第25話 陳旧性心的外傷・序
……少し、昔の話をしよう。
これは私が移住を認められてから、大体一月経った頃の出来事だ。
──事の発端は娘の治療に必要な薬の原材料。
その薬草の採取地点を教えて貰おうと尋ねたのは、村長姉妹から薦められた山に詳しいという粗野な青年。
青年は私を見るなり露骨に嫌な顔を見せたが、すぐに嫌な熱を帯びた視線を向けてきた。まず私の顔を見て、それから胸、腹、脚と順に舐めるような視線を注いでくる。それに対し久方ぶりの嫌悪感を覚えたが、
──わかった、薬の原材料は俺が採ってきてやる。だからその身体を使わせろ──
伝えた要件に対する答えに、私は一瞬耳を疑った。青年は下卑た笑みを浮かべつつ、私の身体を値踏みするかのような視線を向けてきている。
異性としての付き合いの先にあるモノではなく、ただ性欲の捌け口として求められることがこれ程までに屈辱的で惨めな物だとは知らなかった。
……けれど当時の私は受け入れてしまった、受け入れざるを得なかったというべきか?
移住を認められてから
……ただ、そうなると自分の時間なんてものは殆ど無い。腰を下ろさずとも、何かに寄りかかって数秒あれば寝れる様にもなった。勿論物音があればすぐに目は覚めるし、どんなに小さくとも娘が咳き込めば頭が覚醒しきるよりも早く身体が動く。
そんな中で、地道に薬草を採取するような時間を捻出するのは難しい。青年や村長曰く、山の深い場所に生えるというそれを採取するのは簡単ではないとの事。加えて毒草との判別が難しく、採取にはどうしても時間がかかると言うのだ。
ならば青年の条件を受け入れ、薬草を手にした方が確実なのだろう。
仮に青年が偽の薬草を私に渡してきたとしても、最終的に村長姉妹の手に届く。本件が村長姉妹の紹介であることは青年も理解しており、もしも仕事を疎かにしたとなれば青年へ何かしらのペナルティが下される事だろう。それは青年だってわかっている、いくら忌み者の私相手とは言えそんな事はしない筈だ。
私はそう判断して青年の提案を承諾した。
──……原材料となる薬草の譲渡は十日に一度、その日に私は青年の家へ赴きこの身体を差し出すのだ。
始めのうちは口や手、胸を使った処理で済まされたが、次第にそれだけでは収まらなくなっていった。青年も
青年は先の言葉通り、私の身体を道具のように扱い遠慮なく劣情をぶつけてくる。当然避妊を行う様子はないので、私はその準備もする必要があった。
そんな状況下において幸いだったのは、避妊薬として一般的なタネキリソウが自宅近くに生えていたことだろう。これは刻んで煎じると
しかし忘れてはいけないのは、これが体液の機能不全を引き起こすような代物だという事。用法と用量を誤れば重篤な免疫不全を引き起こす可能性さえある劇薬となる。
広く認知されているのは七日に一度以上使用しない事であり、それは
また当然ではあるが、行為後の洗浄も忘れてはいけない。微量なら特に大きな問題は起きないものの、一定量を越えた状態で過ごしていると自らの免疫機能に害を為してしまう。女性側の主な症状として慢性的な腹痛や排尿時の痛み、発熱を伴う全身の倦怠感などが挙げられる。この時は全身の免疫機能が低下している為、普段なら
日々の疲れもある中で、唯一心の休まる時間である入浴も十日に一度は汚される。自らの手で秘部から優しく掻き出す度、青年との行為が脳裏を過るのが正直苦痛で仕方なかった。特に雑に抱かれた、と言うより性処理道具のように使われた夜はヒリヒリと痛む時さえある。
肌を重ねる事に対して別段、嫌悪感があった訳じゃない。けれどこれは……亡くした旦那と正反対な、独り善がりな青年の行為に使われているだけなのだ。道具を扱うような雑さで抱かれても、快楽を覚える身体がとても嫌だった。ただの生理現象だとは理解していても、悔しくて悲しくて気付けば涙が流れていることが増えた。
けど、それももうじき終わらせる事ができる筈だ。この
そうしたら、どうにかして青年に薬草の採取地点を聞き出してしまえば良い。薬草の判別方法は村長姉妹に教わる。そうすればあの
そう言い聞かせ、傷だらけの自分を慰める。ふとした時に泣き出したくなる事も増えたが、ここで逃げ出す訳にはいかない。家族と死に別れ、産まれたばかりの娘と共に放浪した末に辿り着いた場所なのだ。娘の容態も不安定な今、再び移住先を探すのだけは避けたい。それに、こんな私達を受け入れてくれる場所に辿り着ける可能性があるとは限らない。なんなら無い可能性の方が高いだろう。だから……今ここで逃げ出す事は勿論、事を構えるような行動も厳禁なのだ。
何時もより長い入浴を済ませ、一人先に眠る娘をそっと撫でてやる。静かに眠る娘の顔を見る と大分心が休まった。暫し見守っていたが咳き込むような気配もない、これなら少しは私も眠れるだろうか?
極力音をたてないよう、娘の側を離れ戸締まりを確認する。この建物は二階建てとなっており、二階へ向かうには梯子をかける必要があるのだ。しかし二階は今、修繕途中であり窓も全て塞いである。それに加え、梯子は外してあるので特に確認する必要もない。
……閉め忘れだろうか?
閉めていた筈の玄関が、ほんの少しだけ開いていた。戸を閉めてから鍵をかけドアノブを捻るも、しっかりと鍵はかかっており戸が開くことはない。念のため鍵を開き、外側から鍵の様子を確認する。しかし鍵にはなんの形跡もない。
単なる閉め忘れだろうと思い、ドアを開けた瞬間に後頭部へ強い衝撃を受け私は意識を喪った。
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