第8章 今の気持ち

第73話 『恋人』は、変わらず

 朝は、スマホに設定していた目覚ましから始まる――はずなのだが。


 ふにっ。


 目覚ましを止めようと手を伸ばせば、当たる柔らかな感触。

 そして、どこか甘い――かぎなれた『彼女』香り。


「っ!?」


 息を飲んで目が覚める。

 それは予感をともなった覚醒。


「くぅ……すぅ……んにゅ……」

「――またかよっ!!」


 俺の布団で、シアが丸くなって寝ている。


「すぅ……んんぅ……? まだ目覚まし鳴ってない……まだ眠れる……ぐぅ」

「……どうして俺の布団で寝てるんだ」


 これじゃ、ベッドで寝てもらってる意味がない。


「うーん……うーん……ぐぅ」


 悩んでいるように見えて、ばっちり眠りこけている。


「とにかく、ベッドに戻れって」

「……んんぅ……暑いから、ヒツジくんのお布団で寝るぅ……」

「いや、暑かったら普通、離れるだろ」

「あたたかいからいいの……細かいこと、どーでもいいよぉ……ぐぅ」


 俺の言葉など、どこ吹く風で、また寝息を立て始める。


「ふにゃぁ……♪」

「うっ」


 しかも、今度は俺の毛布を抱きしめてご満悦な様子だ。

 これじゃ、俺の匂いをかがれているみたいで恥ずかしい。


「シアのはこっち」


 シアから毛布を取り上げると、普段シアが使っている毛布をベッドから掴んでシアの身体にかける。


「あぁん、もうっ、ヒツジくんの毛布……いい匂いなのにー」


 寝言混じりの不平不満を言われる。

 『かがれているみたい』ではなく、本当にかいでいたらしい。

 思わず自分の毛布をかいでみると、俺の匂いに混ざってシアの匂いがする。

 混ざり合ってしまった匂いに、心がモヤモヤしてしまう。


「……変態ちっくだぞ」

「そーゆー恋人に……告白したのは……ヒツジくん……すぅ……すぅ……ぐぅ」


 かいだ香りと自分の行為が恥ずかしくなって言った言葉も、シアにとっては大した打撃にはならない。自分の毛布にくるまると、また眠ってしまった。


「まったく……」


 相変わらずだなと思いつつ、朝食はこちらが作ることになっているので、しばらくそのまま布団に寝かせておくことにした。


 ――なにはともあれ。


 シアとの生活は、『初デート』以降も変わらず続いている。

 シアは態度を変えることはなかっから、俺も態度を変えることはない。

 いつものようにシアを起こして、いつものように寝ぼけ眼のシアを自転車の後ろに乗せて登校する。


 ――いや『変わったこと』は一つあった。


「もうすぐ5月の連休だよねー」

「ああ、またどこかへ遊びに行こうか」

「おっ、デートのお誘い?」

「デートのお誘い」

「むぅ、なんか、照れないのは寂しいなぁ……」

「毎度毎度、言われてたらそりゃ、慣れもする」

「ふーん……」


 思案したシアが、抱きついていた腕に力を込める。

 いや、このくらいだったら毎日のことだから――


「好ーきっ、ふーっ♪」

「おわわっ!?」


 耳元に息を吹きかけられて、思わず急ブレーキ。

 車の通りがない場所で良かった……いや、それも折り込み済みなんだろうが。


「ふふふ、まだまだ甘い甘い」

「急にびっくりするだろ!」

「あら、私はいつでもヒツジくんに愛を伝えたいのに♪」


 クスクスと笑われる。


「……行くぞ」

「はーい♪」


 あれこれ言っても、シアに逆襲されるだけなので、また自転車をこぎはじめる。


「ねぇ、ゴールデンウィークだけど」

「ああ」

「別に、家でゴロゴロするのも問題ないよ」

「そんなんでいいのか」

「ヒツジくんと一緒っていうのがいちばん重要なの」

「…………」

「ふふふ、いじらしい恋人に嬉しくなっちゃったでしょ」

「……はいはい。なったなった」

「あら、ぶっきらぼう。照れてるでしょ♪」


 図星だけに何も言えない。


 一つ変わったこと――それは、前よりシアが好意を隠さなくなったことだった。


『私はね、あなたが振り向いてくれるなら、利用できるものは何でも利用するの』


 デートの帰りに語った言葉通りの行動ということだろうか。

 こそばゆさのような、照れのような、嬉しさのような……なんとも言えない感情が渦巻いている。

 もちろん学園では控えめだが、二人の時は今まで以上に率直だった。


 ――そんな中での昼休み。


「えっ?」


 俺の目に飛び込んできたのは、中庭で向かい合っているシアと明宮だった。

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