第12話 お泊りへのお誘い
さて、時が過ぎること四月の下旬。
その日の日曜日も由弦と愛理沙は仲良く、ゲームをしていた。
「また勝ちました」
「むむむ……」
そしていつもの通り、由弦はゲームで敗北した。
由弦は格闘ゲームが下手で、一方で愛理沙は格闘ゲームの才能があった。
ゲームに触れる機会は由弦の方が多かったはずだが……
一週間に一度。
対戦するたびに愛理沙は上達し、最近ではめっきり由弦が勝てることはなくなった。
(……まあ、楽しそうだし良いけれど)
嬉しそうに微笑む愛理沙の表情を見て、由弦は思わず口角を上げた。
幸いにも由弦は敗北したとしても、ゲームはゲームとして素直に楽しめる質だ。
それに加えて婚約者が楽しんでいるのであれば、由弦としては不満はない。
そもそもだがゲームと言っても、対戦格闘ゲームだけが全てではない。
戦略シミュレーションのようなゲームは由弦もそこそこ得意で、愛理沙には幾度も勝っている。
また協力プレイのようなゲームでは婚約者同士ならではのコンビネーションを……というほどではないが、仲良く楽しく遊べている。
「どうしましたか?」
さて、由弦が愛理沙の顔を眺めていると……
きょとん、と不思議そうに彼女は首を傾げた。
美しい亜麻色の髪が僅かに揺れ、そして翡翠色の瞳がこちらをじっと見つめてくる。
相変わらず素晴らしい美貌だなと由弦は惚れ惚れした。
「いや……相変わらず可愛いなと」
「ありがとうございます」
「……否定したりはしないのか」
「違うんですか?」
そう言って愛理沙は由弦との距離を詰めた。
顔を近づけられ……思わず由弦は目を逸らした。
「い、いや……違わない」
「それは良かったです」
にこり、と愛理沙は微笑んだ。
愛理沙の知り合って一年ほど経つが、随分と人は変わるものだと由弦は感心した。
「……それで本当のところは?」
「いや、ゲームばかりさせて少し悪いなと思って」
愛理沙を可愛いと思っていたことも本当だが、それだけではなかった。
せっかく婚約者同士になったというのに、デートらしいデートを、お花見以来させてあげられていないことを由弦は少し気に病んでいた。
勿論、由弦としても遊園地や映画館など、恋人らしいところに彼女を連れて行きたい。
が、しかし……
「別に私は楽しいですし、お気になさらず。……お財布事情も厳しいのでしょう?」
そう、由弦は金欠状態だった。
理由は明白。
クリスマスとホワイトデーで使い果たしてしまったからである。
また愛理沙と過ごす時間を考えると、むやみにバイトの時間を増やすというわけにもいかない。
愛理沙とデートしたいがための愛理沙との時間を減らすなど、本末転倒である。
「ま、まあ、そうなんだけれど……」
とはいえ、由弦としてはそこを婚約者に気を使われるのは、少々男として屈辱的だった。
しかし無いものはないのだ。
……親に泣きつけば軍資金としていくらかお金をくれるかもしれないが、それはプライドが許さなかった。
「正直なところ、私の方が少し申し訳ないと、思っています」
一方で愛理沙は少し思いつめた表情で、自分の手に触れた。
そこには以前、由弦が愛理沙に上げたエンゲージリングが光っている。
「この指輪に相応しいだけのことを、私は由弦さんにできたかなって……」
「……」
当然のことだが、由弦は“相応しい”と思ったからこそ、指輪をプレゼントしたのだ。
君を必ず幸せにするから、自分のお嫁さんになってくれ。
そんな思いを形にしたつもりでいる。
と、そんな励ましの言葉を口にしようとした由弦だが……
「由弦さん!」
「は、はい。何でしょうか!」
「……どうして急に敬語を?」
「いや、君が急に大きな声を出すから……」
由弦がそう答えると、愛理沙は誤魔化すようにごほんと小さく咳払いをした。
「私、由弦さんに相応しい女性になりたいと思います」
「そ、そう……か?」
てっきり、いつものネガティブな思考回路に嵌ってしまっているのではないかと由弦は思い込んでいたが、前向きな、ポジティブな気持ちの様子だった。
