シーン1-1

 入学式を終えて数日つと、高校は落ち着きを取りもどし始める。

 入学したてであれこれまどうことばかりだった私たち一年生も、そろそろ本格的な授業が始まっている。

 HRが終わったばかりの校舎はまだ生徒がたくさんいてざわざわしていて、高校に入りたての興奮が冷めやらずにいっぱいまっている感じ。

 花咲高校一年A組。

 ここが、これから私たちがお世話になる教室だ。

 ようえんからずっといつしよゆきと高校でも同じクラスになれたので、ちょっと安心した。

 入学式のあとは各クラスのオリエンテーションや生徒会しゆさいの部活しようかい、学力テストがあって──入試が終わったばかりだっていうのにさつそく学力テストや進路相談が始まるって、おにの所業だと思う──いよいよ今日の放課後から、部活動の見学や仮入部が始まる。

 運動系に少し強い部があるくらいで、特別部活動が盛んな学校ではないから、まあつうのペースだろう。

 でも私には、この数日間の長かったことったらない。

 もっと早く、この日が来てほしかったくらい。

「一花、そんなにあわててどこに行くの? 一緒に帰ろうよ。ノート買いたいし、ちょっと寄り道しない?」

 小雪に声をかけられて、私は教室を飛び出しかけた足を止めた。

 花咲高校の制服は可愛かわいくて、女子のシャツは水色のながそでで、ボタンが青。これがちょっとめずらしい。

 あとはブレザーにプリーツスカート。これが基本で、あとは寒い時期にカーディガンを着たりと、アレンジはかなり自由に許可されている。

 シンプルな制服だから、好きなネクタイやリボンをつけてくる生徒も多いし。

 私はとりあえずあまりアレンジせずに制服を着ているけど、小雪はもくグレーのだぼっとしたカーディガンを着ている。お洒落しやれな小雪によく似合ってていい感じ。

「ごめん小雪、行きたいところがあるの!」

 本屋や雑貨屋をふらふら見て、のどかわいたらお茶して──小雪の言うような寄り道も大好きだけど、今日は、待ちに待った日だから。

 うずうずして、もう一秒たりともじっとしていられない。

「先行くね、じゃあ、また明日あした!」

 ろうを、ほとんど走るみたいな勢いで歩き出す。ミディアムボブのかみが、風を受けてふわふわとれる。

 だってここは花咲高校。

 やっと、演劇部に入れる!


    *


 教室とうとはちがむねにある部室に行くと、閉め切ったドアに『本日のけい・中庭』という張り紙があった。

 だから、しようこう口でくつえて来てみたのだけれど。

「ええと……私は演劇部をさがしていたはず……」

 中庭のすみに立ちくし、しばしの間自問自答する。

「だよね……?」

 人間、あまりにびっくりすると動きが止まるものらしい。

 使っているのは木刀なのか、打ち合う音がにぶく響く。

 時代劇とかだと、キーンとか、もの特有の綺麗な冷たい音がするけど──。

 四月半ば、夕暮れ時の中庭に、木刀と木刀がぶつかり合う音が広がっている。

 何故なぜそんな光景が、緑のにおいがくてちょっとむわっとしているくらいの中庭でり広げられているんでしょう。

 ここはとっても平和な、公立の学びのはずですが。

 校舎のまどぎわには、さわぎを聞きつけたらしい、まだ学校に残っていた生徒たちがわらわらと見物に集まってきている。

 でも、私以外、誰も中庭に出てこようとはしない。

 正解だと思います。

「ここ、で、合ってるよね……?」

 中庭にある大きな木の下は、天気の良い日のお昼時には生徒に大人気だという。

 小さな池もあって、ちょっとした公園並みの広さのその中で、木刀を持ってけんげきを繰り広げる男子高生がふたり。

 しかも本気モード。

「──なんて不似合いな……」

 木刀をり回してもだいじようなくらい中庭が広いから良いような──それでもなお良くはないような。

(とりあえず……なんで戦っているんだろー……)

