第25話 “婚約者”の欠点
「結局、勉強はあまり捗らなかったね」
帰り道。
由弦は愛理沙に苦笑しながらそう言った。
勿論、彼ら彼女たちと一緒に勉強をすればおそらく勉強は捗らないであろうことは始めから分かってはいたのだが。
「……なんか、すまないな」
由弦の勉強が捗らないことは良いのだが、愛理沙の勉強まで潰してしまったことは申し訳がなかった。
何となく、由弦は愛理沙を悪の道に引きずり込んだような気持ちになった。
一方、愛理沙は苦笑いを浮かべた。
「あはは……まあ、勉強は思っていたよりも進まなかったので、帰ったら勉強をしないとダメですけれど……」
そして目を細める。
「でも楽しかったです」
愛理沙は手を後ろで組み、どこか弾むような足取りで歩く。
「ああやって、いろんな人と楽しく遊んだのは久しぶり、いえ、初めてかもしれません」
「今まで、機会がなかったのか?」
由弦も別にそこまで交友関係が広いわけではない。
だが宗一郎や聖のような友人はいる。
愛理沙は「昼食を食べながら適当な相槌を打つ程度」の関係の知り合いしか今までいなかったようだが、そういう人たちから一緒に遊ぼうと誘われなかったのだろうか? と由弦は首を傾げる。
機会の一つや二つ、十六年生きていればありそうだ。
「いえ、機会は……今思うと、あったと思います。誘ってくれる人はいました。悪いのは、私ですね」
そう言って愛理沙はため息をついた。
少し前までは機嫌良さそうだったにも関わらず。再び「私は悪い子」モードに入ってしまったようだ。
「過去は過去だ。それに……君がそうするのも、無理はないよ。……嫌だったんだろう? 自分の事情が知られるのは」
ある程度、親しくなると家庭事情を知られてしまう機会が訪れる。
距離を置かれるかもしれない。
面白半分に変な噂を立てられるかもしれない。
そうなるくらいなら、最初から人付き合いなどしない方が良い。
それが愛理沙が人を突き放したような態度を取っていたことの理由。
と由弦は思っていたのだが……
「……少し違います」
どうやら微妙に異なっていたようだ。
「私が嫌だったのは……その、私の事情に関わって欲しくなかったからです」
「……巻き込みたくない?」
「そんなに殊勝な理由ではないです」
愛理沙は力なく、首を左右に振った。
そして自嘲するように、僅かに笑みを浮かべた。
「下手なことをされて、私の立場が悪くなったら嫌だなって。それだけです」
「なるほど、ね」
「……自分勝手、ですよね?」
「身を守るためなら、当然のことだろう」
自分勝手と言えば、自分勝手なのかもしれない。
だが、自分で自分の身を守ろうとする行為が悪いことのはずがない。
「でも……」
「君は悪くない」
由弦は愛理沙の声を遮った。
少し驚いた表情を浮かべている愛理沙に対し、言い聞かせるように繰り返す。
「君は悪くない。前も言ったと思うけれど、それだけは俺が保証する」
「……それは由弦さんが、私のこと、知らないからじゃないですか」
無責任なことを言うな。
と、由弦を咎めるように言った。
自分でも由弦に当たり散らしていると、少し自覚しているらしい。
怒ったような表情でそう言ったにも関わらず、すぐに落ち込んだ表情へと変わる。
しかしそれでも、当たらずにはいられないらしい。
「私は……由弦さんが思っているよりも、ずっと醜いですよ」
「そうかな? 全部は知らないにせよ、半年間の付き合いはある。それなりに君の性格は把握していると、思っているけれどね」
勿論、良いところも知っている。
そして悪いところも知っている。
「嘘です」
「嘘かどうかは、教えてくれないと分からないな」
「……」
由弦がそう言うと、愛理沙はしばらくの間、押し黙った。
それから小さな声で一言。
「私は我儘です」
「それだけ?」
由弦が尋ねると、愛理沙は首を左右に振った。
「根暗で、陰湿で、ネガティブで……」
「知ってる」
「傲慢で、嫉妬深くて、ナルシストで……」
「それも知ってるな」
「ちょっとは否定してください!」
「天邪鬼というのも、入れておいてくれ」
由弦が笑いながら言うと、愛理沙はむくれた様子で頬を背けた。
自分の悪いところを否定して欲しい。
でも、何も自分のことを知らないで無責任なことを言われるのも腹が立つ。
と、愛理沙の気持ちはそんなところだろうと由弦は推察する。
ちょっと、いや、かなり面倒な性格だ。
「人間、欠点の一つや二つ、あるものだ。その程度、性格が悪いのうちには入らない」
「でも……」
「でもじゃない。……欠点があるだけで君が悪い子なら、俺は極悪人だ」
由弦はおどけた調子で肩を竦めた。
それでも愛理沙は「でもでも」と言う。
「由弦さんは……良いところも、いっぱいありますし」
「君もたくさんある」
「……ないです」
「真面目で努力家、料理上手、勉強もできる、スポーツもできる、優しい、気遣いや気配り上手、クール、カッコいい、可愛い、美人、あとスタイルが……」
「それはセクハラです!」
愛理沙はそう言いながら耳を塞いだ。
彼女の顔は真っ赤に、染まっている。
わずかに涙が浮かんだ翡翠色の瞳で、キッと由弦を睨みつけた。
「すまない、調子に乗り過ぎた。許してくれ」
「……許さないです」
「何でもする」
「……じゃあ、一つ、良いですか」
愛理沙は足を止めた。
涙ぐみ、消え入りそうな声で、由弦を見上げる。
「胸を貸してください」
「良いよ」
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