第4話「映画は前戯」

 朝から快晴の日曜日。

 今日はキタちゃんと映画をに行く約束をしている。今話題のハリウッド映画を!

 うそです。アニメ映画です。

 いや、ハリウッド映画を観に行くこともあるけど、今日はたまたまアニメなのだ。私だって普通の映画くらい観るし興味もあるが、今日はぐうぜんアニメ、……ってなんか言い訳がましいな。

 せっかく出かけるのだしおめかししたいところだけど、残念ながらしよう道具はいつさい持っていなかった。あるとすれば色つきのリップだけである。女子高生として何かがちがっているのは分かっている。

 何千円もかけて化粧道具を買うくらいなら、漫画とゲームを選びたい。そう考えている時点で私に化粧など早いのだろう。そういうオシャレは大学に入ってからでもいいと思っている。近所のお姉さんも都会の大学に行って別人になって帰ってきたことだしな。あれだれだよって一時は近所の話題になったほどだ。都会は人間を変えてしまうことがよく分かった事例だった。

 せめてかみがただけでも変えとくかと思った私は三つ編みを解いてみた。たんにぶわっと広がるかみの毛に毎度のことながらうんざりする。

 ウネウネくるくるのくせっ毛は三つ編みにでもしておかないとえが悪いのだが、今日はひとつにして片方の耳の後ろでシュシュでまとめてみる。このシュシュ、キタちゃんが誕生日プレゼントにくれたやつだ、喜んでくれるだろうか。

 服はベージュのワンピースにレギンス、カーディガンを着て、よし。

 いわゆる森ガールっぽい感じに……を張った。私はどこまでも地味だった。


■□■


「キタちゃーん」

 集合場所は駅前の広場。十分前についた私だったが、キタちゃんはすでにとうちやくし、文庫本を読んで待っていた。

「相変わらず早いね」

「小さいころからの習慣ってだけよ。一分でもおくれたらじいちゃんにめちゃくちゃおこられてたから」

 キタちゃんのおじいさんというのは元警察官であり、退職後にけんどう場を開いた人である。そのためれい作法にはとってもうるさく、私も遊びに行ったときにはやれ礼儀がなっとらんとそれはもう怒られるのだ。

「リホが最近来ないから、じいちゃんさみしがってるわよ」

「あのじいさまにそんな可愛かわいいところがあるのかよ」

「あるある。今度の休み、漫画の打ち合わせがてらうちに来なよ」

「じゃー行く。道場やってる? 汗にかがやげんえき警察官たちの道着姿も見たいな」

「じいちゃんに張ったおされるわよ」

 痛い目にあってもいい、男たちの戦う姿を見られるのなら。

「行こう。それとシュシュ、似合ってるよ」

「へへ」

 照れ笑いしたら気持ち悪いと言われた。なぜだ。


■□■


 ショッピングモール内にある映画館は、休日もあって多くの人でにぎわっていた。さっそくチケットを買おうとカウンターに向かった私の背後で、聞きたくない声がした。

「あ、リホちゃんだ」

 なぜお前がここにいる、かみ

 どうか間違いであってくれといのるような気持ちで振り返った。しかし願いむなしく、そこにいたのは家によく遊びに来る兄の友人のひとりだった。

「……おはようございまーす」

「すげーいやそうな顔。テンション低いなあ」

 これから観るアニメ映画に向けてぐんぐん上がっていた私のテンションは、神谷にてきされたとおり最低値を記録していた。

 くそ、なんでここにいんだよ。家でDVDでも観てろよな。

「ケータぁ、この子だれ?」

 神谷の彼女だろうか、れいに化粧をした女の人が私を見るなり指を差してきた。

「ショータの妹だよ」

「えぇっ、うっそぉ!! ショータくんのぉ!? 全然似てなぁい」

 私だってそう思っているけど他人に指摘されると腹が立つのはなんでだろう。というか彼女は同じ高校生だったのか。そのことに私は一番びっくりした。

「眼鏡取ったらけっこう似てるよ、ほら」

「ちょ、」

 視界がぼやける。勝手に眼鏡を取られてしまった。小学一年生のときから年々視力が悪くなっている私は、眼鏡なしでは近くにいる人の顔さえよく見えない。キタちゃんどこだ。

「うーん、似てると言われれば似てるようなぁ」

「目がそっくりだと思うんだけど」

「ショータくん、いっつもにらんでるから分かんない」

「はは、言えてる」

 なんですかこいつらは、人の眼鏡を取っておいてチャラチャラと。

 見えないなりに睨みつけると、ぼやけた視界の中で神谷が笑った気がした。

「やっぱり似てる」

「似てませんよ。眼鏡返してください」

「あれ、怒った?」

 怒らいでか。

 私は想像の中だけで奴の顔面にグーパンを入れた。あくまで想像なのは、ヤンキーの兄の友人だけあって神谷もけっこうこわいのである。じようだんなぐって許してもらえるのか私には分からなかった。

「友達待たせてるから行きたいんですけど」

「友達ならずいぶん前から列に並んでるけど」

「なにー!?」

 そりゃないぜキタちゃん! 時間をにしない彼女らしくて泣けてくる。

「何観んの? やっぱアニメ?」

「そっとしといてやろうってづかいはないのですか、神谷さん」

「えー、ショータくんの妹ってオタクなの? ウケるー!」

 うわー……。

 妹には散々バカにされてきて慣れてはいるものの、初対面の他人に笑われるのはツラいものがある。しかもこの人声大きいし、周りに見られてる気がするし。ヤダな。眼鏡取られててよかった。

「おい」

「えーなにー?」

「俺のダチの妹、鹿にしてんじゃねえよ。マジイラつくんだけど」

 お前も馬鹿にしてなかったか!

 と思ったがだまっておいた。ここここえぇ……!

 とつじよあらわにした神谷に、それまで私たちにまとわりついていた周囲のこうの視線が一気にはなれていくのが分かった。私も離れたい。そっちの空気を吸わせてほしい。

「あーもうえた。映画はもういいや、せろよ」

「は? 何言ってんの、」

「映画なんてセックスしやすくするためのぜんみてーなもんだし。お前じゃなくてもほかにいるからいいよもう」

 そんな前戯聞いたことねえよ。

 ていうか私さっきからツっこんでばっかだな。神谷ボケ体質なのか。

「なっ、マジムカつく! 死ねよ!!」

 それまで甘ったるくを伸ばしてしやべっていた彼女がひようへんした。きっと殴りたかったんだろう、けれど神谷を見たしゆんかんに、彼女の体がふるえたのがめいりような視界でもよく分かった。り上げたかばんを下ろすと、捨て台詞ぜりふいて足早に去っていった。

「ごめんな、リホちゃん」

「高校二年生にとってはげき的過ぎる場面でした」

「けっこう冷静だねー」

 そう言いながら神谷が眼鏡をけてくれた。至近きよ微笑ほほえまれて、顔が赤くなるのが分かった。アホか私は。相手は視線ひとつでげつこうした女を退散させるような男だぞ。眼鏡を整えるふりをしながら赤くなった顔をかくした私を見て、神谷がくくっと笑った。くそう、こっちの心情なんてお見通しというやつか。

「それで、一人で映画るんですか」

「どうしよっかな。リホちゃんといつしよにアニメ観てもいいけど」

「今日観るのは三部作のうちの二作目ですよ。観るなら一作目観てからにしてください」

「そりゃ残念」

 私の頭をでると神谷は帰っていった。

 兄の友人というのは、だいたいがああいうわけの分からん連中ばかりだ。兄ふくめて他人を巻き込み振り回す、めいわくせんばんな男どもである。

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