第16話 短い夢

 ──息が、吸える。


 もう一度息を吸うと、嗅ぎ慣れた蝋燭の匂いが肺を満たした。だが薄ぼんやりとした頭で考えは纏まらない。酩酊した思考は纏まりを見せたかと思えば、あっという間に霧散してしまう。それでも外からの情報だけは何とか捉えることは出来る、薄暗がりの中聞こえたのは三人分の寝息。


 まるで鉛が入ったかのように重い身体を頑張って起こし、周囲に視線を巡らせる。

 暗く、静まり返った空間……どうやらここは教会の仮眠室らしい。ベッドに頭を乗せて寝ているのは娘、近くのテーブルには村長姉妹が突っ伏して寝ている。

 唯一月明かりの差し込んでいるテーブル脇の椅子に腰掛け本を読むのは見知らぬ少女。この村に濡れ烏を思わせる程の艶やかな黒髪をした者など居ただろうか。働いているのか働いていないのかよく分からない頭で考えつつ視線を向けていると、それに気付いたのか少女は本を閉じ此方へ微笑みかけてきた。

「やぁ、お目覚めかな」

「……きみ、は」

「僕はソフィ、君を救った者だ」

 少女は私の問いに囁くような声で答える。この少女は救ったと言った、私はこの未成年にも見える少女に命を拾われたと言う事だろうか。にわかに信じ難いが、彼女が嘘をつく理由もない。

「あり……がとう、ござい……ます」

 声は掠れ口も思うように動かない。ここまで怠いのは初めてだった。正直なところ上体を起こした時から強い目眩を感じるし、頭を少し動かすだけでも船酔いに似た気持ち悪さを覚える。

「どういたしまして、だがキミはまだ寝ていた方がいい」

 いつの間にか彼女は席を立ち、ベッド脇にまで来ていた。そしてなんの前触れもなく私の顎に触れ、突然私の唇を塞いできたのである。彼女の柔らかな舌が私の口の中に侵入し、中を探るようにまさぐられる。

 あまりに突然の事で一瞬頭は真っ白になってしまったが、数秒経つ頃にはされるがままになっていた。思考能力の落ちた頭が更に惚け、最早抵抗する意思も消え失せている。


 ──だから口移しで何かを飲まされても、そのまま飲み込んでしまった。


 飲み込んだ後は再び舌で口腔を犯され、惚けきった私の口元からは唾液が垂れていた。数分かけて犯された結果、私はもう何がなんだかよくわからなくなっていた。しかし先程まで感じていた目眩は既に無く、呼吸する事にしんどさを感じることも無く無かった。

「んっ……」

 始まりと同じように、その終わりは唐突だった。離れゆく唇に名残惜しさを感じながら、彼女の顔を見つめるも反応はない。暫し、私は窓から差し込む月明かりに照された彼女に見惚れていたのだ。

「……良い顔をするね、君は。けど今日はここまでだ」

 臨んでいた続きはなく、彼女によって起こしていた体をゆっくりと寝かせられてしまった。間近で見る彼女の顔は非常に美しく、同性にも関わらず魅了させれられたと思える程。翡翠を思わせる緑の瞳は吸い込まれそうな魅力を秘めていた。先程まで口付けを交わしていた唇は湿り、程好い膨らみと赤味を帯びたそれには幼さと艶かしさが混在している。


「……そんな顔をしても駄目だよ、今宵の出来事は夢と思って忘れてくれ」

 見た目は年下の筈なのに、その顔には成熟した大人の落ち着きと色香が感じられる。先程同様に見惚れていると、再び唇を奪われた。けれどそれは先程のような深い接吻ではなく、軽く触れるだけの軽いもの。

「おやすみ、紫蘭」

 耳許で囁きソフィはベッドから離れていってしまう。そしてまた椅子に腰掛け本を読み始めてしまった。











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