第20話 モルテ
「……え?」
「私が彼女へ刃を向け、その胸へと突き立てました」
唖然とした表情のままセレネは僕と
正直僕もそうしたい、あの馬鹿は自分がなにを言ったのか理解しているのだろうか。あんな事を言えば此処へ身を置く事が難くなるというのに、一体なにを考えているのだ。こんなことならもう少しだけ詳しく説明すべきだったか。
「……ねぇソフィちゃん、彼女の言うことは本当なの?」
「残念ながら本当だよ」
「──間違いなく、私が刺しました。
ですがどうか……最後までお話を聞いて下さいませんか」
エーギルへと懐疑的な目を向けるセレネ。そうなるのも無理はないが、彼女が何を言うのかは僕も気になるところだ。一先ずは頷き、彼女の話を聞くように促してみる。
それにもしかすると何かしら上手い口実が作れるような話をするのかもしれない、暫くは静観する事にしよう。
「そういう理由で縛られていたのね……
まぁいいわ、最後まで聞いてあげる」
「ありがとうございます。
まず初めに、私の素性についてですが──」
手を縛ったままだと言うのに、彼女は上手いこと胸元の留め具を外し先程と同じようにその豊かな乳房を晒した。見せられたセレネは一瞬驚いた表情を見せたが、胸元の印を目にした途端その表情は険しいものへ変化する。
「──ご覧の通り、私も深き淵にある存在なのです。私達が牙を向けるのは、深き海より這い寄るもの……所以は分かりません。けれど、吸血鬼の彼女からその匂いがしたのです」
彼女の発言に一瞬、セレネは固まりそれから此方へ振り向くや否や、両肩を強く捕まれた。
「吸血鬼って、ソフィちゃんが……?!」
「……あれ、言い忘れていたっけ」
惚けてみたがあまり意味はなかったらしい。彼女の顔は険しいままだった。
「初耳よ」
「……あの、話を続けても?」
「そうよね、ごめんなさい。
ソフィちゃん、後で詳しく教えてもらうからね」
「では、お話を続けますね。
──私は落ちこぼれではありますが狩人、目前の獲物を逃すような事は致しません。その匂いを嗅いだ途端にスイッチが入る、一度切り替えてしまえば私は解き放たれた猟犬となります。只ひたすらに獲物へと噛み付き、その喉笛を食い千切る。故に身内からは狂犬だと揶揄され、落ちこぼれの烙印を押されました。
……理由はどうあれ、私は素性を知ろうともせずソフィ様を傷付けました。許されるべきではありません。故に今は償いとして、ソフィ様へ仕えることを誓っております」
「まぁそう言うことなんだよ、エーギルは深い海の匂いさえしなければ此方に牙を向けることはない。不安なのはわかるけど、戦力としては期待出来そうだから連れてきたんだ」
眉間に手を当てたまま項垂れるようにして座り込んでいるセレネ。迷うのはわかるが、彼女は戦力として間違いなく使える部類だ。自警団も全滅した現状のままでは不味いと言うのを彼女は誰よりも自覚している筈。それ故に迷い、頭を悩ませているのだろう。
「──そう言われても、私一人で決めるには荷が重いわ。彼女、ソフィちゃんに一太刀入れる程の実力者なんでしょう?
