第72話 魂の力と想いの力 10


 リリアが俺に回避の能力を付与する。


「アクト様には触れさせませんよ! 『回避』付与!」


 アクトの体を淡い黒い光が包みこむ。


「またその光か。そう何度も躱されるものか!」


 バイスは相変わらず苦しそうな表情をしており、額には血管が浮き出ている。

そして、腕にも太い血管が浮き出ており、今にも弾けそうだ。


 アクトは手に持ったナイフを振るい、バイスの黒剣を避けながら距離を詰めていく。


「バイス! 目を覚ますんだ! お前はこんなことを本当に望んでいるのか!」

「望み? こいつは生きたいと願っていた! 私も生きたいと願っている!」


 黒い剣が宙を切り裂く。


「だったらなんでこんな事を!」

「お前に何がわかる! 何もしないで、ただ生きている奴に私の何がわかるんだ!」


 バイスから少し距離を取り、お互いに構える。


「私はもう一度会いたいだけだ。私を作った人に。私を愛してくれた人に! それの何が悪い! 『雷光斬撃波』!」


 バイスはその場で黒剣を振りかざし、その瞬間、黒剣から黒い稲妻がアクトに向かって放たれた。


「なっ!」


 予想しなかった攻撃に、アクトは動くことができなかった。

が、アクトは次の瞬間目を疑った。


 アクトは体に強い衝撃を受け、突き飛ばされる。

そして、アクトの立っていた位置にはニコアが立っていた。


「今度は、私がアクトさんを守ります!」


 笑顔をアクトに向け、避けることのできない攻撃をニコアは受けてしまう。


「きゃぁぁぁぁぁ!」

「ニコア!」


 バイスの持った剣にはもう黒稲妻の魔法は残っていはいない。

その代わりに、目の前でニコアが倒れているのが目に入る。

アクトは起き上がり、ニコアに向かって走り、そして抱きかかえた。


「おい! ニコア! おい!」


 薄っすらと目を開け、アクトに微笑む。


「良かった。怪我、してないですね……」

「そんな事よりニコアが……」

「私は、大丈夫。バイスを、弟を……」


 ニコアはその場で眠るように目を閉じ、動かなくなった。

かろうじて息はしている。


「そ、そんな。なんで、なんでアクトを。姉さんは僕の姉さんなのに、なんでアクトを助けるんだ?」


 バイスの顔がゆがみ、頭を掻き始める。


「なんで、なんで、どうして、どうして……。お前が、アクト。きざまがあぁぁぁぁ」


 半狂乱で黒剣を振りかざし、再びアクトに向かってくるバイス。

人格がバイスなのか、魔剣なのかはもうわからない。


「少し休んでいてくれ、すぐに戻ってくる」


 アクトはニコアを地面に寝せ、手に持つナイフに声をかける。


「全部避けられると思うか?」

「もちろんです!」

「私も使ってくださいね! 絶対に折れませんから」


 握ったナイフに微笑みを送り、俺はバイスをにらみつける。

黒剣が四方から攻めてくる。

その斬撃を見極め、回避し、漆黒のナイフで軌道をずらし、避ける。


――キィン カァン キンキンキン


 そして、包丁を握りしめ、黒剣の一か所を狙って突く。


――キィィィン


 甲高い音が鳴り響く。


「くっ、そんな、なぜ……」


 せめぎ合う二人。

その二人の距離はほぼゼロに近い。


「お前が生きたいと願うように、ニコアも、バイスも、俺も。みんな生きたいんだ! お前だけじゃ、ないんだよ!」


 はじかれるナイフ、そしてバイスは次第に力が抜けたように剣を振るわなくなっていく。


「私だって、私だって……。もういいわ、この体はダメね。次の体を……」


 突然バイスが手に持っていた黒剣を投げ飛ばした。

その先にはニコアが倒れている。


――ズシャ


 黒剣がニコアの腕に突き刺さる。


