第116話 そういうところ、嫌い

「…………」


 俺の言葉を聞いたシアが押し黙る。

 さといシアがその意味をわからないはずがない。


「えー、なんで?」


 なのにシアから飛び出したのは、動揺まじりの呆れ声だった。


「ヒツジくん、意味、わかって言ってる?」

「もちろん」

「『覚悟』ってことは、冗談とか洒落になんないってことよ?」

「わかってるよ」


 シアの言葉に、苦笑が漏れる。

 相変わらずシアは、自分の想定外のことが起きると弱いのか、否定しようとする。


「シアはもう『覚悟』してくれてるんだろ。だったら俺もそうするだけさ」

「でも……」


 シアは力なく首を左右に振る。


「そこまで、ヒツジくんが思い入れする女の子じゃないかもよ……ま、そんなこと言ったら、明宮さんには申し訳ないけど


 シアは笑おうとしたが、結局それは笑みにはならなかった。


「それどころか、がっかりするかも。『人生を捧げる覚悟』なんて言ったのに、大した事情もなかったら、どう?」


 自分で自分を否定する。俺がシアを拒絶するようにしむけている。

 それはシアなりの優しさなのか、それともただ怖がりなのか。


「夜桜の下で出会った、ミステリアスで意味深な少女――私自身を特殊に見せるブラフかもしれないのに」


 きっと後者。

 今まで『覚悟』という言葉を使って、必要以上に俺を踏み込ませなかったのは、この関係が壊れることへの恐れ。

 もしかしたら、シアは嘘をつけない性分なのに、本心をさらけ出したことがないのかもしれない。

 

 いや……おそらくそうだ。

 主導権を取ろうとするのは、自分の想定外のことが起きて欲しくないから。

 シア自身の弱点だったり本心だったりを見せることに慣れていないから。

 

「シアは勘違いをしてる」

「勘違い?」

「ああ、そりゃシアの不思議な部分に惹かれた部分はあるさ。謎のある女の子なんて興味が尽きないし」

「そうでしょ?」


 ミステリアスな少女と恋に落ちる。

 ドラマチックだし、何かが始まりそうな出来事。


「けど、それが理由でシアを好きになったんじゃない」


 同時にそれは、なんのバックボーンもない薄っぺらい話だ。


「本当に?」

「ま、きっかけではあるけどさ」


 あんな光景で出会わなければ、こうしていなかったのも事実だ。


「でも、それだけで明宮よりシアを選ぶほど、俺もロマンチストじゃないぜ」


 それはあくまで『はじまり』。


「一緒に暮らして、話して笑って冗談言い合って……そういうのがあったから、好きになったんだ」


 薄っぺらい話に背骨を作ったのは、俺達のこれまでのこと。


「シアがそばにいる今を、無くしたくない」


 ――ああ、そうか。


 なんて俺は、マヌケなだろうか。

 シアに伝えて、自覚する。

 大した理由なんてない。

 シアとの生活をもっともっと続けたい。

 たったそれだけのこと。


 近視眼的な発想かもしれない。

 将来を考えていない阿呆の戯言たわごとかもしれない。


「好きな子と、一緒にいたいから、覚悟する。それだけ」


 でも、今の俺の本心だ。


「…………」


 反らしていた瞳をこちらに向ける。

 じっと大きな瞳が俺を見つめる。


「……そういうところ」


 嘆息めいた声と一緒に、シアの瞳が睨むように鋭くなる。


「そういうところ、嫌い」

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