 けんにしてはぶつそうすぎる。


 剣戟についてはよくわからないけれど、ふたりとも強いことは、一目でわかった。

 切り結ぶ力がものすごくて、目が真剣。

 ひとりは、防具は着けていないものの剣道着を着て、どこからどう見ても剣道部の人だ。

 応戦するもうひとりは黒髪で身長が高く、学校指定のジャージをうでまくりし、構えもなんだか堂に入っている。

 私は思わず息をんだ。

 目つきも剣士そのものといったするどさで、その目に乱れた前髪がはらはらとかかる様子を見ていると、背中がぞくぞくする。

 集中力がものすごいのかもしれない。全身から、ゆらゆらとはくが立ち上っている感じだ。

 慣れているっていうのかなー──なんていうか、板についている。

 今風にかついい上に、これだけ木刀が似合う人も珍しい。木刀を真剣に持ち替えたら、女子に大人気であっさりと天下を取れそうな気がする。

 冷静な表情をしているせいか、この人にはまだゆうがあるみたいな気がする。剣道部のほうは、冷やあせかべてたいしているというのに。

(あれ? この人、どこかで見たことがあるような……?)

 変化があったのはこのすぐ後だった。

(あ)

 黒髪の人がいつしゆん、わざと見せつけるようなすきを作った。

 剣道部がさそい込まれたところへ、すかさずとどめのいちげき

 ためらいもなく、ようしやなく。

 ばし、とすごい音がして、剣道部の人の持っている木刀がはじき飛ばされる。

「──一本」

 黒髪男子が、振り上げた腕を静かに下ろす。

「部長。言いつけ通り、剣道部から一本取りました。これでいいんですか?」

「お見事、お見事。なかなか見ものだったね。おもしろかったよ」

 両手ではくしゆしながらその場に現れたのは、アンダーリムの眼鏡をかけた、ものすごい美形だった。今まで、立ち合いのじやにならないよう、隅にいたみたい。

(女の人!? 違う、男の人だ)

 だって、着ているのが男子の制服だもの。ブレザーに、ズボン。

 それでも一瞬女性かと思ったのは、顔だちがあんまりれいに整っているから。

 少しの風にもさらさらなびく茶色の髪と言い、白くてけるようなはだと言い、お人形さんみたい。

 部長と呼ばれたその人が、黒髪男子に軽くうなずいて見せる。

けいすけは合格。おめでとう」

「あざっす」

「それにしても剣道部の部長があっさり一本取られるって、少し情けなくないかい? しかも敬介はまだ一年生だよ?」

 それはないだろう、と、汗をぬぐっていた剣道部が顔をしかめる。

「そっちの都合で、いきなり防具なしの木刀勝負なんてやらされても困る。大体こっちは、道場の外で打ち合うことすらめつにないんだぞ。きしかわじつせん派の……ええと、何だっけ」

「古武道です。ぼうりゆうですけど」

「だろう? 剣道とはからして違うんだよ。その上本気で戦えって、ちやばかり言いやがって」

「でも、楽しかったでしょ? ふたりとも、いい顔していたよ」

 部長に問われて、剣道部部長がにやっと笑う。

 否定できないらしい。

「まあな。それじゃ俺はけいもどるからこれで。それと岸川」

「はい?」

「その気になったら剣道部に来い。お前、素質めちゃくちゃあるわ。気合いを入れれば全国に行けるぞ」

「──せっかくのお誘いですが……」

「敬介はうちの新人だ。剣道部にはあげないよ。それじゃ、ご協力ありがとう」

 残念だな、とかたをすくめて、剣道部の部長が去っていく。

 騒ぎを聞きつけた教師がけつけてくる前に、勝負は終わった。

 今のは一体何だったんだと言いながら、見物人たちもばらばらと消えていく。

 私は、勇気を振りしぼって目の前にいるふたりに向かって声をかけた。

「あのー……ここって、演劇部ですよね? 入部希望なんですけど……」




 おそる恐る、そう言ってみると。

 ぱっと振り向いた男子ふたりのうち、眼鏡のすてきな部長が、一瞬にして私を検分するのがわかった。機械もないのに、スキャンされている感覚がわかる。

 身長がそれほど高くない分、スキャンにかかる時間は短かったみたい。身長一五〇センチ前半、私の成長期はこれからの予定です──たぶん。

「声が小さいし、かつぜつも良くないね。残念だけどうちは、素人しろうとしゆうしていないんだ」

「え……? あの?」

 ばっさりって捨てられてしまい、私はまどいをかくせない。

(素人? え? プロじゃないとってこと? ここ、部活じゃなくてプロの劇団か何かだった……?)

