第31話 “婚約者”と妹

「お待たせしました、由弦さん」

「いや、俺も今、来たところだ」


 待ち合わせ場所は都心のとある駅だった。

 由弦はやってきた愛理沙の服装を見て……少しだけ、安心する。


 今回は前回のように、体のラインが出るような衣服ではなかった。

 黒い長袖のようなシャツに薄い白いカーディガンを羽織り、ワイドパンツを履いている。

 そしてその上から例の秋物コートを着込んでいた。


 刺激が少なくて、由弦は少し安堵した。


「彩弓さんは?」

「遅刻だな。そろそろだと思うけど……」


 その時。

 バシっと、後ろから何かに体当たりするように抱き着かれた。


「兄さん!」

「遅刻だぞ、彩弓」

「あは、ごめんなさい。いやー、渋滞に引っ掛かっちゃって」


 どうやらタクシーで来たようだ。

 電車で来ることは、痴漢などのリスクを考えて避けたのだろう。


「愛理沙さん、お久しぶりです」

「お久しぶりです、彩弓さん」


 彩弓は愛理沙に駆け寄ると、彼女の手を握った。


「すみません。お付き合いしてもらうことになってしまって」

「いえ、大丈夫ですよ。お役に立てれば、良いのですが」

「愛理沙さんの服はお洒落だなって、ずっと思ってたので。頼りにします! ……代わりに兄さんの好み、教えてあげます」

「あははは……是非、お願いします」


 彩弓の言葉に愛理沙は苦笑しながら答えた。

 一方由弦は彩弓の“兄さんの好み”という言葉で、警戒心を上げる。

 彼女が変なことを言わないように、気を付けなければならない。


「どうせ、長くなるだろう? 早く行こう」


 由弦の言葉に愛理沙と彩弓は揃って頷いた。

 


 

 由弦たちが入ったのは、駅の近くにある、高級店を含む様々な店舗が揃うショッピングモールだった。


「ねぇねぇ、愛理沙さん。どっちの方が似合うと思う?」


 彩弓は二種類の冬物コートを手に持ちながら、言った。

 片方はベージュ、もう片方はグレーだ。


 由弦ならば「どちらも似合う」と言ってしまうところである。

 ……実際、美少女な彩弓ならばどちらも似合うだろう。


「どちらも似合うと思いますが……そうですね。前者は可愛らしいイメージ、後者は綺麗なイメージがします」

「んー、前者だと子供っぽいかな?」

「そうですね。まあ、それはそれで可愛らしいと思いますが」

「……グレーの方が、大人な感じですか?」

「そうですね。一、二歳くらい大人びて見えますよ」


 彩弓は十数秒ほど考え込んでから……

 どうやらグレーに決めたようで、由弦が手に持っているカゴにコートを入れた。


(……気にしてたのか)


 由弦の中では彩弓はいつまでも可愛い妹なので、子供のイメージが定着している。

 なので、子供っぽいということを気にしているというのは、少し驚きだった。


 まだ中学二年生なんだから、子供っぽくて良いじゃないか。

 と思うのだが、背伸びして大人になりたいのだろう。


「取り敢えず、終わったか?」


 女の買い物は長い。

 しかも二人。ぺちゃくちゃと喋りながらだから、余計に長い。

 由弦の方はすでに疲れてきた。


「服はね。でも、この後、靴を見たいなぁーって。愛理沙さんも見たいでしょ?」

「そうですね。……まだお金にも余裕がありますし、ブーツを買いたいです」

「そうか」


 何を言っても長引くだけなので、由弦は二人に付き合うことを決めた。

 一先ず、衣服の会計を済ませてしまう。


(……今度は宗一郎や聖たちも、呼ぼうかな)


 男が三人いればもう少しは退屈が紛れるのではないだろうかと考える。

 が、冷静に考えてみるとあの二人を呼ぶということは、セットで亜夜香・千春・天香の三人が来るということだ。


 女五人の買い物だ。

 おそらく日が暮れるだろう。


 想像しただけでゾッとしたので、由弦は考えるのを止めた。


「じゃあ、兄さん。靴のところに行こうよ」


 靴を取り扱う店へと、由弦を誘う彩弓。

 それに対し、由弦は愛理沙と彩弓に紙袋を差し出した。


「悪い。……一度、雉を撃ちに行っていいか?」


 つまりトイレだ。

 すると彩弓は頬を膨らませた。


「えー! 早くしてね」

「君たちの買い物よりは早いよ」


 由弦はそう言うと、小走りでトイレの探索を始めた。







 トイレが中々見つからなかったために、十五分ほど時間が経ってしまった。

 彩弓は機嫌を悪くしているだろう……

 と由弦は内心でため息をつきながら、待ち合わせ場所を急ぐ。


(というか、あいつらの買い物に付き合ってやっているのに、何で少し遅刻したくらいで責められなければならんのやら)


 何となく理不尽さを覚えながらも、しかしお姫様二人を待たせるわけにもいかないので、小走りで移動する。

 すると……


 愛理沙と彩弓の二人が、見覚えのある少年と何か話をしていた。

 と言っても、話しているのは主に彩弓と少年のようだ。

 愛理沙は彩弓の少し後ろで、成り行きを見守っているように見える。


(目を離した隙に……面倒だな)


 由弦は内心でため息をつきながら、小走りで二人に近づいた。

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