chord 1「つぼみのキモチ」

「あれ……岬は?」

 夏川つぼみが待ち合わせ場所の裏庭に向かうと、いつも座っているベンチに岬の姿がなかった。

(……教室にもどったのかな?)

 けいたいを取り出し、岬にれんらくをしてみたが返信はない。メッセージがどくにもならないということは携帯を見ていないのだろう。

「うーん……変な男子にでもからまれてげてるのかも」

 校舎に引き返そうとした時、体育館のほうからトロンボーンの音が聞こえてきた。

(あれ、この音、要君の音だ)

 つぼみは身をひるがえし、音にさそわれるままに足を向ける。要がいるのなら、岬も一緒にいるのかもしれない。昼休みまで練習しているのだろうか?

 そう思いながら向かうと、体育館のそばに二人の姿を見つけた。

(ああ、やっぱり……)

 岬を見つけるには、要をさがすほうが早いかもしれない。それくらい二人はよく一緒にいる。

 なにをされたのか、岬は真っ赤になって「バカァ!」とせいよくさけんでいた。

 その声を背中で受けながら、要は笑っている。

「あ、夏川」

 つぼみに気づくと、要はそばまでやってきた。

「岬になにしたのー?」

「んー、ちょっとな」

 笑いをふくみながら、要は言葉をにごした。


「俺、音楽室にいるから、弁当食ったら練習来いって言っといて」

「自分で言いなよ」

「やっ、今、桜井に話しかけると、かみつかれそうだから」

「また、変なこと言って、からかったんでしょ? 岬にきらわれても知らないよー」

 要は笑ってはぐらかすと、「じゃあ、後でな」と言い残して走り去る。

 つぼみはこしに手をやり、「まったく」ともらしてその姿を見送った。


 自分たちは三人とも、同じ中学の出身だ。

 つぼみと岬は中学のころから仲がよかったが、要と話すようになったのは高校に入学してからだった。同じクラスになったのがきっかけで、岬もつぼみも、要に引っ張られるようにしてすいそうがく部に入部した。

 つぼみは家が楽器店を経営していて、母親が音楽教室を開いている。

 そのえいきようで小さいころからフルートをやっていたけれど、吹奏楽部に入ったのは高校からだ。

 要は中学のころからずっと吹奏楽部だったようだ。つぼみの楽器店にもそのころから何度か通っていたらしい。

 要に誘われていなければ、つぼみも岬も吹奏楽部には入部していなかっただろう。


 つぼみはしゃがみこんでいる岬に歩みよる。

「みーさーき」

 後ろで手を組みながら呼びかけると、岬がようやく顔を上げた。

(あれ、顔が真っ赤だ……)

 要にからかわれたのだろうか。岬の顔がすぐ赤くなるのは昔からだ。

 そんな岬をかわいいなと思うが、岬自身は男子にからかわれたおくのせいで、気にしている。

 高校に入学したばかりのころは、要とは全然話せていなかったが、二人は席がとなりどうになったこともあって、手紙のやりとりをするようになった。

 そのおかげで、岬も少しずつだが要とも話せるようになり、その影響で同じ部活にも入部した。

 今ではすっかり打ち解け、クラスの中でもちょっとしたウワサになるくらいには仲がいい。

 岬にとって要は、ほかの男子たちとはちがう。


 初めて好きになった──特別な人。


「つぼみ~」

 岬はヨロヨロと立ち上がり、ひとみうるませる。

「お弁当食べた?」

 そうたずねると、岬は首を小さく横にった。

「プリンあるけど、食べる?」

 つぼみは手にげていたビニールぶくろを見せる。ここに来る前、こうばいに立ちよって買ったものだ。

「つぼみ、愛してる!!」

 ギュッときついてくる岬の頭をヨシヨシとなでる。

 要は岬に想いをよせられていることに、まだ気づいていない。

 鈍感で、部活とトロンボーンのことばかり。れんあいのことなんてさっぱり頭にないくせに、無自覚にあいきようを振りまいているから、ファンの子ばかりが増えていく。本当に困ったものだ。

「あ、そうだ。要君が、お弁当食べたら練習に来いって言ってたよ?」

 裏庭に引き返しながら言うと、岬は「ふわあっ!」とみような声を上げる。

 クスッと笑うと、つぼみはその背中を「ほらほら」と押した。

「早く、食べちゃおう!」


■□■


 要が岬のことをどう思っているのか、つぼみはきいたことがないからわからない。けれど、要が女子の中で一番気にかけているのは岬だ。

(まんざらでもないと思うんだけどなぁ)

 つぼみは岬といつしよかげのベンチに座りながら、ぼんやりと考える。

 岬は岬で気持ちを打ち明けられないままだし、この二人の関係は二年になってもなかなか進展しない。岬のこいを入学当初からおうえんしているつぼみとしては、そのことがひどく歯がゆかった。


「……岬は、告白しないの?」

 サンドイッチをパクッとほおばりながら尋ねると、岬が「ええっ!?」とどうようしたように声を上げる。いつもよりも、半音高くなっていた。

「しないよ、しないしない、なんで!?」

 プルプルと手と首を一緒に振りながらあわてているから、ひざに乗せた弁当が落ちそうになっていた。それを受け止めた岬は、っぱいものを口に入れた時みたいに変な顔をしている。

