第56話 紅の剣と呪いの魔剣 9
エレインから衝撃のお言葉をいただく。
こんな状況ではさすがに無理でしょ!
しかし、ニコアの顔や耳が心なしか赤くなっているのに気が付く。
もしかして、話は耳に入っていたのかな?
「ニコアさん?」
「ひゃい! 聞いてません! 私は何も聞いていませんよ!」
しっかりと聞かれていた。
「ニコアさん、まじめな話よ。命がかかっているの。真剣に応えて……」
「わ、わかっています!」
少しもじもじしながらニコアは答える。
しかし、エレインさんの声が少し怖かった。
「わ、私はその……。ま、まだなんです。でも、結婚する人としかしたくありません! きれいな体でいたいんです!」
顔を真っ赤にしたニコア。
二人の間に挟まれた俺。
目の前の黒いもやもや。
少しだけにやけているエレインさん。
えっと、エレインさん?
今やや苦戦中なんですよね? 遊んでないですよね?
少しだけにやけていたエレインさんが、突然強張った顔つきに代わる。
「んぐっ、この……。早く、消えてもらえないかしらっ!」
エレインさへさらに魔力が流れる。
遊びじゃない、この呪いは強力なんだ。
「ニコア……」
「む、無理です! だって、私とアクトさんは、まだお付き合いもしていません!」
首を左右に振るニコア。
まー、確かにそうですよね。
「ニ、ニコアさん。これは緊急事態よ、早くバイスさんに魔力を送らないと命に係わるわ」
「だ、だけど……」
「大丈夫、心配しないで。軽くチュっとすればいいだけ。アクトさんは、唇が重なった瞬間に魔力を流し込んで。感覚でもうわかるわよね?」
額に汗を流しながらエレインさんは俺達に向けて説明する。
後には引けない、もういくしかないのか?
「ニコア、今の状態でもなんとかなる。このままでも……」
少し瞼に涙を浮かべながら、ニコアは俺の方を見てくる。
顔が真っ赤で耳まで赤い。
「わ、わかりました。あ、あの……。や、優しくしてくださいね?」
こんな状況でも俺はドキドキしてしまう。
「わかった。目、閉じてもらえるか?」
無言でうなずき、俺の方に顔を向ける。
そして、ニコアは目を閉じ、少しだけ背伸びをした。
「は、早く……」
エレインさんもきつそうだ。
さっきから声がかすれている。
「アクトさん、私に魔力を……」
「ニコア……」
俺も目を閉じ、ニコアと唇を重ねる。
お互いの温もりを感じ、お互いの心を通じ合わせる。
初めての経験だけど、幸せな感じがした。
俺はニコアを感じ取り、俺のすべてをニコアに流し込む。
そして俺はつないだ手からニコアを感じ、重なった唇からもニコアを感じとる。
両親想いのニコア。弟想いのニコア。
孤児院にいるときのニコア。
俺と一緒にダンジョンへ行った時のニコア。
いろいろなニコアが俺に流れ込んでくる。
そして、一気に持っていかれる魔力。
全身の力が抜け、頭がくらくらし、足に力が入らなくなる。
あの時の、感覚がよみがえる。
ゆっくりと目を開け、ニコアを見る。
整った顔つき、金色の髪。
ゆっくりとニコアの瞼が開き、瞳は黄金のような輝きを放っている。
そして、ニコアはさらに輝きを増す。
俺から受け取った魔力を、バイスに送る。
「ありがとう。アクトさんの魔力、とても温かいですね、心がホワンとしました」
バイスの胸の上で渦を巻いていた黒いもやもやは形を変え始め、細長くなっていく。
「正体が、わかる……」
エレインさんは黒い靄に意識を向け始めた。
バイスから抜けきったのか、バイスの表情がやわらかくなっている。
「バイスさんから抜けました。ニコアさんはそのまま回復を、アクトさん!」
エレインさんの手を強く握る。
さっきニコアに魔力をほぼ持っていかれた。
そろそろ俺自身が倒れそうだ。
「あれが、バイスさんに取りついていた、呪いです!」
黒い靄は次第に集まっていき、細長く。
そして、真っ黒な棒状のようなものになった。
黒の剣。はっきりとわかるその姿。
見たことがない刀身をしており、刃の部分が片方にしかついていない。
刀身もガードもグリップもすべてが黒い。
「アクトさん、あと少しです!」
エレインさんが黒い剣に向かって光を解き放つ。
「ま、魔力を……。もっと、魔力を!」
つないだ手から魔力を根こそぎ持っていく。
あ、もうだめです。
「これで終わりです!」
部屋が光で埋め尽くされる。
そして、その光は黒い剣に集まっていき、次第に剣は再び黒い靄になって散っていく。
『もう、少し、だった、のに……。お前たち、我は忘れぬぞ、その魔力、我は覚えた――』
意識もうろう、足もフラフラ、全身の力が入らない。
床に倒れこんだ俺は何かの声を聞いた。
誰だ? あの黒い剣の声なのか?
まるで霧のように消えていく黒い剣。
そして浮かんでいた黒い剣は跡形もなく消え去った。
これで終わったのか?
倒れこんだ俺の左右にはニコアとエレインさんがいる。
俺を肩に抱えて立たせてくれた。
「終わりましたね」
「力が、入らない……」
抱えられながらみんなでバイスに近寄ってみる。
青白かった顔には赤みが。
そして、幸せそうに寝ているバイスの顔。
「よかった、何とかなりましたね。途中、もうだめかと思ってしまいましたよ」
エレインさんが微笑みながら話し始める。
結構余裕そうに見えたのは気のせいか。
あんなことの起きた部屋を見渡す。
まるで何事も起きていないよな部屋。
しかし、変わったことがある。
腕に絡んでくるニコア。
その表情は今まとなんか違う。
なんとなく、ホンワリとした感じがする。
「お疲れ様でした。体、大丈夫?」
「お、おぅ。大丈夫だ」
少しだけ腕に当たるやわらかい感触。
なに? なんか態度が変わっていませんか?
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