第13話 二人の生活と特訓 5


 どんなお礼がいいのか、そんな事を考えながら部屋に戻った。

相変わらずリリアの寝息が聞こえ、俺はその寝顔を覗いてみた。


 頬にかかった髪を横に流し、リリアの寝顔を見ている。

そっと頭を撫でてみると、リリアは少しだけ微笑む。


 俺はもらってきたパンをテーブルに置き、置かれていたナイフを手に持つ。

鞘からナイフを取り出し、部屋の隅でナイフを磨き始めた。


 昨日よりもヒビが少なくなっている。

そして、心なしかきれいになっている気がする。

少しでも、リリアの為になるのであれば……。


 ナイフの切っ先で少しだけ腕に傷をつける。

こうすればナイフに魔力が流れるはず。

痛くはない、リリアを失う方がきっと痛いはず。


 ふと、背中に温かさを感じた。


「何、しているのですか?」


 リリアが背中越しに俺の手元を覗いている。


「あ、えっと、その……」


 リリアの表情が変わる。


「アクト様、やめてください。そんなことしたら、アクト様が……」


 リリアは俺からナイフを奪い去った。


「だけど、少しでもリリアに魔力を……」


 半泣きでリリアは俺に訴える。


「ナイフからも魔力を取り込めますが、今は私がいます。私が直接アクト様から魔力をもらえれば……」

「リリアに直接?」

「はい。さっき、気が付いたんです。アクト様に撫でられたとき、少し魔力が流れ込んできました。きっと、私に触れでも魔力をもらえると思います」

「そうなのか?」


 リリアは手に持ったナイフをテーブルに置き、ゆっくりと俺に近づいてきた。

そして、軽くリリアの手と俺の手が重なる。


「試しても、いいですか?」

「……あぁ、試してみてくれ」


 リリアはゆっくりと俺に抱き着き、その顔を俺の胸にうずめた。


「……アクト様。湯上りのいい匂いがしますね」

「いいから早く魔力を取り込んでみてくれ」

「わかりました。いきますよ」


 リリアにぎゅっと抱きしめられる。俺もお返しにリリアを抱きしめた。

少し体の力が抜ける。ダンジョンの時と似たような感覚。


「どうだ? 魔力、取り込めているか?」

「……ダンジョンで取り込んだ時よりは少ないですが、取り込めています。このまま、もう少し、このままで」


 薄明りの狭い部屋。

この狭い部屋でリリアと抱き合い、魔力を渡す。

リリアの為に、俺にできること。


 少しでも、リリアを直したい。

そのためだったら、魔力くらいいくらでも取り込んでくれ。


 そして、しばらく時間が経過し、いまだ抱き着いているリリア。

そろそろ離れてくれないかな、少しくらくらしてきた。


「リ、リア……」

「……」


 突然目の前が真っ暗になり、床に倒れこんでしまった。


「アクト様!」


 倒れた俺に肩を貸してくれるリリア。

なんだか申し訳なさそうな顔をしている。


「た、立てない……」

「申し訳ありません! つい、魔力をもらいすぎてしまいました!」


 リリアの顔を見てみると、なんだかツルンとしている。

肌につやが出ているようだ。


「ベッドに、運んでくれ。なんだか眠くなってしまったよ」

「わかりました、運びますね」


 リリアに運んでもらい、意識がもうろうとする中、俺は夢の世界に旅立っていった。

あっ、もらったパンの事伝えてない……。


――


 一方その頃、ギルドでは。


「マスター、この依頼どうしましょうか?」

「ん? これか……」


 テーブルの上には一枚の依頼書。

未達成のしるしが幾つもついている。

受注ランクはA。


「流石にSランクにはできないな。しょうがない、Zランクに設定するか」

「Zですか……」

「危険度は少ない、場所も街の中で実際の被害もまだ出ていないだろ?」

「確かにそうですが……」


 フィーネはテーブルの上の依頼書をじっと眺める。


『屋敷に現れる魔剣の駆除』


 Dランクから始まり、何度も失敗。

そしてAランク冒険者でも失敗してしまったクエスト。


「Zランクだったら、もしかしたら運よく駆除できるかもしれん。ようは、誰でもいいんだ」

「……わかりました。では、受注ランクを書き換え、近日中に張り出しますね」


 フィーネは依頼書を手に持ち、マスターの部屋を出る。


「魔剣の駆除。万が一の時は、俺が直接……」


 ギルドマスター、モンドル。

モンドルは壁にかかったバトルアックスを手に持ち、軽く振り回す。


「もし、魔剣があの魔剣だったら……」


 誰もいない部屋。

部屋の中には斧が空を切る音だけが静かに響き渡っていた。

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