「恋愛にも賞味期限ってあるんだよー?」

「えっ、そうなの!?」

「って、この前読んだ雑誌に書いてありました」

「なんだ、雑誌かぁ……」

 胸をなで下ろしている岬を、つぼみは「ゆうちようだなぁ」と見る。

 要はすごくモテる。月に一回か二回のペースで告白されているし、ばこや机にもラブレターが入っていることがある。

 要にその気がないから今まで告白に成功した子はいないが、気になる子がいればすぐにでも付き合ってしまうかもしれない。

 岬だって、そのことはわかっているだろう。

「岬のかたおもい、もう一年以上になるでしょ?」

「うん……」

「言わないと、一生、気づかないよー? どんかんだもん、あいつ」

「それはそうだけど……」

「告白しちゃいなよ。じゃないと、だれかに先されちゃうかもよー? いいの?」

「それは……困る! でも、告白はムリだよ。阿久津君、私のこと意識してくれてないし……振られる予感しかしない」

「だから、告白するんでしょ? そうすれば、この子、俺のこと好きなんだって、意識するようになるものじゃないの?」

 岬はちょっと考えてから、「そういうものかな?」と自信がなさそうにきいてくる。

「そういうもの……って、雑誌に書いてありました」

「また雑誌かぁ、当てにならないなぁ……」

 岬はうなだれて、ハァとため息をく。

 つぼみがサンドイッチを食べているあいだ、岬はしばらくだまっていた。

 なやんでいるのだろう。

 ようやく口を開くと、「やっぱり、ムリだぁ……」と情けない声をもらす。

「だって、告白とかどうやってすればいいのかわかんないし」

「その一、ラブレターをわたす。口で言えない時には効果的に相手に自分の気持ちを伝えられます」

 つぼみは人差し指を立てながら、アドバイスしていく。

「それ、渡した時点でもう好きって言っちゃってるようなものでしょ? 直接言うより、ずかしくない!?」

「表に重要書類って書いておけばいいんじゃない?」

あやしすぎて読んでもらえないよ!」

「その二……けいたいでメッセージを送っちゃう。サラッと」

じようだんだと思って流されそうな気がする……」

「そうだねー……校内放送で流すとかは?」

「それ、告白じゃなくて、公開しよけいだよ!」

「じゃあ……やっぱり、直接言うのが一番じゃないでしょうか?」

 つぼみはコーヒー牛乳のパックを口に運びながら、頭をかかえている岬にチラッと目をやった。

「それができれば、こんなに悩まないよー……」

「わかった!」

 そう言ってスクッと立ち上がったつぼみを、岬は目を丸くして見上げる。

「私があいつをとっつかまえてどっかにしばっておくから、後は岬が告白する!」

「な、な、な、ない、ないないないない!」

 真っ赤な顔をした岬がパタパタと手を振った。

 つぼみはこぶしにぎりしめたまま、「そうかなー?」と首をひねる。

「つぼみは時々、とんでもないことを言う……」

「要君のほうから告白してくれたら、楽なのにねー。こーんな感じで」

 つぼみは岬のかたに手をかけ、ズイッと顔をよせた。

「岬…………俺、お前のこと……好きなんだ」

 声のトーンを低くしながら、真顔でせまる。

 岬はゴクンッとのどを鳴らすと、げるように体をかたむけた。そのまま、ポテッとベンチに横たわってしまう。

「あれ、岬ー?」

 真っ赤になった顔を両手で押さえながら、岬はもんぜつするように足をバタバタさせる。

「さては、れたな? 私に」

 冗談めかして言うと、岬がガバッと起き上がってきた。

「つぼみ────っ!」

「想像したんでしょー?」

 岬が「うーっ」という顔になっているのを見て、つい声に出して笑った。

(ほんと、岬はかわいいなぁ)


「つぼみは……好きな人とか、いないの?」

 岬はベンチの上にきちんと正座し直すと、改まったようにきいてくる。

「んー? 私は岬が好き」

「そういうのじゃなくて! 男子限定で……」

「男子かぁ……」

 つぼみはあごに人差し指を押し当てて、ぼんやりと遠くを見つめた。

 告白されたことなら何度かある。けれど付き合ってみたいとか、この人と恋愛したいとか、そんな風に思える男子にはまだめぐり会ったことがなかった。

 一緒にいて楽しい人ならいる。要だってそうだ。気がねなく話せるし、一緒にゲームをしたり、カラオケに行ったりして遊ぶこともある。放課後にファーストフード店に立ちよったりもした。

 けれどそれは岬が要に対して思う『好き』という感情とはちがうような気がした。

 友達の延長線上。自分にはまだ、友達としての『好き』と、男子に対しての『好き』の違いがよくわからない。

 だから、岬を見ているとちょっとうらやましくなる。こんな風に誰かにドキドキして、いついちゆうして、いつしようけんめい『恋』ができたらいいのにと思うこともある。


「人ってさ、いつ恋に落ちるんだろうね」

 そんな疑問がポツリと口からもれた。


(岬は最初から……『恋』だったよね)


 入学して要のとなりの席になった時から、岬の恋は始まっていた。

「つぼみは……」

 岬は言いかけた言葉をのみこむと、パッと顔を正面にもどす。そのままどこか落ち着かないように、卵焼きをほおばっていた。つぼみも、最後に残しておいたたまごサンドを口に運ぶ。


「阿久津君、待ってるかな……」

いまごろけんしわ、寄せてるんじゃない? 桜井、なにしてんだーって」

 つぼみは岬と顔を見合わせると、声をおさえて笑い合った。

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