第22話 Houdabyss.


「──それではまず、私達わたくしたちについてお話致しましょうか」

 眠る猫を撫でるように、手櫛てぐしで優しく紫蘭しらんの髪をときながらエーギルは話し始める。

「私達は大崩落フォール・ダウン以前より変わることなく存在する者の末裔であり、ふるくより侵略者である異界の存在を狩り続けたふち狩人かりうど

 先程ご覧になられたので理解されているとは思われますが、私達はヒトの理よりもやや外れたところにあります。それは我らの神より与えられた小さな祝福フルーフによるものであり、その祝福は星の外洋からの侵略者を討つためのもの」

 いとしそうに撫でつつ語る彼女の視線は僕らに向けられることは無く、常に紫蘭へと向けられたままであった。その様は眠る我が子を案ずる母のそれであり、彼女もまだ人である事を示しているような気さえする。

「──そんな私達の存在は広く認知されてはおりませんでしたが、侵略者を狩る者として誇りを持っていました。しかし何時の頃からか私達の存在が知られるようになり、深淵abyssにさ迷い歩くhoudと揶揄されている事を知ったのです。そして気が付けば深淵狗houdabyss/ハウンダビスなどとそしられ、終いには領域外生命イレギュラーとして区別されました」

 彼女の声に僅かな怒りが含まれていたが、村長姉妹がそれに気付いた様子はない。

「けれど大崩落フォール・ダウンを境に魔物が溢れ出してから、非力な人間達は私達のような領域外生命イレギュラーの力を頼るようになりました。

 歯には歯を、目には目をといった考えだったのでしょうね。未知の脅威である魔物には、同じく未知の化物を当てようとしたのですよ?」

 胸の位置で自らの衣服を掴み、自嘲気味に嗤う彼女。その当時の状況を知る身としては、あんな風に乾いた嗤いを浮かべたくなるのもわかる。

 彼女達にもそれが理解わかっているのか、誰も彼女へかける言葉を持ち合わせていなかった。

「……だからといって、貴女方に向けるような想いはありません。可能であれば遺された者同士、上手く手を取り合えればと思っておりますよ」

 暫しの沈黙の後、彼女はどこか醒めたような笑顔を浮かべていた。


「もし──私と手を取り合う事に不安が残る、と言うのであれば再びあの首輪を。私自身の危うさは、他ならぬ私が一番理解しておりますので」

 目を閉じ穏やかな表情を浮かべた彼女は、再び紫蘭の髪を手櫛でとき始める。彼女の話しは一旦お終いという事なのだろう。

「──だそうだけど、どうする?」

 僕は彼女の代わりに、すっかりと黙り込んでしまった姉妹へと問う。姉は額に手を当て考え込むような姿勢をとり、妹は目を瞑り険しい表情を浮かべていた。それから程なくして、始めに口を開いたのは妹の方。

「エーギルさんには悪いが、首輪は着けて貰いたい。互いに今日知り合ったばかりなんだ、悪いが信用は……その」

 言いよどむ妹の言葉を継いだのは姉だ。

「──出来ないわね。だから申し訳ないけれど、首輪の装着をお願いするわ」

「わかりました。ではソフィ様、お手数お掛け致しますが装着をお願い致します」

 淡々と告げる彼女の態度に違和感を覚えたが、一先ずは言うとおりにしよう。席を立ち、先程の首輪についた血を拭き取ってから彼女へ装着させる。三つの青い信号灯が点滅し装着完了の合図が鳴った。

「これで装着は完了だ。けどねエーギル、あんな事はしないで欲しい」

「それは、命令ですか?」

 彼女は首輪へと手をかけ、目を閉じたまま一瞥もなく短い問いをぶつけてきた。


「そうじゃない、単なるお願いだよ」

「……善処は致しましょう」

 首輪に当てていた手を口元へ滑らせ忍び笑いを漏らす彼女の真意は読めないが、これ以上のやり取りは不要だ。善処してくれるというのなら、悪戯にやり取りを長引かせることもないだろう。





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