第5話 婚約者との新学期

 さて、それからしばらくして。

 春休みが空けた最初の登校日。


「おはようございます、由弦さん」

「おはよう、愛理沙」


 由弦の住むマンションまで愛理沙が迎えに来てくれた。

 

「由弦さん……少し日に焼けましたね」


 旅行から帰って来た後、由弦と愛理沙が顔を合わせたのは、これが初めてだ。

 由弦は自身が写っている写真を何枚か愛理沙に送ったが、やはり写真と実物では少し見え方が違うようだ。


「まあ……南国だったからね」


 もっとも日に焼けたと言っても僅かに変化に気付く程度。

 真っ黒に焼けてきたというわけではない。


「その手に持っている者は、もしかして……」

「ああ、お土産だよ。学校についてから配ろうと思っててね。君にもあとであげるよ」


 そう言って由弦は手に持っていた紙袋を軽く上げた。

 ニューカレドニア土産だ。

 尚、“高瀬川家”としての土産は全て郵送で日頃から“お世話”になっている方々へ送ることになっている。

 由弦が持っているのは亜夜香たちへの、由弦からの個人的な土産だ。


 それはそうと……

 由弦は改めて愛理沙に対し、微笑みかけた。


「君に会えてうれしいよ。ずっと恋しかった」


 由弦がそう言うと愛理沙は僅かに頬を紅潮させ、軽く由弦の胸を叩いた。


「もう、やめてくださいよ!」

「……君は違うのか?」


 恥ずかしがる愛理沙に対し、由弦はそう尋ねた。

 すると愛理沙は僅かに目を伏せて答える。


「それは……ま、まあ……」


 そして曖昧に言葉を濁す。

 そんな愛理沙に対して由弦は大きく両手を広げた。


「抱きしめて、良いかな?」


 すると愛理沙はその翡翠色の瞳を何度か、パチクリさせた。

 そして白い肌を薔薇色に染めた。


 それからチラチラと周囲の様子を伺い、誰もいないことを確認すると……


「由弦さん……」


 由弦の胸に飛び込んだ。

 そんな婚約者を由弦は両手で強く抱きしめる。


 美しい亜麻色の髪が由弦の鼻先を僅かに擽る。

 ほんのりとシャンプーの香りが漂って来た。


 婚約者の体はとても柔らかく、熱かった。


「……寂しかったです」

「すまなかった」


 こうして二人は僅か数週間、顔を合わせていなかった程度のことにも関わらず、まるで数十年間離れ離れであったかのような再会を果たしたのだった。




 

「今日から二年生ですね」

「そうだね」


 そんな他愛もない会話をしながら。

 二人は手を繋いで登校していた。


「クラス、一緒になれると良いですね」

「そうか……そう言えばクラス替えがあったね」


 愛理沙に言われて由弦はふと気付く。

 二年生になるとクラスが一新されるのだ。

 そうなると由弦と愛理沙は違うクラスになってしまう可能性が高まる。


「忘れてたんですか?」

「いや、まあ……あまり意識してなかったというのが正解かな? 少し緊張してきたよ」


 もっとも、違うクラスになったからといって生き別れになるというわけでもない。

 そもそも授業時間中に話せるわけでもないし……

 休み時間に会話をする分なら、クラスが同じだろうと違っていようとあまり関係ない。


「お正月にしたお祈り……効果があれば、きっと同じクラスですよ」

「……そうだね。二人分だしな」


 今年も二人、一緒にいられますように。

 と、そんな願いを神社でお祈りしてきたことを二人は思い出した。


 

 さて、そうこうしているうちに学校に到着した。


 由弦と愛理沙は下駄箱近くで配布されている紙を受け取る。

 そこには今年のクラス分けに関する詳細が書かれていた。


 結果は……


「あ、同じだね」

「同じですね」


 同じクラスだった。

 ホッと、由弦と愛理沙は胸を撫で下ろした。


「……亜夜香さんと千春さん、天香さんも同じですね」

「宗一郎と聖も同じクラスか……」


 親しい友人たちの名前を探して、気付く。

 みんな同じクラスだったので。


「……偶然ですかね?」

「どうかな? 偶然……だとは思うが」


 とはいえ、絶対に偶然とは言い切れない部分がないわけではない。

 由弦たちの通っている高校は私立。

 そして高瀬川と橘、上西、佐竹は相当額の寄付をしていた。


 このようなどうでも良いことに圧力を掛けるとは思えないが、運営者側が何らかの忖度をした可能性も……


(いや、さすがにないか……)


 そもそも高瀬川や橘からの寄付金だけで学校が運営されているわけではない。

 一般生徒も大切な“お客様”なわけで……


 由弦を特別扱いする理由はないだろう。

 というわけで恐らくは偶然である。


 もっとも……親しい友人同士を同じクラスに割り振ってあげよう。

 という意味での教師たちの意志が働いた可能性は十分にあるが。


「まあ、何だって良いじゃないか。行こう、愛理沙」

「そうですね」


 二人は歩き始めた。

 ……さすがに校内だったので手を繋ぐのは自重した。



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