第129話 こんなお礼は、初めて聞いた
『すぐ家の前に公園へ来て』
シアの言葉に服を着替え、寝癖がないかを確認してから家を飛び出す。
親と一緒に来るというのは、どういうことなのか。
どこの馬の骨かもわからない男の家でしばらく過ごしていたのだから、親としては心配なのか。文句や謝罪の要求に来た……というのは自然な考えだけど。
「こっち!」
公園へと足を踏み入れ、少し歩けば、すぐに声が聞こえる。
声の方向を見れば、シアがベンチから立ったところだった。
白くボリュームのある袖付きのブラウスに黒のフレアスカート。
黒く長い髪と相まって、落ち着いた清楚を感じさせる。
もちろん、胸元には『夜桜』のペンダントが見える。
よく似合っているから、合わせたコーディネートなのかもしれない。
「シア」
「こんにちは、ヒツジくん」
約一日ぶりだが、久しぶりに会った気がしてしまう。
「あ、それで……」
「はじめまして」
シアが紹介する前に、ベンチに座っていた女性が立ち上がり声をかけてきた。
トップグレーで統一されたタイトスカートのスーツ姿の女性。
黒い髪を動きやすいようにまとめている。
その目鼻立ちは、シアを大人にして眼光を鋭くしたような印象がある。
「はじめまして。日辻一郎です」
「ええ、話は聞いてます。九条シアの母です」
予想通り、シアのお母さんか。
思ったよりも若そうな、バリバリの仕事人間といった雰囲気の女性だ。
「日辻さんの家に、しばらく娘が世話になったそうですね」
「はい」
この問いには、すぐにうなずけた。
「そう……」
シアのお母さんが、目を
こちらを品定めしているという印象はない、むしろ物腰はとても丁寧だ。
いや、単に興味すら向けられてないような――
「娘を泊めてくださり、ありがとうございますね」
「えっ?」
「とても良くしていただいたみたいで。てっきり別の友だちの家にいるとばかり」
「は、はぁ……」
お礼を言われた……で、いいんだよな?
責められるのかと思いきや、投げられた言葉が想像の
「こちらこそ、シア……さんは、共同生活で何かと手伝ってくれたので」
俺から飛び出した言葉は、動揺が漏れてしまっていた。
「シアをこれからもよろしくお願いしますね」
「は、はい」
「あなたの家にお世話になりたいそうですから。お手数をおかけしますが、そうしていただけたらと思います」
「はい――え?」
またもや耳を疑う。
「俺――いや、僕の家に、またシアを?」
「ええ、娘も望んでいるようですし」
その言葉に、思わずシアへと視線を向ける。
「……うん、もしよかったら、嬉しいな」
シアが微笑――いや、これはなんだ?
微笑んでいるはずなのに、なにか『ズレ』を感じる。
「でも、いいんですか?」
「ええ、シアの尊重するのが一番ですから」
シアのお母さんが、優しそうに微笑えむ。
とても、綺麗な笑顔だと思う――が、やなりなにか『ズレ』ている。
「それじゃ、シア。お母さんはこの後仕事だから」
「うん」
シアのお母さんがかたわらのシアに声をかけると、シアはわずかに目をそらして首を縦に振る。
「日辻さんにお礼を伝えようと思いまして。わざわざお時間いただき、ありがとうございますね」
シアのお母さんが丁寧に一礼して――そうか。
『ズレ』の意味が理解できた。
――こんなお礼は、初めて聞いた。
ここまで、自分のことしか考えていない感謝の言葉を聞いたのは、初めてだ。
シアのことなんて考えてない。
俺がどんな人間だということにも興味はない。
ただ、外面を取り繕っただけの自分を守るためだけの感謝の言葉。
「では、失礼します」
「待ってください!」
早々に――そう、親としての義務は果たしたとばかりに去ろうとする前に声をかける。
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