第26話 陳旧性心的外傷・破



「……っ……う」

 意識の覚醒と共に後頭部を鈍い痛みが襲い、小さな呻きが漏れた。尚も鈍く痛み続ける頭を押さえつつ上体を起こし、周囲へと目を向ける。覚醒直後の為か、ややピントのボケた視界が捉えたのは見覚えのある空間。

 ──それは過ごし慣れた自宅のリビングだった。

 後頭部に衝撃を受ける直前に閉めていた筈の玄関は開け放たれ、そこから入った湿風が頬を撫で前髪を揺らす。

 誰に襲われたのかは知らないが、先ずは娘の安全を確かめなければ。立ち上がった瞬間に視界が揺らぎ、妙な感覚と共に下肢の脱力感を覚えた。崩れかけた膝をどうにか気合いで押し留め二、三呼吸を整え娘の居る寝室へと向かう。


 扉を開けた先に居たのは件の青年、その手には小さめの木槌が握られている。扉を開いた音で気付いたのだろう、彼は此方へ振り向くと一瞬驚いたような表情を見せた。

「……頑丈にも程があるだろ、お前」

「貴方……一体、なんのつもり?」

 青年は答えず、やや苛立った様子で私を睨んでいる。手にした木槌を構えるでもなく、そこから動く様子もない。可能なら今すぐにでも取り押さえてしまいたいが、この距離でやりあえば確実に娘へと被害が及ぶ。それだけはなんとしても避ける必要があった。

「答えて、何が目的なの」

「素直に答えると思うか?

 全く……あのまま素直に失神てれば良いものを」

 青年は手にした木槌を肩に当てつつ、軽い溜め息と共に一歩踏み出す。まさかとは思うが、この場でやり合うつもりなのだろうか?

 尚も近付いてくる青年を見据えつつ数歩引き下がり、肩の力を適度に抜いて身構える。

 ……とはいえあまり広くない室内だ。やり合うのなら出来る限り娘に被害の及ばないよう、ギリギリまで引き付けて一気に無力化する他無い。

 最悪骨の一本は折ってしまうだろうが、先に手を出してきたのは彼だ。怪我を負わされたとしても、恨まれる筋合いはないだろう。


 ──後、二歩。


 ──一歩。


 青年が間合いに入った瞬間、仕掛けたのは紫蘭だった。一足跳びに接近し、木槌を手にした方の手首を掴む。即座に捻り上げつつ力が込められると、骨が折れる鈍い破壊音と同時に木槌が手放された。

「ぐぉ……てめぇっ!」

 青年の苦悶と怒りに満ちた声を無視し、追撃に移ろうとした瞬間──

「ぁ──?」

 軽く打たれたような感覚、顎を打たれたのだと理解するよりも早く全身の力が抜け落ちた。膝を突いたのが先か、青年の膝蹴りが私の顔面を蹴り抜いたのが先かわからない。蹴り飛ばされたまま、受身すらとれずに扉へ叩きつけられる。

「ざっけんな、クソッ!」

「あ、ぐ……っ……うぐ……」

 ろくな防御姿勢もとれぬまま矢鱈滅多に踏みつけられ、時折蹴りが打ち込まれる。力の込められない今、青年の蹴りは内蔵へとダイレクトに伝わってしまう。普段よりも深く、突き刺さるような衝撃は身体の奥までよく響いた。

「俺の手を折りやがって、クソッ、クソッ!!」

「ぅ……が、はっ……ぁ……ぐっ!」

 先の一撃によって脳震盪を引き起こした身体は未だに動かせず、無防備な腹を蹴られ胸を踏みつけられる。青年が手心を加える筈もなく、癇癪混じりに振るわれる暴力は凄まじいものだった。私は一切の抵抗すら出来ず、扉に叩き付けられてから数分経つ頃には痛みの無い場所なんてなくなっていた。鈍い痛みと嫌な熱っぽさを孕んだ身体は言う事を聞かず、指一本すら満足に動かせない。