「新入部員はほしいんだけどね」

 あ。良かった。部員てことは、部活で合ってたみたい。

 部活っていうのはまず見学して仮入部して、そのうち正式な入部届を出すものだと思っていたんだけど。

 何もしてないのに断られるというのは正直、予測してなかったから、私、プチパニック中。

「来てくれてありがとう。その気持ちだけいただいておくよ。さようなら」

 美形さんの声はやわらかくて、それでいてなんだか相手を従わせるような、不思議に色っぽいひびきがあって。

「あ、はい、さようなら……」

 り込まれるように頷いてそのまま帰りそうになって、はっと我に返る。

「じゃなくて! え? 入部できないんですか?」

 部員を募集していないなんて、聞いていなかったのだけれど。

 さっきから敬介と呼ばれているくろかみの人が、髪をわしゃわしゃかき乱しながらはーっと息をく。

「……演劇部が人手不足な理由がよくわかった。そんな風だから毎年はいぎりぎりで部費をけずられるだの部室が一番せまいところに押し込められるだの、いろいろめんどうなことになるんだ。大体、なんで中庭で勝負させられたんですか俺。意味わかんねえ」

 わ。

 なんかこの人、すごいギャップ。

(さっきまで、こわいくらい気配も顔つきも厳しくて鋭かったのに)

 物言いはちょっとひようひようとしていて、良い意味でかろやかでさわやかだ。

 木刀を肩に軽くかついで、部長相手にぶつくさ文句を言っている。

「あは。だって、教室やろうでやったら絶対おこられるじゃないか。けんどうじようもいいけど、僕のイメージは外だったからさ。ぜいたくを言えばもっと絵になる場所が良かったんだけどね。山とか川とか」

「映画でもる気ですか。まあ、なにやっても、部長が全責任取ってくれるならそれでいいんですけどね……いや、俺も絶対巻き込まれるんだから、あんまり良くないか」

 ぶつぶつつぶやいていた木刀男子が、ふと私を見て軽く微笑ほほえむ。

「えーと……白島、だっけ? 入部希望って、本気なのか?」

「そうだけど……なんで名前知ってるの?」

「──俺、白島のとなりの席の岸川。岸川敬介」

「あ。ホント、岸川くんだ」

 道理で、なんか見覚えのある人だと思った。

 高校って色々いそがしい上に初めて会う人たちばかりだから、まだ名前と顔がいつしていない人も多いんだよね。

(……そういえば、隣の席の人だ)

 背が高くてすらっとしていて、ぱっと見、それこそ剣道とかバスケとか、がっしりとしたスポーツをやっていそうなイメージの人だ。

「岸川くんは、なんでここに」

「俺、今演劇部に入部したところなの」

(さらっと言ったよ、この人!)

 入部を断られた私の前で!

「岸川くんは入部できたの!? なんで!? 男子だけ募集しているの? 私も入りたい!」

 岸川くんにめ寄りたいところだけど、それにはくやしいことに身長が足りない。

 びしながら、両手でこぶしを作って力説する。だって、私はこのために花咲高校に入ったんだから!

「そりゃあ演劇に関しては完全な素人だけど、駄目? あ、もしかして女子は募集していないの? それならいっそのこと男装するから、男役ってことで!」

「おーい」

「今までおしばをした経験はないけど──だって小学校も中学校も演劇部なかったし、おゆう会でもくじ引きに負けて裏方ばっかりやってきたし、でもやる気だけはあるから! 男装を押し通せと言うなら、とりあえず身長をばすところからやってみるから!」

「戻って来ーい」

「だから入部させてください!」

 勢いよく頭を下げると、岸川くんがため息をついて部長を見た。

「……まつ部長、どうします? こう言ってますけど」

 うでみをした部長が、ちょっとだけくちびるはしを上げて微笑みの形を作る。

「……仕方ない。お手並み拝見と行こうか」

 部長の言葉に、岸川くんが心底あきれたようないやそうな、なんとも言いがたい複雑な表情をする。

「ええ~……前置きなしに、あんたの変なテストやらせんのかよ」

「たった今テストをクリアしたばかりの人間に、変だと言われるのは心外だね。一年の、白島さん? 簡単なことだよ。演劇部に入るには、テストを受けてもらわなくちゃいけない。どうする?」

 よく手入れされてピカピカの眼鏡が、オレンジ色の夕日を受けてきらっと光る。

 岸川くんが長身をかがめて、こそっと、やめたほうがいいよ、って耳打ちしてきたけれど。

 私はぶんぶんとうなずいた。

「はい、よろしくお願いします!」

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