勿論、由弦としては愛理沙は十分自分の支えになってくれているし、弁当を作ってもらったりと世話も焼いてもらっているので、貸し借りのようなものはないと考えている。
だから気負い過ぎなくても良いよ、とそう言ってあげたいが……
しかしせっかく前向きな気持ちになっているのを、無理に挫くわけにもいかない。
「それで何ですけれど……将来の進路とかって、どうでしょうか? こういう資格があると助かる、とかありますか?」
「むむ……いや、それは君がやりたいことを……」
「正直、特に就きたい職業もないので。どうせなら由弦さんのお役に立ちたいです。その方が勉強も捗ります」
高校二年生の段階で将来の夢や進路まで決めている者は決して多くはないだろう。
そもそも大学に進学してから、変わる者だっているのだから。
「そうだなぁ……実は俺も親父に似たようなことを聞いたことがあるんだが」
高瀬川家次期当主として。
どの学部に進むのが適切か? と、そんな質問を由弦も自分の父親にした。
その答えは……
「必要なことはこっちで全部教えるから、大学では好きなことを勉強しなさいと。そう言われたな」
「……弁護士とか、そういう資格が役に立ったりはしないんですか?」
「俺も親父に似たようなことを言ったんだが……『君は雇う側だろう?』と」
「あぁ……それは、そうですね」
由弦の父や祖父は、非常に優秀なお抱えの弁護士を雇っている。
由弦や愛理沙がなる必要は全くないし、役にも立たないだろう。
「強いて言えば、名門と言われる大学に入ってくれると箔が付くから嬉しい……と言われた」
「箔……ですか」
「ああ。箔はあるに越したことはない。なくても良いけど。……とのことだな」
もっとも、これは「由弦の人生に於いては」と但し書きがつく。
だから愛理沙やそれ以外の人に当てはまるかは全く別の話だ。
「じゃあ……取り敢えず、高学歴を目指します」
少し拍子抜けした表情で愛理沙は言った。
どうやら期待には添えられなかったようだ。
「しかし……役に立つこと、か」
愛理沙との関係で、役に立つ立たないを由弦は考えたことはない。
強いて言えば一緒にいてくれるだけで、遊んでくれるだけで、触れ合えるだけで、料理を振る舞ってくれるだけで、役に立っていると言える。
そう、一緒にいられるだけでいい。
「由弦さん?」
「……あのさ、そろそろゴールデンウィークだろう?」
「はい。広義の婚約、一周年ですね」
「……君と俺の婚約記念日は何日に定義するべきかという話は、後にしよう」
若干、話が逸れそうになるのを軌道修正しつつ。
由弦は本題に入る。
「これは君が嫌でなければ、だけど」
「はい」
「……ここでお泊り会、というのはどうだろうか?」
連休中ならわざわざ制服を持ってくる必要もない。
普段は絶対にできない、夜更かしして遊ぶ……なんてこともできる。
「どうだろうか? ……愛理沙?」
何故か、押し黙ってしまった愛理沙の顔を由弦は覗き込んだ。
愛理沙はどこか惚けた表情を浮かべていて、その白い肌は仄かに赤らんでいた。
由弦に呼びかけられた愛理沙は視線を右往左往させ、片手で体を抱いている。
由弦は慌てて、弁明するように言い繕った。
「い、いや……その、勿論……ベッドは別だ。安心してくれ」
由弦の言葉に愛理沙は増々、顔を赤くさせた。
「あ、当たり前です! な、何を考えているんですか!!」
バシッ!
と、愛理沙は片手で由弦の体を軽く叩く。
そんな愛理沙に由弦は再度尋ねる。
「……それで、どうかな?」
「……」
愛理沙は僅かに視線を逸らした。
そして小さく頷いた。
「……いいですよ」
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愛理沙ちゃんの不安度:10%→15%
年頃の男女がお泊り
何も起こらないはずがなく……
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