「はぁ、はぁ……くそっ、これじゃあ割に合わねぇ……あぁ、畜生……クソッタレ」



 ──青年は最早ボロ雑巾と化した紫蘭の襟首を掴むと、強引に引き摺りながら娘の眠るベッドの脇へ下ろした。何を思ってか、青年は突如として紫蘭の衣服を乱暴に引き千切りその肢体を露にする。白磁のような美しい肌には幾つもの内出血痕が見られたが、青年の情欲をそそるにはまだ充分な美しさを保っていた。

 青年は彼女の頭を雑に掴むと、そのまま上半身のみをベッドへと移す。膝立ちのような姿勢で凭れる彼女のズボンを下し、青年は怨み言を漏らしつつ股間の一物を挿入した。

 挿入の瞬間、小さく呻くような吐息と共に彼女はビクリと身体を震わせる。だが、それ以降目立った反応を見せる事はなかった。そんな彼女が面白くないのか、青年は彼女の髪を鷲掴みにしてベッドへと強引に押し付ける。その間も青年は一心不乱に腰を動かし、抱いた恨みと情欲をぶつけ続けた。

 意識が混濁していても、身体に伝わる刺激は否応なしに快楽を呼び起こしていたのだろう。彼女の口からは時折小さな媚声きょうせいが漏れ、それが青年の加虐心と征服欲を掻き立てる。

 独り善がりな自慰にも等しい行為は激しさを増し、娘の眠るベッドを激しく揺らした。使い古されたそれは大きな軋みをあげ、微量の埃を巻き上げる。



「──……こほっ、けほっ……けほっ」

 軋むベッドから舞った埃により、娘が小さく咳き込む。それに対し反応したのは紫蘭のみであり、青年は彼女へと暴力的な劣情をぶつける事に夢中で気付いた様子はない。

 嵐のような劣情にさらされ、快楽を感じ続ける肢体を震わせつつも娘へと手を伸ばす紫蘭。それに気付いた青年は紫蘭の髪を掴み強制的に上体を反らせると、より一層激しい注挿を行った。

「っ……ん……くっ……う……っ!」

「はっ、なんだよ……良い声で鳴くじゃねぇか」

 当たり所が変わった為か、意図せず突き込まれた部分が弱点だったのかは不明。全身を突くような快楽により絞り出された媚声、それに合わせて一段と強くうねるように収縮する紫蘭の秘部。

 ──突き込まれる度に震える身体と、押し殺しきれない媚声こえに嫌悪感を募らせる。しかしどんなに嫌悪感を募らせようと、与えられる暴力的な刺激に身体は快楽を感じてしまう──


「けほっ……ごほっ、こほっ……!」

 ベッドが揺れる程激しい行為の最中、娘が先程よりも苦痛の色濃い咳を漏らす。紫蘭は当然それに気付くが、先程よりも強く激しい快楽によって思うように動けずにいた。

「……く、ぁ……や……っ、ぐぅ!?」

 青年は掴んでいた紫蘭の髪を離すと間髪入れず彼女の細首へと腕を回し、チョークスリーパーを仕掛ける。突然の出来事に彼女の反応は遅れ、青年の技は完全に入っていた。チョークスリーパーから脱しようと足掻くものの、完全にまった技から抜けるのは至難の技。

 頸動脈を絞められ酸欠に陥った状態でも青年が手を緩める事はなく、寧ろその激しさを増した。はらを突き破らんとする程の激しさが、酸欠により混濁しつつある意識を執拗に打ちのめす。

 彼女の口から上がる声は既にもう言葉にあらず、喉の奥から漏れるのは喘鳴ぜいめいと媚声が混じったもの。失神おちない方があり得ない状況にありながら、意識を保ち続けているのは母として子を想う意思の強さからか?



「……ごほっ、こほっ……げほっ……!」

 ──咳き込み過ぎて気道を痛めたからか、娘の口から微量の血液が吐き出された。









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