第100話 好きだ

「――あはっ」


 シアが笑う。


「その選択肢はなかったと思うなぁ……」


 呆れたような声だった。

 盛り上がった涙もそのままにして、流すことはない。


「なんでだよ」


 俺も笑いかけてみる。

 気持ちが定まったからだろうか。自然と笑顔が出てきた。


「言ったじゃない。今、『好き』なんて言ったところで、本心には聞こえないって」

「でも、ちゃんと伝えないといけない。そう思ったから」


 もう一度シアを伝える。


「好きだ」

「だから、どうしてそうなるの?」


 シアが笑いを漏らしながら声を吐き出す。

 でもその声はわずかに震えている。


「本心だ」

「ヒツジくん、思った以上にバカだなぁ……信じるわけ無いじゃん。どうしたら私のこと好きだなんて信じると思ってるのよ」

「……わかってるよ」

「わかってるなら、言わないほうがいいわ」

「それでも、気持ちを伝えないと一番後悔する――なによりさ」


 シアに手を伸ばす。

 そっと彼女の肩を撫でる。

 シアは少しだけ体を強張らせたが、振り払うようなことはしなかった。


「信じてもらえなくても、言わなきゃ何も始まらないだろ?」


 思っていても、何も言えなかったから明宮とはすれ違ってしまった。

 頭の中でどんなに考えていたも、心の中でどんなに叫んでいても。

 口に出さない限り、伝わらない。


 ……明宮に『自信、持てよ』って言ったくせに、俺自身が自信を持ってなかった。

 それを思い知らされる。


「シアこそ、俺が振り向かせたいって言ってたのに、いざ振り向いたら、そういう態度になるなんて言ってることとやってることが違う」

「……それは、まぁ」

「案外、手に入ったらいらなくなるタイプ?」

「そ、そんなわけないでしょ!」


 慌てた言い方になるのは珍しいが、また新しい一面を見れてなんだか楽しい。

 考えてみれば、俺はずっと受け身だったからこんな反応も見られなかったんだな。


「なによ、楽しそうにしちゃって」


 ふてくされたようにシアが言う。


「シアの反応が楽しいから」

「むぅ……女の子が動揺してるの見て楽しむなんて、おにちくだわ」

「女の子が動揺してるのを見て、楽しんはいないよ」

「じゃ、何よ」

「恋人が、動揺してるから」


 今まで一歩引いていて伝えていた『恋人』という関係。

 恋や愛ではない、関係だけのその称号をかなぐり捨てて恋人に伝える。


「う……」


 俺の伝えるの響きが変わったのがわかったのだろうか。

 シアが目をそらすと、居心地がそわそわと体を動かす。


「いきなり、素直になりすぎ……」

「でも、なかなかいい。シアが素直なのもよくわかるよ」

「……ふん」


 そっぽを向かれてしまった。

 でも、怒っている雰囲気ではなく、自分のペースが乱されていることが悔しい――そんな雰囲気だった。


「でも、私を好きでも明宮さんは? 彼女のことだって好きでしょ」

「……ああ」

「ほら、私達、両方とも好きってことじゃない」


 ジト目になってシアがこちらを睨みつけてくる。

 攻勢に出られたことが嬉しいのかもしれない。


「そういう優柔不断な態度は、最低って言ったつもりだけど」

「わかってる。だから選ぶよ」


 シアの瞳を見つめる。

 不安が垣間見えるが、それでためらうこともない。


「シアを――選ぶよ」


「…………」


 シアは黙って俺を見つめている。

 だが、その目に盛り上がっていたた涙は、こらえきれず一筋、こぼれた。

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