真人より5cm以上高く羨ましいと思っている。

 本名は天草さんという。なお既婚者である。


 基本的に、ネットや会場で知り合いになった人との関係は、大抵がハンドルネームやペンネームなので本名なんて聞くのはご法度である。

 万一結婚することがあれば友人席に…くらいは考えているが、その時付き合いがあれば考えれば良いだけの事。

 なぜ五木さんの事を知っているかといえば、実は家まで送ってもらった事があり、その際自宅によってから送ってもらったりした経緯があるためである。


 真人のHNであるまこPというのは、本名以外で何か活動しようとした時にぱっと思いついた名前だ。

 安直だとは思うが、センスがないのは仕方がない。

 高校時代からネットではそう名乗っていたのだから。


 「他のメンバーも集まってるんで早速登録して着替えましょう。」

 彼に着いて行き、初めての作業であるコスプレ登録を済ませにいく。

 更衣室に入ると、そこは既に着替えて者、メイクしている者、荷を整理している者達で溢れていた。

 幸い今回のメンバー達が集まっている付近に、若干のスペースがあるためご一緒させてもらう事にした。


 自宅で練習はしていても人生初メイクである、緊張もするし不安もある。

 「どうもこんにちは。」

 「ちわー。」

 「こんにちは。」

 彼らとも何度もイベントで会っているため、初対面ではない。


 「いやーまさか自分がこっちの世界に足を踏み入れるなんてね。」

 「我々も最初はそうですよ、きっかけはふとした拍子で……今ではどっぷり浸かってますけどね。」

 旅行鞄に詰め込んでいた荷物を開け、着替え始める。

 「お、まこPさん良い身体してますね、ウホッ」

 「ちょ、俺そっちの気はないですよ。」

 「ネタですってば。まぁ、その筋肉を見れば何かやってたのかなーって気になっちゃって。」

 「子供の頃野球やってて、社会人になってからはたまにおっさん連中と地域の野球やってますからね、最低限軽めの運動を続けてるだけです。」


 さっさと着替えていく。

 ちなみに腕と足の毛は剃ってきた。数時間経つがまだ生えてきてはいない。

 もちろん髭も出発前に念入りに剃ってきた。

 身だしなみは大事だと五木さんに言われたのだ。


 着替えは然程ではない。

 問題はメイクだ。

 コンシーラーって何?下地って何?髭ってどうやって目立たないようにするの?

