第25話 甘くて苦い

「おはよう、愛理沙」

「おはようございます。由弦さん」


 その日も愛理沙は由弦の自宅まで、弁当を届けに来てくれた。

 由弦はありがたく、保温性の弁当箱を受け取り、そして綺麗に洗った弁当箱を返却する。


「今回も美味しかったよ。……いつもありがとう」

「いえ、私も由弦さんに食べて頂いて、とても嬉しく思っています」


 それはいつもと同じやり取りだった。

 普段ならばここで一度、由弦と愛理沙は別れる。

 愛理沙が一足先に学校へ行き、そして身支度を済ませた由弦がその後に登校する。


 というのがいつもの流れだ。

 しかし……今日はお互い、何となくいつもと違う気がした。


 由弦は少しだけそわそわしていたし、愛理沙もまたそわそわとしている様子だ。


 理由は……明白だ。

 今日がバレンタインだからだ。


「……その、由弦さん」


 愛理沙の白い肌は仄かに赤く染まっていた。

 その声は緊張で震えている。


 由弦もまた心臓がドキドキと高鳴るのを感じた。


「そ、その……」

「……愛理沙?」

「や、やっぱり、な、何でもないです!」


 愛理沙はそう言うと逃げるように走り去ってしまった。

 由弦は思わず、ポカンと口を開ける。


「……え?」


 普通、そこでヘタれるだろうか?

 由弦は自分のことを棚に上げて首を傾げた。






 さて、それから由弦は少しモヤモヤとした気分のまま登校した。

 学校に着くと……やはり少しだけいつもと雰囲気が異なるように感じた。


 もっとも、そこには明確な温度差があった。

 男子で言えば幸せそうな者もいれば、妙にソワソワしている者もいるし、負の感情を撒き散らしている者、そして特に普段と変わりなさそうな者もいる。


 一方、女子の方は全体的にキャッキャとしているように感じた。

 女子は同性同士でチョコを交換するので、好きな人がいようといなかろうと、盛り上がるのだろう。


(下駄箱にチョコレートとか、入ってたりしないかな?)


 直接渡すのが恥ずかしいから、下駄箱に入れる。

 愛理沙なら十分にあり得る。


 と、そんな期待を込めて開けると……上履きが入っているだけだった。


「はぁ……」

「ゆーづるん!」

「ぎゃぁ!」


 突如、背中を何者かに叩かれた由弦は悲鳴を上げた。

 何者か、と言ってもこのようなことをする人物は限られる。


「あ、亜夜香ちゃん……痛い」

「あ、ごめん。強く叩き過ぎた」


 あまり反省して無さそうな表情で亜夜香はニヤニヤと笑いながら言った。

 そんな彼女の後ろにはもう一人の幼馴染。


「おはようございます、由弦さん」

「ああ、おはよう。千春ちゃん……」


 二人は普段から一緒に登校してきているというわけではないので、たまたま一緒になったのだろう。

 そしてそのままのテンションで由弦にアタックを仕掛けてきたのだろう。

 良くも悪くも幼馴染の行動原理は由弦はよく分っていた。


「ゆづるん、愛理沙ちゃんからは貰えた?」


 ニヤニヤと笑いながら亜夜香は言った。

 続いて千春もまた、揶揄いを含んだ笑みを浮かべる。


「みんなで、亜夜香さんと愛理沙さんと、それから天香さんと一緒に作ったんですよ?」


 二人は早朝に由弦が愛理沙から弁当を貰っていることを知っている。

 その時にチョコレートを受け取ったと、考えているのだろう。

 由弦も二人の立場ならそう考える。


「いや……貰えてなくてね」

「え、そうなの?」

「愛理沙さん……肝心なところでヘタレですね」


 亜夜香と千春は呆れ顔を浮かべた。

 とはいえ、二人の話によればちゃんと愛理沙はチョコレートを用意してくれていたようなので、それだけは安心だ。


(「す、すみません……実は忘れてました!」って言おうとしてたとしたら、ちょっとショック……というか、計画に支障を来すからな)


 由弦はホッと息をつく。

 もっとも、まだチョコレートが貰えると確定したわけではない。

 愛理沙がこのまま渡す機会を逃してしまう可能性も十分にあるからだ。


「あ、そうだ。はい、これ。ゆづるん」

「どうぞ、由弦さん」

「これはどうも」


 可愛らしくラッピングされたチョコレートを二人から受け取る。

 勿論、義理チョコだ。


「お返しは三倍ね」

「勿論、原材料費だけではなく、手間や私たちからの愛も含めてくださいね」

「ああ、分かった。ホワイトデーにはそれなりのものを……と言いたいところなんだけれどね……」


 由弦はそう言って頭を掻いた。

 少々、情けない話なのであまり言いたいことではないが……


「ちょっと、金欠だから……まあ、その、足りない分は気持ちで埋める形で良いかな?」

「あれ? ゆづるん、バイトで結構稼いでるって聞いたけど?」

「何か、買ったんですか?」

「正確にはこれからだけど。愛理沙に――を買おうと思っているんだ」


 由弦がそう言うと、亜夜香と千春は大きく目を見開いた。

 

「ああ、愛理沙には内緒だぞ?」

「勿論、言わないよ! 口が裂けても!!」

「でも、それは確かにお金がないのも納得です。ホワイトデーはブラックサンダーで良いですよ」

「いや、さすがにもう少しマシなものを贈るよ」


 義理とは言え手作りチョコレートのお返しにブラックサンダーを返すのは由弦の良心が痛む。

 

 さて、あまり長いこと立ち話をしているわけにもいかない。

 そこで話を打ち切ると、由弦と亜夜香たちはそれぞれ教室へと向かった。

 


 由弦が丁度、教室に入った時、女子たちがチョコレートの交換会を執り行っていた。

 その中には愛理沙の姿もあった。


 愛理沙の方を見ると……目と目が合った。

 しかしそれは一瞬。

 すぐに恥ずかしそうに目を伏せてしまった。


 これはもしかして貰えないんじゃないだろうか……

 と少し気落ちしながら、由弦は席に着いた。


 ……そして気付く。


「うん?」


 机の中に何か、入っていた。

 まさかと思いながら、引っ張りだすと……それは可愛らしい包装に包まれた、箱だった。

 

「……」


 瞬間。

 クラス全体に緊張が走るのを由弦は確かに感じた。


(……もしかして、愛理沙?)


 意外と大胆なことをするもんだな。

 と、由弦は一瞬だけ愛理沙の方へと視線を向けると……


(あ、違う)


 彼女は呆然と、この世の終わりかのような表情を浮かべていた。

 彫刻のように固まってしまっている。


 まさか張本人がそんな表情をするはずがない。


(差出人は……不明か)


 これ、本当にどうしようかなぁ……

 由弦は大きなため息をつくのだった。





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更新に関してですが

書き溜めが心許なくなってきたので、不定期気味になるかもしれません

具体的には二、三日に一回の現状から三、四日に一回へ

やや遅くなります

取り敢えず最低でも一週間に一度は維持できるように努力します





おっけー、分かったわ

と思って頂いた方は

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