シーン1-1
入学式を終えて数日
入学したてであれこれ
HRが終わったばかりの校舎はまだ生徒がたくさんいてざわざわしていて、高校に入りたての興奮が冷めやらずにいっぱい
花咲高校一年A組。
ここが、これから私たちがお世話になる教室だ。
入学式のあとは各クラスのオリエンテーションや生徒会
運動系に少し強い部があるくらいで、特別部活動が盛んな学校ではないから、まあ
でも私には、この数日間の長かったことったらない。
もっと早く、この日が来てほしかったくらい。
「一花、そんなに
小雪に声をかけられて、私は教室を飛び出しかけた足を止めた。
花咲高校の制服は
あとはブレザーにプリーツスカート。これが基本で、あとは寒い時期にカーディガンを着たりと、アレンジはかなり自由に許可されている。
シンプルな制服だから、好きなネクタイやリボンをつけてくる生徒も多いし。
私はとりあえずあまりアレンジせずに制服を着ているけど、小雪は
「ごめん小雪、行きたいところがあるの!」
本屋や雑貨屋をふらふら見て、
うずうずして、もう一秒たりともじっとしていられない。
「先行くね、じゃあ、また
だってここは花咲高校。
やっと、演劇部に入れる!
*
教室
だから、
「ええと……私は演劇部を
中庭の
「だよね……?」
人間、あまりにびっくりすると動きが止まるものらしい。
使っているのは木刀なのか、打ち合う音が
時代劇とかだと、キーンとか、
四月半ば、夕暮れ時の中庭に、木刀と木刀がぶつかり合う音が広がっている。
ここはとっても平和な、公立の学び
校舎の
でも、私以外、誰も中庭に出てこようとはしない。
正解だと思います。
「ここ、で、合ってるよね……?」
中庭にある大きな木の下は、天気の良い日のお昼時には生徒に大人気だという。
小さな池もあって、ちょっとした公園並みの広さのその中で、木刀を持って
しかも本気モード。
「──なんて不似合いな……」
木刀を
(とりあえず……なんで戦っているんだろー……)
剣戟についてはよくわからないけれど、ふたりとも強いことは、一目でわかった。
切り結ぶ力がものすごくて、目が真剣。
ひとりは、防具は着けていないものの剣道着を着て、どこからどう見ても剣道部の人だ。
応戦するもうひとりは黒髪で身長が高く、学校指定のジャージを
私は思わず息を
目つきも剣士そのものといった
集中力がものすごいのかもしれない。全身から、ゆらゆらと
慣れているっていうのかなー──なんていうか、板についている。
今風に
冷静な表情をしているせいか、この人にはまだ
(あれ? この人、どこかで見たことがあるような……?)
変化があったのはこのすぐ後だった。
(あ)
黒髪の人が
剣道部が
ためらいもなく、
ばし、とすごい音がして、剣道部の人の持っている木刀が
「──一本」
黒髪男子が、振り上げた腕を静かに下ろす。
「部長。言いつけ通り、剣道部から一本取りました。これでいいんですか?」
「お見事、お見事。なかなか見ものだったね。おもしろかったよ」
両手で
(女の人!? 違う、男の人だ)
だって、着ているのが男子の制服だもの。ブレザーに、ズボン。
それでも一瞬女性かと思ったのは、顔だちがあんまり
少しの風にもさらさらなびく茶色の髪と言い、白くて
部長と呼ばれたその人が、黒髪男子に軽く
「
「あざっす」
「それにしても剣道部の部長があっさり一本取られるって、少し情けなくないかい? しかも敬介はまだ一年生だよ?」
それはないだろう、と、汗を
「そっちの都合で、いきなり防具なしの木刀勝負なんてやらされても困る。大体こっちは、道場の外で打ち合うことすら
「古武道です。
「だろう? 剣道とは
「でも、楽しかったでしょ? ふたりとも、いい顔していたよ」
部長に問われて、剣道部部長がにやっと笑う。
否定できないらしい。
「まあな。それじゃ俺は
「はい?」
「その気になったら剣道部に来い。お前、素質めちゃくちゃあるわ。気合いを入れれば全国に行けるぞ」
「──せっかくのお誘いですが……」
「敬介はうちの新人だ。剣道部にはあげないよ。それじゃ、ご協力ありがとう」
残念だな、と
騒ぎを聞きつけた教師が
今のは一体何だったんだと言いながら、見物人たちもばらばらと消えていく。
私は、勇気を振り
「あのー……ここって、演劇部ですよね? 入部希望なんですけど……」
ぱっと振り向いた男子ふたりのうち、眼鏡のすてきな部長が、一瞬にして私を検分するのがわかった。機械もないのに、スキャンされている感覚がわかる。
身長がそれほど高くない分、スキャンにかかる時間は短かったみたい。身長一五〇センチ前半、私の成長期はこれからの予定です──たぶん。
「声が小さいし、
「え……? あの?」
ばっさり
(素人? え? プロじゃないと
「新入部員はほしいんだけどね」
あ。良かった。部員てことは、部活で合ってたみたい。
部活っていうのはまず見学して仮入部して、そのうち正式な入部届を出すものだと思っていたんだけど。
何もしてないのに断られるというのは正直、予測してなかったから、私、プチパニック中。
「来てくれてありがとう。その気持ちだけいただいておくよ。さようなら」
美形さんの声はやわらかくて、それでいてなんだか相手を従わせるような、不思議に色っぽい
「あ、はい、さようなら……」
「じゃなくて! え? 入部できないんですか?」
部員を募集していないなんて、聞いていなかったのだけれど。
さっきから敬介と呼ばれている
「……演劇部が人手不足な理由がよくわかった。そんな風だから毎年
わ。
なんかこの人、すごいギャップ。
(さっきまで、
物言いはちょっと
木刀を肩に軽く
「あは。だって、教室や
「映画でも
ぶつぶつ
「えーと……白島、だっけ? 入部希望って、本気なのか?」
「そうだけど……なんで名前知ってるの?」
「──俺、白島の
「あ。ホント、岸川くんだ」
道理で、なんか見覚えのある人だと思った。
高校って色々
(……そういえば、隣の席の人だ)
背が高くてすらっとしていて、ぱっと見、それこそ剣道とかバスケとか、がっしりとしたスポーツをやっていそうなイメージの人だ。
「岸川くんは、なんでここに」
「俺、今演劇部に入部したところなの」
(さらっと言ったよ、この人!)
入部を断られた私の前で!
「岸川くんは入部できたの!? なんで!? 男子だけ募集しているの? 私も入りたい!」
岸川くんに
「そりゃあ演劇に関しては完全な素人だけど、駄目? あ、もしかして女子は募集していないの? それならいっそのこと男装するから、男役ってことで!」
「おーい」
「今までお
「戻って来ーい」
「だから入部させてください!」
勢いよく頭を下げると、岸川くんがため息をついて部長を見た。
「……
「……仕方ない。お手並み拝見と行こうか」
部長の言葉に、岸川くんが心底あきれたような
「ええ~……前置きなしに、あんたの変なテストやらせんのかよ」
「たった今テストをクリアしたばかりの人間に、変だと言われるのは心外だね。一年の、白島さん? 簡単なことだよ。演劇部に入るには、テストを受けてもらわなくちゃいけない。どうする?」
よく手入れされてピカピカの眼鏡が、オレンジ色の夕日を受けてきらっと光る。
岸川くんが長身を
私はぶんぶんと
「はい、よろしくお願いします!」
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