 誘われた当初はわからなかったが、今ではとりあえず一人で出来るようにはなっている。


 巧いかどうかはわからないけど…

 いや、アイメイクって大変なんだよ。

 今までコンタクトすら入れたことない人間に睫毛やアイラインは恐怖だよ。

 多少は慣れてはきたけどなと真人はメイクをしながら感じていた。


 コスプレの世界を教えてくれた五木さんともう一人には感謝だ。

 四苦八苦しながらどうにかメイクを終えた俺は、先に終わって待っててくれた3人に声をかけた。

 「あ、お待たせしました。待っていてくれてありがとうございます。」

 「いえいえ、初めてですし充分だと思いますよ。ってか可愛い。」

 男の五木さんに可愛い言われても…


 「あ、いやマジで可愛い。本当に初めて?」

 更衣室で最初に挨拶を返してくれた白米(はくべえ)さんが言った。

 実家が新潟の米農家で、親戚が奈良の智〇学園と和歌山の智〇学園に通ってる事もあり、好きなお笑い芸人のネタの一つにされているキャラの名前から取ったそうだ。

 よく白米(はくまい)さんと勘違いされるので名刺にはルビが振ってある。


 「初めてですよ、もっとも事前に何度か五木さんたちに色々教えてもらいましたけど。」

 うん、あれはスパルタともいうなと五木は内心思っている。


 「リアル男の娘キター」

 いや、お前は黙れ。寧ろお前が男の娘だろ、というツッコミを抑えた。

 っとと、彼は先程ウホッと言っていたみゅいみゅいさん。

 噛みそうなCN(コスプレネーム)であるが、どうも彼は紅○族に生まれたらこう名付けてもらいたいからと付けたらしい。

 彼は普段から女の子の恰好をしており、身体も細く股間にも細工をしており、声も中性的なので、ギリギリまで男性だとわからない。

 それ故に男の娘はお前だろというツッコミをしたくなるのは仕方がないのである。


 ここまでの流れで若干推測出来ただろうけれど……

 真人は初コスプレでいきなり女装である。

 周りの仲間は体型とか気にしなくていいよーと言いながらも、メイクや衣装の着こなし等の見た目に関しては結構厳しい。

 特に今はここにいないもう一人が鬼・悪魔である。


 五木さん達との付き合いも7年くらいになるし、会社の人間より付き合いが長かったり深かったりもする。

 歳も大して変わらない。

 真人が最年長ではない事だけは確実である。


 不要な荷物をクロークに預け、入り口に向かうと例のもう一人が待っていた。

 「あ、こっちこっち。ってうわっ可愛い。男の娘が4人もいる。」

 いきなり可愛いと言って来た彼女は真理恵さん。

 もちろん本名ではない。


 件の五木さんの嫁さんである。

 そのためお互いたまに本名の下の名で呼んでいる時があるが、真人達は特に気にしていない。

 このバカ夫婦め、いちゃいちゃするなら家でやれ、ごちそうさまーという感じになることはあるが。

 そういったところも含めてこの5人は今では仲のいい悪友といった感じだ。


 「そうだとしたら貴女のスパルタメイク術のおかげですよ。」

 「え、やっぱりまこPさんも彼女の地獄の修行の……」

 「は?あんなのまだ三途の川の手前よ、地獄がお望みなら今日アフターでもする?もちろん叙○苑で高額なものしか頼まないけど。」


 「あ、いえ。なんでもないです。真理恵さんのおかげで全員可愛くなれました。」

 「うむ、よろしい。ってまこPさん、本当に初めてにしては文句の付けどころがないわね。」

 彼女は上から下まで舐めるようにエロい目で真人をを見てくる。

 一応あんたの旦那が隣にいるんだが良いのか?という言葉を飲み込んで。


 「そんなにです?実際フルでコスプレしたのを見せるのは初めてなんですが。」

 衣装は冬制服のためあまり筋肉とかも露出していない。

 足はストッキングで多少かくれているし、露出している手はさすがにどうしようもないが。

 身だしなみのためムダ毛は処理してきている。


 元々そんなに濃いわけではないのが救いだった。これで剛毛だったら処理が大変となる。

 「さすが旦那が誘うだけの素材は持っていたという事だね。」

 それ、褒めてる?確かに童顔と言われないこともないけど、そんなにイケてはないと思う。


 イケてたら結婚はともかく彼女くらいいても良いしな。

 もっとも真人には目の前の真理恵さんと家族以外の異性に対しては苦手意識がある。

 昨年撮影させてもらったレイヤーの女性が久しぶりに苦手意識が発動しなかった女性でもあった。



 「ここで立ち話も周りに迷惑ですし広場に行きましょう。」




 「うわっ相変わらずすごい人の量。やっぱり昼時間は混んでるね。」

 このメンバーは約7年の付き合いであるが、じきに五木さんと真理恵さんは結婚した。

 その頃はイベントで会ったらアフター一緒に行くとか、互いにファンネル(目当ての場所にそれぞれ散って必要部数買いに行ってもらう事。)しあうとか当時はそういった関係だったため、結婚式には呼ばれていない。


 正確には口頭では参加の可否を聞かれたが、その他女性が苦手であるため参加を見送らせてもらっていた。

 その代わり別でお祝いはさせてもらっている。


 もしこの時結婚式に参加していたら、また違った物語が生まれているのだだろうけれど、将来世間が狭いなんて思うことなど誰も予想できない。


 2人の結婚を期に今の5人組になったようなものだ。

 ちなみに彼女は腐ってる。

 真人達は雑誌に出るようなイケメンではないが、見た目は普通な男子4人である。

 いや、男の娘なみゅみゅいさんは可愛いが当てはまるが。

 誰と誰でフフフ……と言ってるのをたまに聞く。

 その場合の妄想では大抵旦那は受けであるみたいだがそんな情報いらねぇ。


 多分家でも受けなんだろう。詳しくは聞いたことはないけど。

 プライベートを深堀するのはよろしくない行為である。

 一回年齢を聞いた勇者がいたけど、あの時の目と声はベジ○タでさえ逃げ出しただろう。

 きっと彼女が五木家を回してるに違いなかった。


 ま、乙女の秘密に触れなければ可愛い人妻なんだけど。

 補足しておくと、計算の結果現在30にはまだなっていないということだけは間違いない。


 そこそこのスペースを見つけたので五木さんが三脚をとデジカメをセットする。

 せっかくの合わせなのだから個人撮りだけでなく、全員で再現というかロケーションしたいのは当然である。

 真人は小荷物であるザ・カップならぬスーパー○ップ超バニラとストールと用意した。

 真人達は10年ちょい前に流行ったえっちなゲームであるKa○on合わせをしている。

 小荷物でわかる通り真人は美○栞のコスプレをしている。

 どんなキャラかは検索して欲しい。


 全員のカメラで一通り撮影が終わると、唐突に言われた事がある。

 「そういやまこPさん、CNにまこって入ってるんだから真○やればよかったのに。」

 本名が真人(まこと)だから○琴をやると複雑なんだよとは言えず。


 「言われてみればそうなんですけど、栞が一番好きなんで。そういう事言う人、機雷Death」

 本来は誤字なのであるが、この場合は意図して変換している。

 余計な事聞くな、ヤっちまうぞゴルァという意味を含めているためだ。

 ちなみに彼女が作中で言う本当のセリフは「そういう○言う人、嫌いです。」

 何かに触れませんよね?


