第75話 魂の力と想いの力 13


 むかえた朝、テーブルの周りにはみんなが座っている。

そして、テーブルにはセーラが準備した朝食が並んでいた。

が、誰も手を付けようとはしない。


「あ、あのさ……」


 全員が俺へ視線を向ける。

な、なんだこの雰囲気は……。


「ゴホン。アクト様、こうして皆無事に朝を迎えることができました」

「そうですね、昨日はいろいろとありましたが、こうしてみんなで朝ごはんも食べることができます」


 なんだかリリアとセーラの言葉にとげを感じる。

二人はアーデルとアズルに視線を向ける。


「な、なによ。アクトが一緒にご飯でもっていうから朝早くから来たのよ」


 そんな早くもない時間ですけど。それにアーデルが一番遅かったじゃないか。


「……私は席を外しましょうか? なんだか皆さん、さっきから怖い顔をしていますので」


 アズルもなんだかここにいずらそう。

まぁ、あんなことがあったから当たり前か。


 空気が重くなる。誰かが重力魔法でも使っているんじゃないか?

ニコアとバイスもさっきからアズルを凝視し、言葉を飲んでいる。


「と、とりあえずご飯でも食べよう。ほら、この後ギルドにも行きたいしさ」


 俺は空気の重さに耐えることができなく、一人でパンをかじる。


「お、おいしいなー。このパン、すごくおいしいよー」


 完全に棒読みだ。

俺を見たアーデルとアズルもパンを手に取り口に運ぶ。


「ふぅん。パンってこんな味がするのね、悪くないわ」

「そうね、思っていたよりも、ふわっとしているわね」


 二人ともパンにかじりつき、頬を膨らませている。

なんとなく少しだけ場が和んだ気がした。

ニコアもスプーンを手に持ち、スープを飲み始めた。


「アクトさん、僕は昨日……」


 申し訳なさそうにバイスが頭を下げてきた。


「やめてくれ、もういいじゃないか。ほら、スープさめちまうぞ」

「でも……」

「バイス、もういいのよ。アクトさんがもういいって言っているの」


 少し寂しそうな表情のニコア。

その目には何が映っているのだろうか。

ニコアがスプーンを置き、俺の方を見てくる。


「アクトさん。この後、私はバイスと孤児院に戻りますね。本当にいろいろとお世話になりました」

「そうか、一度戻るのか。じゃぁ、ひと段落したらまた戻ってきてくれるか?」


 返事に少し時間がかかる。


「……はい。少し遅くなるかもしれませんが、きっと戻ってきます」

「そうそう。ニコアの部屋も準備したんだ、戻ってきたら使ってくれ」

「私の部屋?」


 俺は二階の方を指さし、ニコアに説明する。


「そう、俺たち同じパーティーだろ。時間によっては孤児院に帰れないし、ニコアも自分の部屋があった方が来やすいかなって」

「ありがとう、うれしいです」


 だが、その表情はとても嬉しそうには見えない。

朝食も終わり、二人は帰っていく。なに、すぐに会えるさ。


「アクト様! 今日はこれからどうするんですか?」

「んー、ちょっと気になる事があってね。アズルー」


 ソファーに転がっているアズルを呼びつける。


「何よ」

「悪いんだけどさ、一緒にギルドに行こう。会ってもらいたい人がいるんだ」

「……別にいいけど」


 身支度を整え、出かけようとしたらなぜか全員そろっている。


「何してるの?」

「二人だけでは出かけさせませんよ! 私も同行します!」

「私は買い物ですね。市場に行く前にギルドにちょっと……」

「ニコアとバイスが心配なので、そのついでにギルドにもよろうかと」

「わ、私? アクトは私がいないとダメでしょ? 感謝しなさいよね」


 なんだ、結局みんなギルドに行きたいのか。

予定外の人数でギルドを訪れる。他の冒険者の目が痛い。


「……アクトさん?」


 久々に会ったフィーネさん。

相変わらず眼つきが怖いですね。


「あの、マスターはいますか?」

「……この方々は?」


 はて、回答に困りますね。


「パ、パーティーメンバーです!」

「…………」

「フィーネさん?」

「今呼んできます、別室にどうぞ」


 大人数で別室に通される。

俺はソファーに座り待機中。リリア部屋の中をうろうろし、本棚の本を勝手に読み始めた。

エレインとセーラは俺の隣に座り、後ろにアズルとアーデルが立っている。

なんだか、拘束されている気分だ。


「おぅ、待たせたな! って、何だこの人数は」


 マスターが俺を見てびっくりしている。

それはそうですよね。


「マスター、お聞きしたいことが」

「聞きたいこと?」


 目の前に座ったマスター、俺はアズルの方に視線を向ける。


「アズル、ちょっと黒の剣をしてもらえるか?」

「丁寧に扱いなさいよね」


 剣を受け取り、そっとテーブルの上に置く。


「マスター、この剣に見覚えは?」

「黒の剣か……」


 まじまじ黒の剣を見るマスター。


「違うな。こいつじゃない。俺の探している黒の剣は刃の部分が刀身の片側だけだ。背の部分に刃はついていない」

「そうですか。ありがとうございました。もし、何かあったらまた来ますね」

「悪いな、情報提供感謝する」


 部屋を出ていこうとする俺に対して、マスターの目はいつもより鋭かった。

まるで、何かを狙うような目。


 ギルドの受付で受注ができるか確認する。


「フィーネさん、クエストの受注ってできますか?」

「……まだ駄目ですね。アクトさん、まだお怪我していますよね? それに体調悪そうですよ」


 ですよねー。魔力も完全には回復していないし、結構体痛いんですよ。


「わかりました。また、日を改めますね」


 みんなでギルドを出て、市場に行こうとしたが、遠くから聞きなれた声がしてきた。


「――トさん!」


 通りの向こうから何かを叫びながらこっちに向かって走ってくる。


「アクトさん! い、今すぐ教会に!」


 目の前まで走ってきたバイスは、今にも倒れそうだ。

肩で息をし、呼吸が乱れている。


「どうした? 何かあったのか?」

「はぁはぁはぁ、お姉ちゃんが、教会で……」


 ニコアに何かあったのか!


「わかった、教会だな!」


 俺は無我夢中で教会に向かって走り出す。

ニコアに何があったんだ? 怪我か? それとも何かに襲われているのか?


 教会が視界に入ってくると同時に馬車が見えてきた。

馬車? なんで教会に馬車があるんだ?


 そして、その馬車に乗り込む人影が見える。

あの姿はニコア! なんで馬車になんて乗っているんだ?


「ニコア!」


 まだ遠くに見える馬車に向かい、大声で叫ぶ。

走り出した馬車はゆっくりと俺達とは反対側に向かい、走り出す。


「待て! ニコア! どこに行くんだ!」


 馬車の中にいたニコアが俺の声に気がつき、窓から頭を出した。


「アクトさん! ごめんなさい! 私は罰を受けなければならないの! いつか、いつか絶対に戻ってきます! だから、私を信じて待っていてもらえますか!」


 ニコアはそう叫び、馬車は俺たちの目の前から遠ざかっていった。

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