もしなにかあったら止められないのは困るわ」
「
「そうね、そうさせてもらうわ」
セレネは席を立ち仮眠室へと姿を消した。それからややあってから、微妙な表情のメネと共に再びその姿を見せる。
「あー……その、姉さんから話は聞いた。
けどまだ判断がつかなくてな、1つ確認しておきたいんだがいいかソフィ?」
「構わない」
「ありがとう。
……聞きたいのはお前が用意するという保険についてだよ、出来るだけ具体的に教えてもらいたい」
「まぁそうだよね。
保険というのは首輪、当面の間はこれをつけて貰うことにする」
懐から取り出したのは鈍く輝く金属製の首輪、その表面には一定間隔で赤い鋲が打ち込まれている。側面の突起物を押し込むと、空気の抜けるような音と共に首輪が二つに別れた。
「……え、マジで首輪?」
「ソフィちゃん……?」
二人は案の定と言うか、懐疑的な表情を浮かべ此方を見つめている。しかしエーギルは違う、静かにではあるが確かな怒りの色を浮かべていた。
「おや、エーギルは知っているようだね。
まぁ君の想像通りの代物だけど着けて貰うよ、さぁこっちにおいで」
「……狂犬にはお似合い、とでも?」
悪態をつくエーギルの首へ件の首輪を取り付けロックをスライドさせると、うなじ側にある信号灯が三度点滅し青い光を宿す。これで施錠完了、此方が停止信号を送らない限り外れることはない。
「──装着完了だ、エーギル。
嫌だろうけど我慢してくれ、僕を含めた皆からの信頼を得られるまでの辛抱だから」
「……致し方ありません。これは貴女からの不信、私の罪の標として受け入れます」
「早く外せる日がくるのを僕も願っているよ」
はだけたままになっていたエーギルの胸元を留め直し、未だ懐疑的な表情のセレネ達の元へと向かう。そして懐から小さな起爆装置を取り出し、セレネの手へと握らせた。
「もし手がつけられないと思ったらこれを押せばいい、これが僕の用意した保険だよ」
「ちょ……ちょっとまってよ、これはなんなのソフィちゃん」
「なにって起爆装置だよ、そのレバーを握ったまま先端にある赤いスイッチを押せばいい。
そうすれば首輪の内側から刃が飛び出して、エーギルの首を切断する」
「なっ────」
二人の顔からは懐疑的な表情は消え、代わりに驚嘆の表情が浮かんでいた。
「ソフィちゃん、ここまでする必要はないわ」
暫しの沈黙の後、口を開いたのは姉のセレネだった。起爆装置を握るその手は微かに震え、その表情は強張っている。
「なぜ?」
「だってこんなの、一度使ったらエーギルちゃんが死んじゃうじゃない!」
「けどさ、セレネ達はそうでもしないとエーギルを止められないだろ」
「けど、やり過ぎよ……他に手段はないの?」
「はっきり言って、今の君達にはない。
もしもエーギルと渡り合える実力があるのなら話は別だよ、あんな代物は使わなくて済むならそれに越したことはないからね」
諦めたのか、セレネはうつむき押し黙ってしまった。時折彼女は何かを期待するような視線を送ってくるが、先程同様に提示できる手札はない。それに対して妹であるメネは、此方の示した手札にある程度納得しているのか沈黙し静観を続けている。
──幾度かやり取りを交わして感じたのだが、どうにもセレネは情に脆い節が強い。人の心を支える柱としては申し分ない素質ではあるが、指導者としては致命的だ。
情に脆い事は美徳でもあるのだが、時に弱点となってしまう事も確かだ。情に絆された末に、その首を狩られた同胞を僕は数えきれない程見てきた。
──だから言える、セレネはいつか取り返しのつかないミスをしてその命を落とす。
「──あの、少しよろしいですか」
沈黙を破ったのはエーギル、その視線は僕ではなくセレネへと向けられていた。その視線に気付いた彼女が視線を投げ返すと、彼女はゆっくりとセレネへと近付いていく。
「そのスイッチをどうか、お貸しください」
「……え?」
予想外の一言に、僕もセレネ同様固まってしまった。もしかして、彼女は起爆装置を破壊するつもりなのか?
「優しい貴女様、どうか……お願いいたします」
唖然としたままの僕らへと深々頭を下げる彼女。その真意は一体どこにあるというのだろう?
「何をするつもりだエーギル」
「……ソフィ様、此方の首輪は
「そうだよ、無理に外そうとすれば起動する」
その言葉に頷くと、彼女は縛られたままの両手で装着された首輪に指を滑らせる。その虚ろな瞳に移るのは僕でも姉妹でもない、何処か遠くへと向けられていた。
一瞬、僕へと視線を投げ掛けにっこりと笑い──
──直後、小さな爆発音と共にエーギルの首が落ちた。
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