 実際栞スキーなのだから仕方がない。

 好きな理由?好きに理由が必要なのか?特に二次元に於いて。

 二次元は裏切らない、子供は作れないけど。

 というのが大抵のヲタクの持論である……はず。


 「変な言い方させてもらうなら、真理恵さんが香里で五木さんが栞ってのも面白かったでしょうね。」

 まぁ面白いには面白いだろうけど……

 ある意味普段通りじゃなかろうかと邪推してしまう。


 それからは身内で色々撮影していくが割愛する。

 何故ならば、真理恵さんがスカート捲ろうとしたり過度な密着写真撮ろうとするため、とてもではないが放送出来るか出来ないかのギリギリを責めてくる。

 外で誰に見られてるかわからないし、人妻だし、撮影会だから5人とも妙な気は起こさないのはわかってるけど……


 真人は30歳童貞魔法使いにはそれでも荷が重すぎると感じた。

 こういう時スタッフさん近くにいないし。

 これは……スタジオ借りて撮影会やったら間違いなく捲られてたなと実感する。一応縞パン穿いてるけれど。

 

 落ち着いて周囲を見ていると結構原作に忠実な人と好き勝手やってる人といるんだなってのが分かる。


 そんな時ジョ○ョ立ち決めてる承○郎レイヤーさんを発見した。

 超そっくり。もはやあなたが承○郎では?

 周囲に交じって自分も撮影させてもらった。

 ちょっとほくほくな真人であった。


 広場を回っていくとついに目当てのレイヤーさんを発見した。

 これだけ広い会場でよく見つけられたよと感動した。

 となりのT〇Tにいる可能性もあったのにである。


 彼女は水色のウィッグに某制服。

 うん、あの表情はやかまたんの方だなと瞬時に見分けた。

 表情でやか○進藤とおとな○藤を見分けられる俺もかなりどうかしてる。


 彼女はねこ○こソフトから発売されたみず○ろというゲームに登場した進藤さ○きのコスプレをしていた。

 ちなみに昨年はおとなしい方の進藤む○きのコスプレをしていた。

 ぱっと見て見分けるコツはない。キャラに対する愛としか言えない。

 しいて言えば活発そうに見えるか大人しそうに見えるか。


 そもそもコスプレしてるのに中の人、昨年偶然出会った人と同じ人物だとわかるほうがある意味愛だと思うが…

 「すいませーん、撮影良いですかー?」

 早速声をかけた。

 「あ、はい。どょぶじょ」

 あ、噛んだ。

 彼女は振り返りながら返事をしたのだが、顔がこちらを向いた時に何かに驚いたかのように言葉を噛んだ。

 別に女装レイヤーが珍しいわけでもなんだろうし、なんだろうと思ったが気にしない事にした。


 彼女はしどろもどろしながらポーズをとってくれる。

 「ではいきまーす。さーん、にー、いち。」

 何枚か撮影させてもらい挨拶に行く。

 「ありがとうございました。今日はやかましい方ですよね。」

 「あ、はい。」

 彼女は少し下を向きながら答えた。


 顔になんかついてるのかな?つけ睫毛はついてるけど。

 まさかつけ睫毛が外れかかってるとか?

 それに今はなぜかおとなしい方になってるような?

 真人は急に色々不安になってきていた。


 「あ、あの、私も撮影良いですか?」

 彼女は何か吹っ切れたかのように言ってきた。

 不安は吹き飛び、断る理由もなかったので快諾した。


 撮影後、せっかく撮影しあったのだからと名刺を渡した。

 「あ、これ良かったら。今日がデビューなんですけど、知り合いに名刺交換するのも一つのマナーだと言われたんで。」

 今日何枚か交換しているが、自分から声をかけたのは初めてだった。


 最初に撮影した写真の中から真理恵さんが速攻で名刺を作成印刷してくれていたのだ。

 通りで荷物多いはずだよ。持ってたのは旦那である五木さんだろうけど。


 「さっき撮影した中から友人がさくっと作成していくつか印刷してくれたんです。」

 そこには先程個人撮影した写真と、CNの入った名刺が差し出されていた。

 彼女は受け取ると自分の荷物の中からいくつかの名刺を出してきた。


 「この中からお好きなのをどうぞ。」

 やはり少し伏し目がちであるが、深くは気にしない。

 数種類の中から昨年もらったものとは違う名刺を1枚もらった。


 「今日始めたばかりですが、今後も続けると思うのでまた会ったら撮影させてください。」

 「あ、そそそ、そうですね、その時はよろしくお願います。」

 返事を聞くと右手を軽く上げてその場を去った。


 「うーん、なんか似たようなやり取りを最近したような?」

 考えても出てこなかったため、真人はメンバーの元に戻っていった。





 「お目当てのレイヤーさんに会えたのですか?」

 戻るのが遅かったからか、白米さんが尋ねてきた。


 「そうですね。昨年ここに来た時に良いなって思ったレイヤーさんには会えました。」


 それからしばらく雑談と撮影回りを続けた。

 ただ、自分がこのレイヤーさんですと名刺を見せた時、真理恵さんが複雑な表情をしていたのを見逃さなかった。

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