「あぐぅぅ……」


 痛みで目を覚ましたのか、ニコアは突き刺さった剣を抜こうと、剣を握った。


「ニコア、待て! その剣には――」

「遅かったな! この体は大当たりだ! さぁ、アクトよ。続きをしようか!」


 黒い光がニコアを包み、そして黒剣を握ったニコアが立ち上がる。


「ア、クト、さん……。に、げて……。私、は、もう、誰も……」


 そこまで話したニコアは、そのまま目を閉じ、何も話さなくなった。

そして、ゆっくりと目を開ける。


 その瞳はいつものニコアの瞳ではない。

黒く、そして悲しみを帯びた瞳。


「アクトさん。私ニコアよ。助けて、私の為にその命を、捧げなさい!」


 ダメージを負ったニコアとは思えないような速さでアクトに迫る。


――ガギィィィィン


 ニコアはその場から跳躍し、天から真下に振り下ろされた黒剣をアクトは二本のナイフで受け止める。


「うぐぅぅぅぅ」

「いいぞこの体! 魔力があふれている!」


 黒剣を受け止めた直後、ニコアはアクトに向かって連撃する。

その全てを流し、受け止め、躱していくアクト。

時折、切っ先が体を傷つけ、次第にアクトは血を流し始める。


「はぁはぁはぁ……、ニコア……」

「そこで寝ている弟君とは違うね。やはり女の体の方が相性がいいのか……」

「お前は、生きたいと言っていたな」

「あぁ、生きたいね。お前もそうだが、私は生きる。その為にできることはすべてしてきた。昔も、今もな!」


 再び剣の重なる音が暗闇に覆われた庭に響く。

どのくらいの時間が経過しただろう……。

アクトにも疲労が見え始め、ニコアの額にも汗が出始めている。


「なかなかうまく避けるね。いい腕だ、殺すには惜しいな」

「そうか、だったら殺さないでほしいもんだ」

「申し訳ないが、私が生きる為に必要なこと。残念だったな」


 そろそろ体力が付きそうだ。

このままでは、いつか負ける。


――キィィィィィィィィン


 鞘から甲高い音が響いてきた。


『アクト! 待たせたわね! 私を抜きなさい、そして構えるのよ!』


 アクトは手に持っていたナイフと包丁を自分の鞘に戻し、紅の剣を鞘から抜く。

抜いた瞬間真っ白な光に辺りは覆い包まれ、まるで昼間のように明るくなった。


「な、なんだその光は!」

「こ、これは……」


 眩しい光が収束し、次第に紅の剣が真っ白に光りだす。


「紅の剣、ありがとう。もしみんな無事に生きることができたら、お祝いでもしような」

『そんな話はあとよ。一撃で決めなさい』

「あぁ、一撃で決める!」


 アクトは天に向け、紅の剣を振りかざした。


「黒の剣に取りつく者、アズル=マウジン! この一撃で浄化してやる!」

「ちっ、そんな魔法剣、私がまともに受けると思ったのか? この体は人間の、お前を好いている女の体だ! その女をお前の手で殺せるのか!」

「俺は、ニコアも助ける。もう、誰も悲しい思いをさせない!」


 アクトはニコアに向かい走り出し、光り輝く剣を構える。


「ニコアも、バイスも、お前も生きたいんだろ! だったら俺が何とかしてやる! 『聖光昇華剣・紅』!」


 ニコアの握った剣、黒剣に向かって光り輝く紅の剣を振りかざす。


「な、なんだこの光は!」

「お前だって生きたいんだろ! だったら生きろ! そして、願いを叶えてみろ! アズル=マウジン!」

「か、体が! 私の体がぁぁぁ!」


 黒の剣と紅の剣が重なった瞬間、辺り一面は光に包まれ、全ての視界を奪っていく。

真っ白な温かい光、まるで母が子を守るような温かい光が、その場にいるすべての者を包み込んでいった。


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